ここからなんとか調子を上げて、頑張って完結させたいですね。
年末ってのは盛大なもんで、何回もGⅠレースがある。今週は有マ記念で、スペとグラスワンダーとテイエムオペラオーが出る予定だ。
無論、私はこれを見に行くつもりだったのだが、三人全員から一様に「レースを見る暇があったら練習して早く復帰しろ」という言外のお言葉をいただいたんで、しようがないから練習漬けで年越しするんだ。
あとで聞いたら、有マ記念はグラスワンダーが一着で、下にスペとテイエムオペラオーの順番だったらしい。グラスワンダーとスペとは一センチ差だったと言うから魂消た。実況では最強のふたりと言われていたらしい。私もはやくそんな勝負をしたいもんだ。
それから年が明けると、私たちの道もしばらく分れることになった。
まず新年の挨拶もそこそこに、スペとサイレンススズカはアメリカへ、グラスワンダーは欧州に遠征へ行った。
凱旋門賞を獲ったエルコンドルパサーに触発されたか、スペとグラスワンダーは半年ほど向こうで武者修行するそうだ。それぞれ、BCターフとKGVI & QESを目指すらしい。
しかし、サイレンススズカはもともと向こうへ行く予定だったと聞いてはいたが、このふたりが海外へ行くなんてのは寝耳に水である。
何でもトレーナー以外に誰にも言わなかったそうだ。友達だってのに、知らせてもくれなけりゃ見送りにも呼んでくれなかったんだから、まったく薄情だ。不人情も極まってる。心底むかっ腹が立ったんで、ふたりが帰ってきたらレースで盛大に負かして、泣かせてやろうと思っている。
エルコンドルパサーは年内のほとんどを休養に充てて、年末くらいにはレース復帰する予定である。
凱旋門賞を獲って、帰国後すぐにジャパンカップで負けたのがよっぽど悔しかったらしく、もっと自分を高めるのだと息巻いていた。
一方で、キングヘイローとセイウンスカイは変わらずレースに出るそうだ。
キングヘイローは、短距離路線に転向して、高松宮記念からスプリンターステークスの短距離二冠を目指すようだから、寂しいような楽しみなような気持ちでいる。無冠の王様が早く王冠を被るのを見たいもんだ。
セイウンスカイのほうは、何をするのかはぐらかしてばっかりで、ちっともわからない。間近では大阪杯に出ることは聞いたが、それ以外はさっぱりだから、あいつが何をするつもりなのか気になる。
ハルウララは相変わらずダートを走る。ただ本人は「みんなをびっくりさせるから、楽しみにしててね!」と言っていたんで、何やらデカいことをするようで楽しみだ。
テイエムオペラオーとメイショウドトウはシニア級を走る。最初には春天で、そこから年末までずっとGⅠで行くと言うから強気なもんだと思った。
ただ、気掛かりなこともひとつある。菊花賞のあとくらいか、アドマイヤベガが屈腱炎したという知らせがあった。
聞いた当時は息を呑んだが、自分勝手な気まずさのおかげで今の今まで見舞いのひとつもしていなかった。
一回話したきりだけれど、年も明けて、私もいろいろ落ち着いたから、改めてアドマイヤベガと話してみたい気持ちが湧いてきた。
干物にそのことを話すと行っておいでと送り出されたので、私は今日からアドマイヤベガと話をしに行くんだ。
今は検査入院中だというんで、さっそく病室に行くと、病衣を着たアドマイヤベガがベッドの上で外を眺めていた。布団で隠れているが、足にはギプスが巻かれているんだろう。
「……きっと来ないものだと思ってた」
私が声をかけると、アドマイヤベガはむっつりした顔でそんなことを言った。よっぽど放っておかれたのが気に召さないようで、私はちょっとばかし申し訳ない気持ちになった。
私が少しばかり思う所があったんだと言い訳をすると、アドマイヤベガは溜め息にも似た息を吐いて、また外へと視線を向けた。
「同じね。こういう所まで」
アドマイヤベガの言葉には、自嘲と哀れみが含まれていた。私は彼女の態度に何とも言えず、押し黙っていた。
「……あなたは、満足しているの?」
私がすっかり黙っていると、アドマイヤベガは無表情に問いを投げた。それは純粋な疑問というよりも、微かに縋り付くような声であった。
私は偽りなく満足していると答えた。ダービーを勝って、あいつとの約束を果たして、それで満足してしまったのは事実である。今だってそう、思っている。
「満足しているのに、まだ走るのね」
私の答えを聞いたアドマイヤベガは、どこか呆れているらしかった。同時に、疑問も含んでいた。察するに、我儘を言う子供を前にした母親の心持ちであったのかもしれぬ。
私は頷いて、満足していても託されたからには走るんだと答えた。誰だって目的なく走るなんてできないから、私はみんなから託された想いを糧に走るんだ。
「苦しくないの、あなたは。約束も無くなって、何のために走るのかもわからなくなっているのに」
再びこちらを見たアドマイヤベガは、眩しさに目を細めているようであった。
私はこう言った彼女の言い方に、似た者同士だけがわかる類の、一種のシンパシーが作用しているのだろう。自問自答をしているような感情を抱いた。
彼女もまた、繋がりが切れてしまったと思ったのだろう。故人に囚われているから、唯一の約束という繋がりがなくなって、迷子になっているのだろう。
「そりゃ苦しいもんだ。誰だって目的なく走るなんてのは、まったく簡単じゃない」
「あなたには、目的があると言うの」
「あるから走っているんだ」
「それは、何?」
「みんなとの繋がり、それだけがある」
私は頷いて、アドマイヤベガの冷たい右手を握った。
「私はみんなに、また一緒に走ろうと言われているんだ。私は冗談は言うが嘘つきにはなりたくない。だから約束は守るつもりでいる。いつかみんなで、必ず、同じレースを走るんだ」
「同じ、レースを……」
「それに、テイエムオペラオーとはまだ一回も戦ってないんだ。あいつのことは絶対に負かしてやるつもりだ。本当は私が最初に負かしてやるつもりだったから、お前があいつを下した時は、実はちょっとばかし堪えたんだぞ」
冗談めかして言うと、アドマイヤベガは一瞬だけ呆気に取られた。しかし次には口を開いて、また呆れた声色を私に向けた。
「それは、申し訳ないことをしたわね」
申し訳ないとは口で言っても、顔はそうでもなかった。むしろ不敵なものであった。
「うん。だから私は、お前のハナだって明かしてやりたいと思ってるんだ。こんなところでくさくさして、不貞腐れてちゃイヤだぜ」
「……繋がり、ね」
私の言葉にアドマイヤベガは、何か思うところがあったのか、また溜め息にも似た息を吐くと、思い返すように瞳を閉じて天井を見上げた。
それから数秒も経って、やっと私の手をそっと解いた。
「有マ記念……そこを目指すわ」
開かれた瞳には決意の色が灯っていた。
それはたぶん、私よりも綺麗で美しい色をしているようだった。
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GLタグいる?
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