夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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わし「繁忙期は疲れるンゴ……ウマ娘で疲れを癒すンゴ……」
運営「今回の追加キャラはドトウちゃんやで。フクキタルの新衣装もチラ見せするで」
わし「ミ°」

         _人人人人人人_
         > 突然の死 <
          ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄


拾肆

 夏の合宿は今の所つつがなく続いている。

 最近では砂浜千本ダッシュに加えて、ばかにデカいタイヤを引いたり、低酸素マスクを着けて10キロのランニングしたりと、いろいろな事をしている。

 どれも辛く苦しいものではあるが、トレーニング前と後には念入りなストレッチ、そしてトレーニング中もこまめな休憩と水分補給が行われるから、次の日には思いの外疲れが残っていない。

 この辺りの線引きはさすがに干物とあって上手いもんだ。

 ただトレーニングに遠泳を組み込もうとするのはいただけない。駄々をこねてなんとか回避しているが、まったく油断も隙もないからやな女だ。シリウスの奴らからの視線が痛いのも全部干物のせいだ。許せん。

 

 そんな日々がひと月も続いてそろそろ合宿も佳境にはいってきた頃である。夜にいつも通り勉強をしていると、干物が急に段ボール箱を抱えて来て、明日は近所で夏祭りが開催されるから休みにするぞと言った。

 真っ先にウイニングチケットが「やったー!」歓声を上げると、ハルウララも自分のチームの事みたいに喜んでそれに続く。メイショウドトウとライスシャワーはみんなで浴衣を着たいねと話し合い、エアシャカールはいかにも面倒臭そうな顔で溜め息を吐いていた。

 

 私がフクキタルに夏祭りとは何だと聞くと、フクキタルはそう言えば貴女は初めてでしたねと言って教えてくれた。

 聞くにこれと言うのは、今ぐらいの時期になると毎年開催されているもので、避暑地であるこの地域を盛り上げようと十年前から自治体が始めたらしい。

 トレセン学園の私有地付近にあるからそれと絡めて、ウマ娘祭りと銘打ち出店やら何やらでいろいろとやっており、最後には花火大会も行われると言うから、地方にしてはそれなり以上の規模である。

 

 去年は別の場所で合宿をしたから参加する機会がなかったが、いろいろあった私を慮って干物が配慮してくれたと言うから、ありがたい事である。

 しかしそうすると、あいつの抱えている段ボール箱の中身もおおよそ察しが付くと言うもので、私は干物の癖になかなか憎らしい事をするもんだと思った。

 干物に礼を言うと「まあみんなも頑張ってたし、私からのご褒美だよ」と言ってくしゃりと笑った。

 これを以ってしきりに遠泳を勧めて来たのはひとまず不問としてやろう。

 

 しかしお祭りに行けると言っても、まずはやるべき事をやらねばらなん。

 みんなのはしゃぎっぷりを見ていた干物も、いかにもな様子でうんうん頷きながら、でも宿題はちゃんと終わらせなよ、じゃないと居残りだからね。と釘を刺した。

 するとウイニングチケットが悲鳴を上げて、エアシャカールとライスシャワーに助けを求め始めるから騒ぎが大きくなった。喜んだり悲観したりと忙しい奴である。

 ハルウララもこの騒ぎに当てられて私に「どうしよ!? 私このままじゃお祭り行けないよー!」と言ってきたので、お前はそもそも別チームじゃないかと言ってやった。

 そうしたら「あっ、そうだったー!」とまた笑顔になって、一緒にお祭り行こうねなんて言ってくるから、まったくこいつは可愛らしい。キングヘイローが甲斐甲斐しく世話を焼くのも納得である。

 

 さてもそんな風にがやがや騒ぎながら今日の分の宿題を終えて、いざや次の日になると、せっかく丸一日休みなんだからみんなで海に行こうと言う話になった。言い出しっぺは無論ウイニングチケットである。

 練習用の砂浜から少し離れて、村とも町とも区別のつかない静かな所に行くと、岩場に囲まれた遊泳用の海岸がある。

 古く手入れもまばらな遊歩道を通り抜けて、堤防から磯に下ると、私たちはここで傘とシートを張って、水着(私用の水着はないので全員学校指定のものである)になって夕暮れまで遊び倒した。

 

 私は泳げんのでメイショウドトウと砂浜や浅瀬で、砂の上に寝転がったり、膝頭を波に打たせてちゃぷちゃぷと愉快に遊んでいた。

 ところが、私たちが砂の城を作っていた時分である。離れた所で泳いでいたウイニングチケットとライスシャワーが、いつの間に持ち出したのか水鉄砲でこっちを狙い撃って来たから、我らは城の防衛を余儀なくされた。

 こうなってはこちらも応戦せねばなんので、当方ニ迎撃ノ用意アリ。と私たちも水鉄砲を構えて引金に指をかけた。これが本戦役における最初の交戦の合図となった。

 泳ぎは無理だが撃ち合いならこっちのもんだから負けないと思ったのだが、しかし予想外にも向こうが抵抗して上手い事やってくる。

 戦いは両者一歩も譲らず、千日手で決着が付かなかった。そもそも水の掛け合いなんぞに明確な勝敗も何もないのだが。

 このままやりあってもしようがないので、最後は同盟を組んで、傘の下で寛いでいたエアシャカールに、集中砲火を食らわせてやった。

 あいつときたらせっかく海に来たというのに、生意気にサングラスなんか着けて、サマーベッドに寝っ転がっているからいけない。こんな所で格好つけてちゃあ恰好の的だ。

 爪先までずぶ濡れになったエアシャカールは、ゲラゲラ笑っている私たちを睨み付けるなり、「テメェら仕置きが必要みてェだなァ……!」と一番デカくて威力のある水鉄砲を二挺も持ち出してきたから、こりゃ敵わんと全員で尻尾を巻いて逃げ出した。

 尻に当てられた水は、なかなかに痛かった。

 

 みんなで散々にはしゃぎ回っていると、フクキタルがバーベキューの準備ができたと呼びに来たので、すぐに撃ち合いを切り上げてそちらへ向かった。

 フクキタルに尾いて少し丘になった所まで行くと、上の方で干物がコンロの前で肉やら野菜やらを焼いている。近付くと肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。

 腹減ったと言ったら干物は、じゃあまずは手を洗って来なさい。と笑顔で言うので、みんなして近くの水道で手を洗ってから床几に着いた。

 網の上に並べられた食材はどれも色良く焼けていて、ちょっとひっくり返せばすぐにも食べられそうなくらいである。

 待ち切れないウイニングチケットが食べて良いか聞くと、干物は肉に塩と胡椒を振りかけてから、よく噛んで食べなよと答えた。

 私たちはそれを合図にして、一斉に肉やら野菜やらに食いついた。

 みんなと一緒にがやがやしながら外で食べる肉はたいへんに美味であった。

 

 腹ごしらえを済ませた私たちは、少し早いが諸々の片付けを済ませて旅館へ帰ると、さっとシャワーを浴びてから浴衣へ着替えた。

 何を隠そう干物が持って来た段ボールの中身とは、私たちが着る用の浴衣だったのである。何でも旅館の方で浴衣の貸し出しをしていたから、これ幸いと思って貸してもらったと言う。

 干物の癖にまったく嬉しい事をするもんだが、しかし私たちだけ浴衣を着ると言うのも何だか干物を仲間外れにしてるみたいで味気ない。

 お前は着ないのかと干物に聞くと「流石にいい歳だから、浴衣はちょっとね……」と生意気に大人ぶって言うので、ろくに片付けもできんのに何が大人だ。とみんなで無理やり浴衣を着せてやった。

 藍染の浴衣を着せてぼさぼさの髪を団子に結い、ちゃんと身嗜みを整えてやると、元が良かったのか干物もそこそこの女に見えた。

 本人は恥ずかしがってみんな程じゃないと謙遜していたので、揶揄い混じりに確かに眉が太いからそこそこ止まりだなと言ってやった。そしたら、私の感動を返せばか。と怒られてしまった。

 恥ずかしさは少し和らいだようであった。

 ちなみに私たちの浴衣の柄であるが、それぞれが勝負服に似た色合いのものを選んでいる。やはり勝負服と言うのは殊更に思い入れがあるもんだから、どうしても似てしまうものらしい。

 

 全員が浴衣に着替えたなら、いざや夏祭りに出陣である。

 みんなしてからんころんと下駄を鳴らして、陽も落ちて暗くなった会場に行くと、古ぼけた提灯と煌々とした照明が道に並ぶ屋台を照らしていた。

 会場は海辺の大きな公園を丸々使っていて、でかい広場や遠路には屋台や見世物などがずらと軒を連ねている。

 道にはこの辺にこれほどの都会人種が来ているのかと思う程、祭りに来た男や女が砂利の上を行き交っていた。

 ある時は少し離れた所にある芝の上で、レースみたいに成人したウマ娘が走っている事もあった。名前通りウマ娘を主役にした祭りらしかった。

 

 この何ともハイカラな祭りに飛び込んだ私たちは、銘々が仲の良い奴らの方へ散って一緒に祭りを楽しんだ。

 ウイニングチケットは白くてデカい奴と、どこかで見たようなチビと一緒であった。ライスシャワーはやけに堅苦しい雰囲気の機械的な奴の所へ行った。

 私たちはいつもの奴らにフクキタルとサイレンススズカを加えて、この祭りを回る予定である。前日に連絡をいれたら二つ返事で了承された。相変わらず気の良い奴らである。

 残るエアシャカールは誰と一緒に行くのだと聞けば、溜め息混じりに干物と回ると言う。どうやら干物がひとりにならないようにと気を回したらしい。

 干物は気にしなくて良いと遠慮していたが「誰と回ろうがオレの勝手だろォが」とエアシャカールに睨まれて、結局そういう事になった。

 エアシャカールに、お前もしかして友達がいないのか。と言ったら、無言のヘッドロックで首を締め上げられた。さすがにこれは痛かった。

 

 シリウスの奴らと別れていつもの奴らと合流すると、向こうも勝負服に似た柄の浴衣を着ていたから魂消た。

 みんな綺麗に着てるから、こりゃあマ子にも衣装だな。と言うと、スペも「そっちもすっごく綺麗だよ!」と返して、急に私の写真をパシャパシャ撮り始めた。

 さすがに恥ずかしいからやめてくれとお願いしたが、スペにはお決まりの如く、やめません! と一蹴されてしまった上に、親に送るとまで言い出したからもう手に負えん。

 いい加減をしろと写真を撮り続けるスペから逃げ回っていたら、笑顔のグラスワンダーに「こんな所で追いかけっこはいけませんよ」とアイアンクローで揃ってお仕置きされてしまった。

 

 ふざけるのも程々にして、さっそく祭りを回る事にする。

 祭りと言えば食い物である。腹が減っては戦もできんので、まずは腹拵えと片っ端から飯の屋台を巡った。

 祭りで買い食いするお好み焼きや焼きそばと言うのは、どうにも普段より美味く感じてしまうから困る。

 相変わらずスペが大食らいのおかげもあってか、私も少し食べ過ぎてちょっとだけ腹が出っ張ってしまった。

 たくさん飯を食って腹も膨れたら、これをさっさと消化するために遊び倒さねばならぬのが祭りと言うものだ。

 まずは射的と言う事で屋台に向かったのだが、これは意外にもグラスワンダーの独壇場であった。

 いったい全体どうしてそんな射撃が上手いのだと聞けば、冗談めかして「昔取った何とやら、ですよ」とウインクをしたから、こいつはやっぱり武士の生まれ変わりである。

 純真なハルウララは、すっかりこのグラスワンダーの冗談を信じこんでしまっていた。何故かサイレンススズカも「うそでしょ……」とこれを信じてしまっていたから、あとで二人の誤解を解くのが大変であった。

 すぐ隣にある輪投げもやったのだが、こちらはテイエムオペラオーが得意になってやっていた。

「ボクの美技は百発百中さ!」と大口叩いて言う割には全部外してボウズだったが、投げる度に格好つけるから見世物としては面白くあった。

 しかし終わったあとにはちょっとした人集りまでできていたから、いろいろあって抜けるのが大変になってしまった。

 

 他にもくじ引きやヨーヨー釣りをしてみんなでめいっぱい祭りを楽しんだら、気付けばもう花火の打ち上がる時間が迫っている。

 花火は沿岸の無人島から打ち上がると言うから、落ち着いて見るならばそろそろ海岸付近に移動せねばならん。

 私たちは昼間にシリウスで使った海岸にみんなを案内した。人気の少ないあそこならば誰も寄り付かんから、じっくり見られるはずだった。

 海岸に着くとシリウスだけじゃなく、スピカやリギルの奴らまで集まっている。察するにウイニングチケットとライスシャワーから漏れて全員に伝わったようである。

 下駄で砂浜には降りれんので、みんなで丘の上に立ったり座ったりして花火を待っていた。少しすると光が昇って、パッと大きな花を咲かせた。

 真夏の夜空に開いた鮮やかな花火の色が、きらきらと私の眼をいるように様々な色で私の顔に差した。

「綺麗だな」と私は小さな声で呟いた。隣に立っていたフクキタルが「そうですね」とこれに答えた。

 

 しばらく黙って花火を見ていると、私の指先にフクキタルの指先が触れた。

 誰にも気付かれない小さな動きで忍び寄ってきた指は、やがて私の五指に絡まり、覆い被さるようにして手の平を包みこんだ。よくよく下手くそな握り方であった。

 私はそれに気が付かないフリをして、ちらと横を見た。花火の朱がフクキタルの頬に差して仄赤く染めていた。

 夜空に向き直った私は、違和でむず痒くなった手を振り解くと、ちゃんとした形で握り直してやった。

 また花火が咲いて、フクキタルの顔を染めた。私の頬もきっと染まっていた事だろう。

 




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 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

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  • いる(鋼の意思)
  • いらない(どこ吹く風)

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