夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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(夏目漱石の文章再現が)全然わからん!




 起き抜け一番、牛乳を飲むのが日課である。しかしここにあるのは豆乳であった。無調整で豆臭く飲めたものではない。

 フクキタルに聞けば、昨日のラッキーアイテムが豆乳だったので! とのたまうからやっていられぬ。朝から裏切られた気持ちだ。

 

 いよいよ授業へ出た。

 初めて教室にはいった時は、何だか大変だった。自己紹介をしながら、スペと別けられた私はここでやっていけるのかと思った。

 生徒はやかましい。図抜けた声でやれどこから来ただとか、やれ地方はどうだとか、とにかく質問をぶつけられて答えるだけでもてんてこ舞いだ。隅にいたメイショウドトウに言外の助けを求めたが無視された。この借りはあとで返させてもらおう。

 私は卑怯なウマ娘ではない。臆病な女でもないが、惜しいことに配慮に欠けている。最初のうちはおかしな答え方をしていないかと、何だか変に畏まってしまった。しかし別段いやな顔をされずに済んだ。

 自分の席に着いたら後ろのテイエムオペラオーが、どうだい。と聞いた。善い奴ばかりだと簡単に返事をしたら、テイエムオペラオーは安心したらしかった。

 

 午前はつつがなく聞き流した。今更座学に苦心するほど頭は弱くない。ただ四限目の終わりがけに先生が、選抜レースに向けて午後は模擬レースをしようと思うから昼食は軽めにしなさい。というので冷汗を流した。

 初日から中央の奴らと走れとは鬼畜の所業ではあるまいか。こちとらコースの確認もしてないのだぞ。と心中で不平を零しながらメイショウドトウと何やら尾いて来たテイエムオペラオーを連れて食堂へ向かった。

 

 席に着くなり、君救難信号を手酷く無視するもんじゃあないぜとメイショウドトウに訴えたら、私はダメダメで助けられない。と萎れて俯いた。するとテイエムオペラオーが横から包囲網を破れるのは己の力だけなのさ。といまいちずれた口を挟む。これを受けたメイショウドトウが包囲網だったんですか? と首を傾げるから聞けば、そうだとも! とやけに自信満々で答えるから、いやその理屈はおかしいと漫才よろしく突っ込まねばならなくなった。

 

 二人の相手をしながら飯をかっ食らっていると、昨日以来にスペが話しかけてきた。ずいぶんと興奮した様子であったから友達でもできたかと聞けば、それもあるけどもっと凄いことになったと満面の笑みで報告してきた。

 聞けば昨日に見たレースで逃げていたあのウマ娘と同室であったそうで、なるほどそいつはとんだ幸運だと一緒に喜んでやった。

 そいつはサイレンススズカという名らしく落ち着きのある物静かな奴だったそうだ。だがあんな大逃げをかます奴がそう真面な筈もあるまい。きっとあいつは今にバ脚をあらわすぞと心中に思った。この予想は当たりであった。

 

 ひとしきり喜んだあとにテイエムオペラオーとメイショウドトウを紹介した。どちらも気の良い友人であると言えば、テイエムオペラオーは得意になって笑い、メイショウドトウは何やら魂消て眼を丸くしている。

 スペも新しい友達ができたと言って背後に控えた友人どもを紹介してきた。それぞれグラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイロー、そしてハルウララの五人である。

 常々スペには誑しの才があるとは思っていたが、これは中央でも通用する魔性のようだ。

 

 自己紹介も程々にこいつはどうも妹分が世話になったようでと挨拶をしたら、ハルウララが真っ先に話しかけてくる。

 話してみれば底抜けに元気な奴でとにかく気持ちが良いが、頭の方はよろしくないようで言葉の端々に無邪気を感じた。

 試しにジュースを奢ってやろうと言って水を差し出せば躊躇いもなく飲むから、疑うことも知らぬと見えてこいつの前途が心配になったが、あとで聞けばこいつのおかげで後ろの面々と繋がったというから侮れぬ。案外こういう奴は長生きするのだ。

 

 続けて話しかけてきた奴は、エルコンドルパサーと名乗った。訛りのある喋り方をするから帰国子女か留学生なのだろうが、それにしたって妙なマスクを着けたウマ娘だった。

 君そのマスクをいつも着けているのかと聞けば、当たり前のように年中着けているんだそうだ。妙な病気もあった者である。

 当人の説明ではこのマスクは父から受け継いだ大切なものだから着けているそうだが、そんな大切なものを毎日身に着ける必要はなかろう。棚に後生大事にしまっておけばよろしい。

 

 グラスワンダーはいかにも淑女然とした見た目だが、眼がぴくりとも笑っていないのが恐ろしい。

 こいつはきっと鎌倉武士の生まれ変わりに違いないと考えていれば、やはりそうであったのか急に殺気が飛んできたから思わず尻尾が逆立った。そのくせ表立ってはお淑やかに振る舞って、握手まで求めてくるからまったくとんでもない。

 何をそんなに熱り立つことがあるのか聞けば、いえいえ何でもありませんよ。と答える。嘘つきゃあやがった。だが藪を突いて羆を出すのはごめんだ。

 

 キングヘイローはいやに高慢ちきな口調でとやかく言ってきた。大概このような輩は付き合うとむかっ腹が立つものだが、しかし何故かこれからは嫌味を感じぬから奇妙である。

 何とも不思議な奴だと怪訝に話してみれば、どうもこいつは口も態度もでかいが、見栄っ張りなだけで踏ん反り返るのは苦手と見えた。

 お前は高慢ちきを気取ってるが性根はずいぶんと優しいようだなと指摘してやれば、図星だったか顔を真っ赤にして魚めいて口を開閉する。ハルウララも、そうなんだよ! キングちゃんってものすっごく優しんだ〜! と同意するから私の勘も捨てたものではない。

 もう少しこう、何と言いますか。手心と言いますか。と歯切れ悪くグラスワンダーが呟いていたが何のことかはついぞわからなかった。

 

 ここまで濃い奴らばかりだったが最後にきたセイウンスカイは、いかにも要領の良い悪戯娘と言うべき面構えでこの中ではこいつが一番怖い奴だと思った。

 やあやあ君がスペちゃんの幼馴染だね。と至極友好的に来たが、ゆるりとした半眼の奥でこちらを値踏みしている。しかし次に瞬きした時にはすっかり色が変わって昼行燈にしているのだから、まったく油断ならぬ。

 雲ゆえの気まぐれさ。とは当人の談であるが、こいつは雲は雲でも積乱雲であろう。本気になったこれとレースで一緒になりたくないものだ。

 

 挨拶が一通り済んだらずいぶんな大所帯になったので席を移ったが、相も変わらずスペが白飯を山盛りにしている。

 それでは食ってる最中におかずが足りなくなるぞと指摘してやると「違う、そうじゃない」と一同から突っ込まれたからこれが解せぬ。

 それから飯を食いながら、午後に模擬レースがあるからどう走れば良いか教えて欲しい。と皆に乞うていろいろ聞いたのだが、これが実に有意義な話ばかりであった。

 地方ではどいつもこいつも腑抜けばかりで、話を振っても碌な話もできなかったが、それがどうだ。

 逃げは試合を作るため戦略を立てよ。先行は前を気にせず後ろを気にせねば終盤に下がるぞ。差しは見極めねばバ群に埋もれるから注意すべし。追い込みならば機を見て長く末脚を使うと良い。

 何を聞いても響く答えが返ってくる。それがあんまりにも嬉しかったものだから、中央というのはまったく素晴らしい所だと両手を挙げてしまった。そのせいで同情と哀れみの視線を頂いたが、まあこの喜びの前ではさしたる事ではない。

 

 鼻息荒く皆の話を聞いているとグラスワンダーが、どうしてそこまでレースに真剣なんですか。と問いかけてきたから髪の白く染めた所を触って、亡き友と果たさねばならぬ約束があるから、ことレースに限っては真剣なのだ。と答えた。

 聞いて誰ともなく口を噤んだ。スペは白毛の友人を思い出したか、箸を止めて眉尻を下げている。

 何か湿っぽくしてしまったのでこれは申し訳ないことをしたとばつを悪くしていたらテイエムオペラオーが、君のアリアに感動した。とまたわからぬことを言うから何だそれはと首が傾くが、これで場がからりとしたのだからまったく機微に鋭い奴である。私はこいつに一生勝てそうにない。

 

 飯を食い終えて教室に戻ると、十分後に芝二〇〇〇メートルのコースに集合せよと言うので、体操着に着替えてここに居る。

 メイショウドトウとテイエムオペラオーは慣れたものですでに身体を解し終えている。生徒たちも適当に手足を動かして準備をしていたが、私はと言えば初めて踏む中央の芝に感慨深いと呆けていた。

 しばらく経つと教師がゲートと一緒にやって来て、今日の模擬レースはゲート訓練もするからそのつもりで。と言うから大半が悲鳴を上げた。ウマ娘は本能的に閉所を嫌うゆえ、とにかくゲートが苦手である。座学よりよっぽど嫌な授業であろう。私は小学校の頃にいつも仕置きとして狭い物置に閉じ込められたりしたから平気だが、これは何の自慢にもならぬ。

 

 五十音順に十人ずつ走ると言うので、二走目に私の番が来た。

 

 何とも無しにゲートに入り中腰に構えていると、ついにゲートが開いたから周囲に半歩遅れてゆらりと飛び出した。九人がバ群を成して先に行くので、見ていた周りが転入生が出遅れたぞ。と囃す。だがこちらの脚質は追い込み。問題はない。

 逃げを得意とする者がいなかったのか、全体で見ればゆったりとしたまま進み残り一〇〇〇メートル地点になった。半分も来たしここらでよかろう。曲線に入るなりぐんと脚に力を込めて加速すると、外からバ群の横を抜けて先頭集団の尻につけた。驚いた顔を尻目に笑って、大外から横切るのはやはり気持ちが良い。

 そうしてるうちに四〇〇メートル地点である。ここで先頭集団を捉えたからには抜かねば無作法というものだ。溜めていた脚を使って集団を縦に割ると、その勢いのまま一バ身差で抜けて大いに笑ってやった。これがあるから追い込みは止められぬのだ。

 

 集団に戻ると皆が矢継ぎ早に持て囃してきたから得意になる。田舎者だが脚だけは都会者にも負けぬのだと胸を張れば、次走のテイエムオペラオーが、さすがボクが見込んだだけはあるね。と仰るから益々得意になってしまう。中央も存外大したことがない、これならば約束もすぐに果たせるだろうと呑気に考えさえしたものだ。

 ところがそんなことを言っていた当人の走りを見て、この伸びていた鼻はすっかり根元から折れてしまった。

 何と言っても圧倒的である。始めから終わりまで脚運びは隙無く澱み無く、恐れ知らずにバ群を突っ切る末脚の使い方には感動すら覚える。さすが模擬レースにて無敗の肩書きは伊達ではないと言う所か。

 帰ってきたテイエムオペラオーが、ボクの輝きに見惚れたかい。と聞くので素直にお前は凄い奴だと答えたら、そうだろうとも! ボクという存在は太陽に等しいのだからね! と嫌味も謙遜もなく威張るからこいつは嫌いになれぬ。

 次に走ったメイショウドトウもこれまた圧倒的である。何せテイエムオペラオーに食い下がることができるのだがら、その脚は推して知るべしだ。さすがに同級生でも頭ひとつ抜きん出た実力者だ。

 やはり立派な奴である。勝ってきたメイショウドトウにいくつか称賛を伝えたが、相変わらず己を卑下してうじうじとするからまったくこいつは筋金入りである。

 

 しかし友人二人からこうも実力を見せつけられては、こちらも俄然として火が点く。

 大体私があれらに劣っているなどここに来る前からわかっていたことなのだから、気持ちで負けていてはそれこそ一生勝てずに終わるだろう。

 

 精神的に向上心のない者はばかだ。

 

 己の退路を断つために、今はお前らを抜かすことを目標にしてやると宣言すれば、テイエムオペラオーは哄笑でこれに答え、メイショウドトウが私が目標なんてと首を振る。

 並大抵では勝てぬだろう。しかし勝てぬ勝てぬと諦めて努力をしないでは益々勝てぬ。

 一度こうと決めた私は頑固だ、精々後ろには覚悟するが良い。

 




夏目漱石のような文章にできているか心配である。


 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

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