夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

23 / 46
ナリタトップロードとメジロブライトはウマ娘に実装されていないので、このお話には登場しません。
2頭のファンの皆様には、申し訳ございません。




 東条に干物の過去を教えてもらい、己の視野の狭さを痛感したその日の夜に、久しぶりに家族へ電話をした。

 そうしたら親父が出て来て、まず一年近くも連絡をよこさなかった事と、無茶をして死にかけた事でしこたま怒られた。

 お前はいつも無鉄砲で、無茶ばかりして、そそっかしくて──と、涙声に懇々と説教されるのは、私のような悪童には非常に堪える。

 最後にはおふくろから、とにかく無事で良かったと心底安心した様子で言われて、私は自分がいかに親不孝であったかを思い知り、あまりの申し訳なさに泣いてしまった。

 親の心子知らず。なんて言葉があるが、まったくその通りだったと痛感する次第であった。

 

 それから改めて、干物と二人きりで話をした。

 思い返してみれば、私たちはトレーナーと担当ウマ娘の関係でありながら、お互いの事を何にも知らないでいる。

 正確に言うならば、知ってはいるが又聞きで本人の口からは何も聞いていない、と言う何とも奇妙な状態になっていた。

 だから、ここらでちゃんと話し合って、相互理解を深めていこうと思ったのである。

 

 まずは言い出しっぺの私である。

 昔から無鉄砲で損をしていて、あいつとスペと一緒にばかばっかりやっていた事や、死に際にあいつと約束した事も、何もかも全部話した。

 改めて自分の事を話すと言うのは、存外にも気恥ずかしいものだったが、干物が聞く度話す度に一喜一憂するから、話し終えた頃には何だかすっきりした気持ちになっていた。

 私の次にはトレーナーたる干物が話をしたが、おおむね東条から聞いた通りの顛末だった。

 周りからの期待とやっかみに晒されながら足掻き、フクキタルと共に菊花賞を取ったは良いものの、その後は怪我でフクキタルが潰れて、受け継いだチームも無くなりかけて、気付けば味がわからなくなる程には苦労していた。

 けれど残ってくれたメイショウドトウに励まされ、あとから来た私にいろいろと世話を焼かれて、ダービーの頃には調子も戻ってきていたそうだ。

 さすがに私が死にかけた時は肝を冷やしたが、今はもう味もわかるし、トレーナー業も楽しくやっていけていると言うから安心である。

 私がトレーナーを続けられたのは、君たちのおかげだよ。そう言った干物の顔は、とても晴れ晴れとしていた。憑き物が落ちたようであった。

 私も何だか壁がなくなったような気がして、ついつい気持ち良く笑みを浮かべてしまう。

 こんなふうにこいつと笑い合えるのなら、もっと早くに話をしておけば良かったかもしれん。

 近いうちにシリウスの奴らからも話を聞いて、みんなともこれまで以上に、仲を含めていきたいものだ。

 

 こうして干物との清算を終えると、気が付けばもう三月にはいっていた。

 私の復帰訓練もついに歩行訓練に移って、そろそろ退院も見えてきたと思ったのだが、四ヶ月近くも寝転がっていると、筋肉も衰えて歩けなくなるらしい。補助ありきだと言うに、少しの距離を歩くだけでも辛くて辛くて、たった一歩を進む事すらも容易にできぬときた。

 まさか自分でもここまで衰えているとは思わず、こんな状態でまたターフを走れるのか。走れたとしてあいつらに追いつけるのか。いろいろな事が不安になって暗くなってしまった。

 けれど先に歩けるようになったサイレンススズカから、大丈夫、貴女ならできるわ。と励まされたので、お前が言うならそうかもしれんと気合を入れて頑張った。

 結果、四月の終わりには自力で歩けるようになっていたから、こんなに早く回復する患者はそうそういないと医者に驚かれて、私は鼻高々である。

 

 驚いたと言えばメイショウドトウである。

 こいつと来たら、まずは未勝利戦を制すると、強行軍でOP戦を二連勝して、かと思えばそのままの勢いで弥生賞まで見事に勝利してしまったのだ。

 干物から聞くに、これはメイショウドトウが望んだ事だと言うから、まったくとんでもないど根性だ。

 私は前から、こいつは根性がある奴だと思ってたのだが、まさかここまで根性があったとは、この私の眼を以ってしても見抜けなんだ。

 勝利の報告に来たメイショウドトウに、それ見ろお前は強かったじゃないか。と言えば、しきりに恐縮した様子で、そ、そうみたいです。と答えるから、なかなか言うようになったなと思った。

 けれども、この調子なら皐月賞でテイエムオペラオーにも勝てるんじゃなかろうか。なんて聞くと、ささささすがにそれは無理ですぅ!? とすごい勢いで首を横に振るから、やっぱりまだまだかもしれぬ。

 

 四月になると、ついにクラシック戦線における第一戦、皐月賞が始まった。

 レース前に、シリウスの奴らとメイショウドトウの激励に行くと、きのこでも生えてそうなくらいにどんよりしている。

 おいおいどうしたのだと声をかけてみると、どうやらテイエムオペラオーとの対決で気弱がぶり返したのか、無理です勝てませんだのとうじうじ言うので、何を言ってやがる、お前なら勝てるぜ。と尻を引っ叩いて活を入れてやった。

 そうしたらこいつは、ひぃんと情けない悲鳴を上げて前のめりにすっ転んでしまったものだから、こいつの気弱もまだまだ重症だなと天を仰ぐ他にない。

 だが、ターフに出ると顔つきはいくらかマシになって、私たちに「かか、勝てないかもですけど、精一杯頑張りますっ」と言えるくらいにはなっていたから、あいつも精神的に成長したんだなと親心のように思った。

 テイエムオペラオーもレース前にはこちらへ来て、君に王者のレースと言うのを見せてあげよう! と私たちを指差してきたから、熱い戦いを期待してるぞとふたりを応援してやった。

 するとテイエムオペラオーは優雅に手を挙げてこれに応え、メイショウドトウも控えめながら拳を挙げて応えてくれたから、今日のレースは期待できそうである。

 

 さても肝心のレースであるが、結果から言えばテイエムオペラオーの勝ちであった。

 メイショウドトウは最初、中団後ろで様子を伺いつつ内にはいり、第三コーナーで機と見たか徐々に順位を上げて、終盤には一気に前へと出てアドマイヤベガと言う奴とハナを争っていた。

 ところが大外から飛んできたテイエムオペラオーが纏めて撫で切ってしまったから、あえなく三着になってしまった。

 もう少しでハナを奪えたかどうかと言う所だったから、これはもう残念と言う他にない。

 だが、メイショウドトウがよく走っていた。気弱なあいつにしては強気な走りで、最後の猛然とした競り合いは圧巻の一言である。

 負けたメイショウドトウは、レースが終わると私たちの所に来て、負けちゃいましたぁ。と悔しさの滲んだ表情で謝った。

 走る前はあんなに勝てないだとか言っていた癖に、ちゃっかり心底ではテイエムオペラオーには勝つ気でいたらしい。

 それを指摘すると、ちょっとだけ戸惑ったように目を泳がせながら、目標になるって決めたから。と言うから、こいつめ言うじゃないかと頭を撫で回して、次は勝てるぞとみんなで発破をかけてやった。

 そうしたらこいつは、むっと口を引き締めて頷いたから、この皐月賞の大舞台を走った事で、前よりはちょっぴり前向きな気持ちになれたようである。

 メイショウドトウと話していると、勝者たるテイエムオペラオーがいつものように高らかに笑いながら来て、どうだったかなボクたちのレースは。と聞いてきた。

 接戦で手に汗握ったぞと返すと、そうだろうともと胸を張りながら頷いて、目標にするには良い高さだろう? なんて言うので、吐かせと笑ってハイタッチをした。

 

 クラシック戦線初戦は、こうしてテイエムオペラオーの勝利から始まったのだった。

 

 皐月賞が終わると、そのすぐあとには、スペとキングヘイローとセイウンスカイが出る春の天皇賞が始まった。

 このレースは菊花賞よりも二〇〇長い、三二〇〇と言う長距離を走る。パワーはもとより、多くのスタミナと適切なペース配分がものを言うレースだ。菊花賞を獲ったセイウンスカイには、いささか有利な条件だと言える。

 スペとキングヘイローは、いかにセイウンスカイのペースに呑まれぬよう立ち回り、最後までスタミナを残せるかが鍵になるだろう。

 レース前にふたりに会いに行くと、スペに「今度は私が前を走るから、必ず追いついてね!」と言い、キングヘイローは「このキングの背中は遠いんだから、しっかり見ていなさいよ!」と高笑いして、セイウンスカイは「歩くような速さでいいからさ、追いつきなよ?」と笑顔を見せる。

 まったくこいつらときたら心強い奴らだ。私はきっと追いついてやると大きく頷いてみせると、三人をターフへと送り出した。

 

 

 レースはまず、好スタートを切ったスペは、出方を待つように前方で待機の姿勢を見せ、少し出遅れたセイウンスカイがこれに並走。キングヘイローは中団前めで脚を溜めると言う展開となった。

 中盤にはセイウンスカイがハナを奪い、このまま自分のペースに持ち込もうとするが、スペが煽るように折り合いを欠いた奴らに圧を掛けて前へ前へと進ませるから、なかなか思うようにいかない。

 そして最終直線に入ると、スペとセイウンスカイの競り合いになった。だが脚が残っていないセイウンスカイは、ここで上がれないまま置いていかれる。

 残り一五〇メートルに、ここでキングヘイローが来た。存分に残していた脚を使って猛追をかけて、ついにスペを射程に捉えるとその勢いのまま横に並んだ。

 よもやキングヘイローが勝つか。そう思われた直後に、スペの天性の末脚が爆発して、恐ろしい伸びを見せる。

 さしものキングヘイローもこれには敵わぬか追いつけず、最後の最後に抜け出したスペがゴール板を踏んだ。

 キングヘイローは二分の一バ身差で惜しくも届かず二着、意地と根性で粘ったセイウンスカイは三着とあいなった。

 まったく熱くて熱くて、素晴らしいレースだった。こんなものを見せられては、私もいっそうの気合がはいってしまう。

 

 レースのあとはお待ちかねのウイニングライブである。

 もちろん、お手製グッズで全身を固めて挑んだ。入院中に予習して、合いの手も完璧に仕上げてあるから抜かりもない。

 ただひとつ気になる事があるとすれば、私と似たような格好をしている奴をちらほら見かける点である。

 どうやらあいつらもスペを推しているらしい。だがスペの一番のファンは私だ。こればっかりは絶対に譲れぬ。

 貴様らには負けんぞと言う気持ちを込めて、ムッと法被の奴らを睨むと、何故かそいつらは急にざわざわし始めたあと、私の所へ来て一緒に写真を撮って欲しいと頼んで来たから魂消た。

 どうやらこいつらは、スペのファンであると同時に私のファンでもあって「てぇてぇ」なる言葉で私たちの関係をありがたく拝んでいると言う。

 なるほど、わからん。

 だが私を好いてくれるファンに無体はできんので、快く写真を撮ってやり、ついでに法被へサインもしてやった。

 そしたらどいつもこいつもあほ程喜んで、家宝にしますと言うからなかなかに気分が良い。

 存分にスペを推し給えと言ってライブへ送り出して、面白い奴らだったなあと独り言ちていると、側から見ていたエアシャカールから、いやお前もアレと同類だからな。と呆れたように言われた。解せぬ。

 

 五月の中頃になると、身体の具合も良くなってついに退院することになった。

 そうしたらゴールドシップの奴が「よっしゃ! 快気祝いにみんなでカラオケ行こうぜ!」と言うのでそう言う事になった。

 カラオケ屋にはいって各々に飲み物が行き渡ると、まずは挨拶という事で、私の快気祝いにこのような場を設けていただき云々。みんなには多大な迷惑と心配をかけて云々。と世話になった奴らに向けて謝辞を述べた。

 だが途中でゴールドシップが、いいからさっさと歌えよなー! と勝手にうまぴょい伝説をいれ始めたから、神妙な空気が一瞬で霧散した。

 ウイニングライブでならまあ歌えなくもなかろうが、よもやこんな訳のわからん曲を、みんなの前で堂々と歌えるものか。

 そんな急には歌えないぞと言い訳をすると、なんだお前もしかして音痴か? と煽ってきたから思わずムッとして、誰が音痴だとこの野郎と熱り立って受けてしまったから大変である。

 みんなからの歓声に南無三やってしまったと後悔したが、ここまで来たらもう引くに引けんので、ええいままよと踊りも交えて歌い切ってやった。

 もちろん、死ぬ程恥ずかしくて穴があったらはいりたいくらいだったが、みんなは大いに楽しんでくれたようなので、今日ばっかりはこの恥も良しとする。

 

 ばか騒ぎの快気祝いも終わり、やっと懐かしの寮に戻ってくると、フクキタルが先に部屋へとはいって、おかえりなさい。と両手を広げて迎えてくれた。

 それが何だか急にあいつの姿と被って見えた私は、束の間には笑顔とともにフクキタルの胸に飛び込んで、めいっぱいに抱きしめながらただいまと返してやった。

 それから、この日は久しぶりに一緒のベッドに寝て、フクキタルに存分に甘えた。

 人の温もりと言うのは不思議なもので、こうして暖かな胸に包まれていると、生きている実感と言うのが湧き上がってくる。

 まだまだ未練には決着をつけられそうにないが、それでもきっと、この温もりが残っているだけで生きていけるような、そんな気がした。




やっとこさ日常に戻ってきた主人公ちゃん。
ここからが本当のスタート、ですね。

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

【メロンブックス】
 https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1199029
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。