夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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書いてるとたまに予定ないキャラが出てきて新しい設定を持ってくる現象に名前をつけたい。


弐拾

 

 特別OPを勝ったのなら、次は金鯱賞である。

 GⅡであるこのレースは大阪杯のステップレースであり、これに勝てば優先的に出走できる。私の獲得賞金は実質的にはダービーだけで、大阪杯には出られるけれどちょっと心許ない。だから金鯱賞で弾みをつけて、それから大阪杯に行こうというわけになったのだ。金鯱賞から大阪杯へは間があまりないが、同じ2000mで、そう苦戦することもないだろう。ただセイウンスカイが怖いだけである。

 

 金鯱賞に向けて練習を続ける傍らで、何だか妙な奴が来たから少し困った。妙な奴ってのはやっぱり妙なもので、私を見るなり開口一番「噂と違って良い子ちゃんだな」と失礼を言う。

 

「いや何、お仲間……黄金世代だったか? アイツらがみんなして海外に行くもんだから、お前も行くもんかと思ってな。どうなんだ?」

 

「行かない。私ってのはそんなに外へ出る気もないから、海外だって行かないつもりなんだ」

 

「もったいない、そりゃあもったいないぜ。お前なら海外GⅠのひとつくらい取れそうなもんだってのに」

 

 妙な奴ってのは、何でもわからないことを言う。海外GⅠなんて大層なものは、私の手に余るもんだ。そういうのはアイツらが取っておけば良い。しかしコイツはそう思わぬようで、人目も憚らずにいちいち突っかかってきた。

 

「秋天までのレースは見せてもらった。小さいは小さいが、スタミナとパワーがある。それに足も頑丈だ。洋芝を走るには十分だろう。走り方は、それ用にちょっと変える必要はあるがな。お前なら凱旋門賞、イケるかもな?」

 

「やなこった。外国に行きたいなら自分で行きゃいい」

 

「そう言うなよ。……首を縦に振れ。そうすりゃ同じダービーウマ娘の誼だ、こっちでいろいろ融通してやる」

 

「ダービーウマ娘だからって、誰でも信用するもんか。何だって知らん奴から施しを受けちゃ世話ない」

 

「オイオイ、このシリウスシンボリ様が太鼓判押してるんだ。もう少し反応してくれなきゃ困るぜ」

 

「何を言われたって、変わらないぞ。私は外国なんて行きたかないんだ」

 

 シリウスシンボリってのは後から聞いたら、海外レースを転々としていた奴らしいから、なるほどソイツに見初められるのは栄誉なことなんだろう。結構な派閥があるとも聞いたから、声をかけられるのが光栄なことなのは学のない私にだってわからあ。

 しかしだからって、そう安易に頷くものか。海外に興味がないとまでは言わないが、今は約束があるんだ。そいつを反故にしてまで海外になんか行きたかない。私は冗談は好きだが嘘吐きは嫌いだ。そのくせに自分が嘘吐きになっちゃあ末代までの恥だ。

 

「だいたい、なんで私に来るんだ。キングヘイローとか、セイウンスカイとか、もっと良い奴はいるんだから、そっちに行ったほうがよっぽど良かろうもんだ」

 

「いや何。ひさびさに帰国してきたら、面白い奴がいるって聞いたんでね。それで会ってみりゃどうだ、怪我で養生してた割に仕上がってる。その上、まるで"他人の気がしねえ"と来た。誘わない手はないだろ?」

 

「どうも。でもこっちではそう思わん」

 

「やれやれ、頑固さは噂以上のもんだ……だが、それでこそ落とし甲斐がある」

 

 シリウスシンボリが私の顎を持ち上げたから、野次ウマがちょっと騒がしくなった。

 駄洒落皇帝といい、シリウスシンボリといい、どうもシンボリって奴は人を誑かす才能があるように思う。私は別段どうも思わぬが、きっと普通は一発で虜になるんだろう。こわやこわやだ。

 

「ちょっと、何してるんですか!?」

 

 そうこうしているうちに、フクキタルが野次ウマの中から出てきて、私の手を引いて胸の内に引き寄せた。

 最近はいっつもコイツに絡まれているから、よくよくフクキタルが近くにいて助けに来るんだ。嬉しいは嬉しいが、ちょっと過保護じゃなかろうか。

 

「おっと……今いいところなんだ、邪魔するなよ。マチカネフクキタル」

 

「この子は私の……私たちの大事な仲間ですから、無理な勧誘は止めてください」

 

「人聞きが悪いな。こっちはちゃんと穏便に勧誘してただろう?」

 

「人の顎を持ち上げるのが穏便ですか」

 

「少しもこっちを向いてくれないんでね、見てくれるようにしただけさ」

 

「外国ではどうか知りませんけど、日本ではそういうのを穏便とは言わないんですよ」

 

「なんだ、自分じゃできないからって嫉妬か?」

 

「違います!」

 

 フクキタルが声を荒げるから、だんだん大事になってきた。その上に、シリウスシンボリもわかってて煽ってるようだから質が悪い。

 野次ウマが修羅場だなんだと騒ぎ始めたから、私は何だか居心地が悪くなった。胃までが痛くなってきた気がした。今度エアシャカールに胃薬をもらっておいた方が良いかもしらん。

 頭上で睨みあうふたりを尻目に、ほとんど現実逃避みたいに考え事をしていると、野次ウマが海みたいにぱっかり割れた。

 次にはシンボリルドルフが、エアグルーヴとナリタブライアンを伴ってこちらに来た。

 

「おかえり……と言いたいところだが、帰国早々これは何の騒ぎかな。シリウス」

 

「これはこれは、皇帝サマ。本日もご機嫌麗しゅう」

 

「君にそんな態度を取られると、思いの外鳥肌が立つね……それで、今回は何をしたんだい」

 

「オイオイオイ、お前まで人聞きが悪いこと言うな。ただの勧誘だよ、勧誘」

 

「……彼女を?」

 

 私が控えめに頷くと、それで合点がいったらしいシンボリルドルフは溜め息を吐いた。それは疲労と呆れを含んだものであった。

 

「シリウス。海外を長く、そして広く渡り歩いた君の言うことだ、確かに適性はあるのだろう。しかし今の彼女は"日本"が主戦場だ。あまり無理強いをするのはいただけない」

 

「ハッ、日本に縛り付けてるの間違いじゃないか? このままじゃコイツの脚は宝の持ち腐れだ。高速馬場が基本の、今の日本じゃ特にな」

 

「だが彼女は結果を残している。君と同じ、ダービーウマ娘として」

 

「ああ、そうだな。だがそいつは、コイツ自身が限界以上の力を出した結果だ。万全ならともかく、怪我でシニアの初年を棒に振ってるんだぜ。同じ力が出せるとは思えないね」

 

 歓談と言うにはいささか空気がヒリついていて好ましくない。シリウスシンボリも、シンボリルドルフも、顔は笑ってても目は笑ってないし、フクキタルはずっと耳を絞ったままでいる。

 シンボリ家の内輪揉めに巻き込まれるなんざ心底ごめんだ。フクキタルの怒った顔だって見たかないのだから、そろそろここらで打ち切って欲しいもんだ。

 

「まあいいさ。気が向いたら連絡しろよ、いつでも、どこでも、連れてってやるから」

 

 私が心配したのも束の間、シリウスシンボリはそれだけ言い残すとふらりと立ち去ってしまった。自分で作った穏やかじゃない空気をほっぽり出して、何という無責任だろう。

 嵐が過ぎ去ると、野次ウマはすぐに引いた。知らぬところでエアグルーヴとナリタブライアンが人払いをしたようだった。ナリタブライアンが仕事をしている姿は一向に見たことはなかったが、なるほど確かにこいつも生徒会の一員らしい。

 

「身内がすまなかったね。お詫びと言ってはなんだが、少しお茶でもどうかな」

 

 すっかり周りがいなくなってしまうと、シンボリルドルフは苦笑いとも愛想笑いともつかない顔をして、私たちを茶会に誘った。

 私はこの誘いを二つ返事で了承したが、フクキタルは少し遠慮した様子だった。皇帝殿とお話しするのに気が引けているようであった。どうせ駄洒落皇帝なのだから、そう遠慮せずとも良さそうなものだ。

 結局、私とフクキタルは生徒会室でお茶をすることになった。無論、エアグルーヴとナリタブライアンも一緒である。

 

「まずは復帰おめでとう。君がまたターフに戻ってきてくれて嬉しく思う。一時は随分と落ち込んでいて、心配だったが……どうかなその後は」

 

 エアグルーヴが淹れた紅茶にミルクを加えながら、シンボリルドルフはそのように話を始めた。内容は、なんてことはない世間話で、特筆すべきことはなかった。

 ただあとから思い返すと、これってのはきっとカウンセリングの類だったんだろう。皇帝殿は話をしながら、私の胸の内側によくよく目を向けているらしかった。

 

「どうも何も、いつも通りです。今はちっとも落ち込んじゃいません」

 

「そうか。いや、何事もないならよかった。君のような生徒を失うのは、私としても惜しいからね」

 

「それは、どうも」

 

「おためごかしじゃない。君という存在は、君が思っている以上に大きな存在なんだ」

 

 シンボリルドルフの言葉は、私にはあまりピンと来なかった。大きな存在と言われたって、私はただの十とそこらのウマ娘だから実感ってのが伴わない。たまにちやほやされるのだって、私がダービーウマ娘だからなんじゃないかとさえ思っている。

 

「私の言葉は、まだ信じられないかな?」

 

 そういった考えを口に出すと、シンボリルドルフがこう返してきたから、私は首を振って応えた。

 

「君は多くの良き仲間やライバルに囲まれている。特に君とフクキタルは比翼連理……私からしても、羨ましいくらいだ」

 

 言われて、フクキタルは私からちょっと顔を逸らした。比翼連理ってのはなんだかわからないが、仲が良いのは確かにその通りだから、私は適当な相槌を打った。

 それからいくつか話をして、紅茶をすっかり飲み干してしまうと、私たちは生徒会室を出た。茶は美味かった。エアグルーヴはよくよく紅茶の淹れ方を熟知しているようだった。

 それから部屋を出る時に、ちょっとナリタブライアンに睨まれたが、なんだったのかはいまいちわからない。元からああなのかもしれぬが、客人相手なら目付きくらいはもう少し和らげても良さそうなものだ。

 

 それから夜になってもう寝るという時分に、ふと両親の声が聞きたいと思った。いささか遅い時間だったが、携帯から電話をかけるとふたりはすぐに出た。

 久しぶりに聴いた声は、なんだか前よりも老けこんでいるような気がした。




 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

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GLタグいる?

  • いる(鋼の意思)
  • いらない(どこ吹く風)
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