A:主人公ちゃんは水着なんてえっちなものは着ない(過激派後方彼氏面厄介古参同担拒否トレーナー並感)
宝塚記念のあと、フクキタルは本格的な復帰をめざす事を決めた。
一度レースを走って終わりでは説得力もないので、もっと上を目指すために、そしていつか私とレースを走るために、これから頑張るのだと言うのである。
私もフクキタルの決意に恥じないためにも、何より自分を恥じないために自分の脚で立ち上がった。そして周りにも心配をかけたと謝って改めて礼を言った。
私はどうにも思い込みが激しい質な上に、猪突猛進でそそっかしい奴なもんで、一度拗らせるとなかなかおかしな方へ向かってしまうから、周りはきっと気が気ではなかっただろう。
自分のことながら、ともすれば面倒な奴だと愛想を尽かしてしまっても、それほど不思議ではないとさえ思っていた。
けれどもシリウスの奴らも、スピカの奴らも、そしてリギルやいつものみんなが、そう言う弱い部分も含めて君だろう。と私に優しい言葉をかけてきたから、私は少し涙ぐんでしまった。
しかし最近は泣いてばっかりだったので、さすがにここでまた泣くわけにはいかんと、涙を零すのだけはぐっと堪えた。
もちろん、まだ怖い部分はある。下手な走りをして失望されたらと考えてしまう事も、私なんかではあいつらに追いつけないのではと思う所もある。
けれども私の胸に生まれた想いは、そして瞳に刻まれたシルエットは嘘ではない。みんなが示してくれた景色が、私に勇気をくれた。これまでを裏切ったら、私はいよいよ軟弱者以下だ。
私はみんながくれた勇気を離さずに持ち続けて、いつかターフに戻る。いまだに胸中で燻る迷いも恐怖も、そして己の中にある弱さをも受け入れて、いつかみんなとまたレースを走る。
きっとそれこそが私の目指す道なのだと、私は誰かの為にではなく、私の為にそう決意した。
この時に私は、やっと自分の体になった気がした。ズレていた心と身体が、歯車みたいにかちりと噛み合ったような、そんな気がしたのである。
宝塚記念が終わると、すぐに夏合宿が始まった。場所は去年と同じくトレセン所有の海岸であるから、近辺ではスピカやリギルなどのチームの姿も見る事ができた。
もっとも、一流チームのリギルと比べれば今のシリウスなど木端も良い所で、宿泊施設にも依怙贔屓かと思うくらいに差があるのだけれど、まあ一流の特権という奴なのだろう。羨ましい事である。
我々が泊まるのは港屋とか言う二等級の旅館で、去年に泊まった古ぼけたボロ宿とは違う場所であった。
何でも、私たちが重賞で勝ったおかげでチーム予算が増えたから、去年と比べたらちょっとだけ良い場所に泊まれる事になったらしい。
GⅠの勝ちなんて私のダービーとフクキタルの菊花賞くらいなもんだが、それでも十分以上の予算が下りていると言うから、あの子供理事長も立派な事をするもんだと思った。
宿に着くなり干物が、合宿の間はずっとここに泊まるから、旅館の方に迷惑をかけないようにと言うので、みんなで揃ってわかったと返事をした。
通された部屋は山城と言う名前で、十人がはいってもまだ余るような大部屋で、窓からは青々とした海と空が広がっているのが見えた。去年と同じく私たちは全員揃って寝食を共にするようだった。
ライスシャワーとウイニングチケットが窓から見える景色に目を輝かせる横で、エアシャカールが早速荷物を使って自分の縄張りを確保している。
メイショウドトウとフクキタルは慣れたもので、さっさと荷物を置いて干物の大荷物の荷解きを手伝っている。
私も適当な場所に荷物をほっぽり出して自分の場所を確保すると、干物の荷解きを手伝ってやった。中身はだいたい計測器具だったり、菊花賞でメイショウドトウと一緒に走る奴らの資料だったりであった。
全員が荷物を解き終えると干物が早速やるぞと言うので、目が眩む程に眩しく照りつける太陽の下、私たちは砂浜往復千本ダッシュなる鍛錬を行なっている。
砂浜と言う柔らかく不安定な場所で、きっちり一〇〇メートルを千本も走り切るのはなかなかに至難であった。
とにかく足場が砂なので柔らかく、力強く踏み込まなければ加速が覚束ないし、きちんとした姿勢でなければすぐに体幹が崩れて余計な体力を使ってしまう。
上手く走るには、足腰だけでなく上半身でバランスを取る事も意識しなければならん訳だから、なかなか考えられた鍛錬である。
それに加えて、とにもかくにも暑い。道産子の私にはとてもじゃないか耐えられん暑さだ。さっき温度計を見たら三五度を超えていて、あわや眼玉が飛び出るかと思った。
干物がこまめな水分補給と休憩を挟んでくれなければ、今頃は干からびて世にも奇妙なウマ娘の天日干しができていたやもしれん。
日が落ちて暑さが少し和らぐと、今度は勉強の時間である。
中央トレセンは文武両道を掲げているゆえに、夏季休暇の宿題もそれなりに量があるから、少しずつやっておかねばあとで地獄を見るのは確定的に明らかである。
学徒の身分で勉学を抜かるなどはあってはならないし、まさか夏休みの宿題を忘れたからレースに出れません。なんて事になれば一生の恥でしかない。
そんな事にならないためにも、私たちはこうして机に向かってペンを持って、うんうん唸りながらカリカリする時間が必要なのである。
たまに他のチームの奴が部屋にやって来て、勉強を教えて欲しいと頼みに来るのも、まあご愛嬌と言うものだろう。
滞りなく宿題を進めるのはメイショウドトウとエアシャカールであるが、ウイニングチケットはかなり滞っている様子で、フクキタルとライスシャワーが手伝っている。
それらの横で私はと言えば、勉強を教えて欲しいとやってきたハルウララに、ああだこうだと教えていた。
こいつの成績は万年ドベみたいなもんだが、やる気はあるし教えた事は半分も理解できるから、決して救いようのないばかではない。
元来の集中力に欠ける所はあるが、そこは教える側がフォローしてやればさしたる問題はなかった。
何度も躓きながら、その度に私の教えを受けながら自力で宿題を解いて今日のノルマをすべて終えると、ハルウララは解放感から「やっと終わったー!」と勢い良く寝転がった。
私がよく頑張ったと褒めてやれば、犬みたいに尻尾を振ってもっと褒めてと膝に頭を乗せてくるから、ついつい頭を撫でて可愛がってしまった。こいつの甘え上手は魔性の域である。
一時間の後、ハルウララを帰してから散歩がてら月夜の海岸を宛もなく歩いていたら、海岸の片隅でキングヘイローが走っているのを見つけた。
夜になっても走っているとは感心な奴だと思ったが、しかし眺めていると、レースでもないのに走りが必死で、何かに追われているような感じさえするから様子がおかしい。
だと言うのに、声をかけるとキングヘイローはすぐにいつもの調子に戻って、あら奇遇ね。なんて言うのである。
これは益々もって何かあるに違いない。私はとりあえず近くの塀に腰掛けて、まあ休憩がてら座って話でもしようと誘った。
キングヘイローは一瞬だけ何か言いかけたが、思い直したか私のすぐ横に腰掛けた。
その時にふと、キングヘイローが塀に腰を掛けているのだな。と言ったら、すぐに私の言った事を理解して、熱でもあるんじゃないの。と溜め息混じりに首を振った。なかなかに手厳しい評価である。
しかし私もこの駄洒落はイマイチだと思っていたので、こいつの言い分は残念でもないしむしろ当然の評価だろう。
肩を竦めた私を見たキングヘイローが「もういつもの調子に戻ったみたいね」安心した声で言った。私はおかげさまでようやく眼が覚めた。しばらくはうじうじする事もないだろうな。と返した。
実際この時の私は、自分が目指すべき所を定めていて、これから先は道に迷っていても別れ道で悩んでいても構わないような、晴れやかな気持ちでいた。
私は自分の弱い心を認める事の大切さをこの半年で知った。
強がりをやめて弱音を吐くだけでは、昨日までの私と同じでしかない。大事なのは自分の弱さと向き合い、これを受け入れる事なのだとやっと気付いたのである。
だからこそ私の心は因循としていた以前よりも、ずっと軽く晴れやかにあるのだった。
私の話を聞いて、キングヘイローは感心した様子で頷いて「それなら、もう私の背は見なくても良さそうね」と言った。
私はこのキングヘイローらしからぬ言葉に違和を感じて、おやと思った。普段のこいつならば決してしないような後ろ向きな言い方だったから、私にはこの物言いが余計に際立って異質に聞こえた。
キングヘイローの異変について、私は心当たりがないのでもなかった。
キングヘイローはこれまでGⅠを一度も勝っていなかったから、この事実がこいつの心に影を落としているのではないかと私は考えていた。
そしてこの予想はよく当たっていた。
キングヘイローは夜空を見上げると「貴女、前に私に言った事憶えてるかしら」と聞いてきた。
そりゃいったい何の事だと聞き返すと、キングヘイローは自嘲の混じった声で「私の事、裸の王様だって言ったじゃない」と笑った。
私は皐月賞の事を言っているのだと理解した。そしてこいつの言わんとしている事も察した。
私はすぐに別段お前を貶す意図はなかったのだと、キングヘイローの言葉を遮ってまで否定した。彼女はわかってるわよと頷いて頭を下げたが、それきり何も言わなくなってしまった。
メイショウドトウから私はデリカシーがなくていけないと言われていたが、ここに至って初めてそれを強烈に痛感したのだった。
何とかして挽回したかった私は、青く輝く波打ち際にキングヘイローを誘い出そうとした。
キングヘイローは乗り気な顔をしなかったが、無理やり手を引いて連れ出すと、しょうがないわねと呆れて渋々誘いに乗った。
サンダルを脱ぎ捨てて足を晒すと、穏やかに寄せた波が私の足を撫でた。キングヘイローはその後ろで、砂浜の上に大の字になり寝た。
私は波に足を晒しながら海の果てを眺めていた。キングヘイローは海の断面図のような星空を見ていた。
私は天井の月を指差して、私たちはあれのようなもんだと言った。キングヘイローは月を仰いだ。月はよくよく眺めると完全な丸ではなくて、少しだけ楕円の形をしていた。
それがはたして満月へ向かっているのか、新月へ向かっているのかはわからない。だがどちらにしろ、欠けている事は確かであった。
「あの月のように欠けているのだと、そう言いたいのかしら」
キングヘイローの言葉に私は少し違うと首を振ると、海水を両の手で掬って月を手中に収めながら言った。
月とは時が経つにつれて満ちていくものだと知られている。陽光を反射して輝く月が、陽の光に全身を晒すからそう言う風に見えるのだ。
私が月を指して言いたいのは、これが私たちにも当てはまるのではないかと言う事である。
思うに今の私たちは未完成で、あの月のように心のどこかを影が覆い隠しているから、完全な丸の形にはなっていない。いまだ満月になりきれない月なのだ。
「でも、月は満ちて欠けるものでしょう」
身体を半分起こしたキングヘイローは、手の平を月にかざして言った。私はそうだなと頷いた。
月に私たちを当てはめるならば、当然満ち欠けも当てはまる。新月の如く見えなくなって、暗く翳る事もあろう。
しかし心とは絶えず変化するもので、一日と同じ状態にはならない。次の日、あるいは次の時間、もしかしたら次の瞬間には、もう心変わりしているかもわからないのである。
私たちの心は月のように、すべてにおいて満ち足りた完璧な状態と、欠けて足りない部分を追い求める状態を繰り返しているものだ。だから今が悪くたってそう悲観したものでもないだろうと、私はキングヘイローに伝えた。
「貴女にしては詩的な表現をするのね」
キングヘイローは私の考えを聞き終えると、上体を起こしてそのように言った。それが何だか随分と珍しいものでも見たような物言いだったから、私は気恥ずかしくなって、ちょっとくさかったかな。と誤魔化して、手の中の月を手放した。
ぱしゃりと水が落ちると、キングヘイローは私は嫌いじゃなかったわよとくすくす笑って言った。
「そうね。私も本当の意味で、裸の王様にならないよう気を付けるわ。だから貴女も、せいぜいもみの木にならないように気をつけなさいな」
私の下手くそな励ましは、確かに彼女の胸に届いたようであった。
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