夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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いい加減に話を進めないと一生終わりそうにないので、ガンガン行こうぜの気持ちで物語を加速させたいと思います。

更新速度は……んにゃぴ……よくわかんなかったです。


弐参

 天皇賞春ってのは3200mもあるから、これを走り切るってのは大変なものだ。道中が長いから考えることが多いうえに兎にも角にも体力がないと始まらない。私は多少体力に自信がある方だが、それでもこんな長距離じゃあ持つか心配にならあ。

 そういうことを言うと、決まってみんなは大丈夫できると返してくるんだから無責任で堪らない。だがそれでやる気を出すんだから私ってのは単純だ。

 

 レースの前日になってメイショウドトウと併せをすることになった。私としちゃあ願ったり叶ったりだが、メイショウドトウは居心地悪そうにして落ち着かないんで妙だ。

 何をそうソワソワする必要があるかと聞くと、こいつと来たら言い淀むだけで何にも言わない。ははあこいつは重症だと首を捻ってみせると、エアシャカールが横合いからついと口を出してきたんで少し魂消た。

 

「春天、今のままで勝てると思ッてンのか?」

 

 よくわからないことを言うウマ娘だ。勝てないつもりで挑むやつなんかどこにいると言うのだろう。もしロジカルに考えた結果ってならこいつのロジカルってのも当てにならんもんだ。

 

「レースならなんだって勝つ気で走るもんだ。負けるつもりで走ってちゃあウマ娘じゃない」

 

 こう返した私に、メイショウドトウは何か言おうとして口をまごつかせて、結局何も言わずにまたすっかり黙った。やっぱりなんだか妙だ。

 

「そういうことじゃねェ」

 

 一方で、エアシャカールが声をひそめて視線を尖らせるんだから、何をそういきり立つことがあるんだかわからない。

 

「そりゃ怪我で休んだ分は差があるだろうが、それだって頑張って走れば覆せらあ。領域はまだだが、それだってきっとすぐできるんだから、そう心配したもんじゃないぜ」

 

「……ちげェ。そうじゃねェんだよ」

 

「違うたなんだ。それ以外に何がある。あるってならはっきり言えばよろしい」

 

「差だとか、領域だとか、それ以前の問題だ。……お前はどこを見てんだ、どこを目指してんだよ」

 

 痛々しい表情でエアシャカールは言うが、私にはてんでわからない。どこを見るも何も勝つために走るのだから、勝ちを目指すのは当たり前である。ゴールを見てなきゃどこを見るのだ、篦棒め。

 

 そう、こうしてるうちに干物が来た。干物は私たちの間の微かな不和を感じ取ったのか、無理やり笑顔を作って「さっ、走るよ」と両手を叩いた。

 それでエアシャカールとの話は終わった。メイショウドトウは結局何にも喋らなかったんで、何が言いたいんだかわからず仕舞いであった。こちとら鬼でも悪魔でもなし、気心知れた仲ってなら、言いたいことがあるなら素直に言えばよろしい。

 

 併せったってやるのは3200mを通しでパッと走るだけだ。レース目前で本気に走るなんてのは不調の原因になるもんだ、練習で加減なしに走って本番で不調になってちゃあ世話ない。

 メイショウドトウとスタートラインに並んで構え、干物が吹いた笛の音に併せて走り出す。メイショウドトウは有力ウマ娘をマークして走る先行だが、私は追い込みだから今回の併せじゃ有利なほうにある。ただずっと後ろにいちゃメイショウドトウの練習にならんから、途中で先頭に行けと言うのが干物の指示である。

 序盤はメイショウドトウの背中を見ながら適当に走り、残り1000mになったあたりでちょっとずつ前に上がっていった。五バ身くらい差があったが、500mくらいでちゃんと追い越して先頭に立ってやった。

 無論メイショウドトウが前に出てくる。練習と言うには鬼気迫る様子なもんで私も熱が篭って残り200mを追い比べで走り抜けた。結果はメイショウドトウがクビ差で勝ちだった。

 

 所詮は併せなもんで本気ではなかったのだけれど、やっぱり領域なんてのは出てこなかったから、どうもレースじゃなきゃこいつは出てこないらしい。さすがに領域なんて大そうな名前持ちは生意気だ。

 ずいぶんと速くなったじゃないかと息を整えながら声をかけると、メイショウドトウは静かに頷いて「追い付きたかった……ですから……」と返した。ちょっと前まで泣き虫だったのに、まったく立派になったものである。

 併せが終わったら、適当にクールダウンをしてもう帰る。もうすぐに天皇賞春だから、それまでゆっくり休んで力を貯めるんだ。

 

 フクキタルに構われつつも休んだら、1日掛けて移動する。干物の車と新幹線で京都へ行って、ホテルで1日休んだらやっとレース当日だ。関西のレースは遠いから移動が長いったらありゃしない。これじゃあレースするより移動するほうが疲れるかもしらん。レース場に着いたらいつも通りに控え室にはいって、準備を整えたら待つだけだ。

 控室では干物が、京都レース場のコースについておさらいを始めたからちゃんと聞いた。京都レース場は基本的には平坦でコースの幅も広いのだが、第三コーナーには名物のばかにでかい坂がある。ここをどう超えるかがレースの肝で、特に今回は一周目でいかにスタミナを温存しながらここを超えられるかが重要になると言う。

 

「焦らずに、確実に。それがこのコースの鉄則だよ」

 

 私とメイショウドトウはしかりと頷いた。なんだって急いては事を仕損じる。レースだって同じなものだ。

 おさらいが終わったらチームメンバーから激励をもらう。ライスシャワーは相変わらず控えめに頑張ってくださいと両手を握り、ウイニングチケットは大声でファイトだよと拳を振り上げる。フクキタルは私たちの手を握って無事に走り切ってくださいねと言った。ただエアシャカールはメイショウドトウの肩を叩くだけだったが、私にゃ厳しい顔なんだから今日はやけに薄情だ。しかし先日の練習の様子から、何か思うところでもあるんだろうと察したんで、私ははぁそうかと曖昧に返事をするだけにした。

 

 地下バ道を抜けてターフに出ると、歓声が全身を揺らした。歴史ある天皇賞春なら、こう観客が大勢集まるのは当然であろう。

 ゲートの近くまで行くと、テイエムオペラオーが笑顔で迎えてきた。やぁ我がランスロット、そしてモルドレッド! とまた妙な呼び方をしてくる。この前に私がモルドレッドと呼ばれたから、ランスロットってのはメイショウドトウのことなんだろう。

 冠を奪いに来たぞと言うと、こいつはハッハッハと高笑いをして「湖の妖精よりエクスカリバーを賜ったこのボクに勝てるかな?」なんて返すから、まさか偽物を掴まされてないだろうなと答えてやった。

 いつも通りの私たちとは対照的にメイショウドトウは真剣も真剣で、貴女に勝ちますと言うのでテイエムオペラオーも真剣になって、その挑戦受けて立とうと踏ん反り返っていた。

 話していたらラッパが鳴った。ファンファーレである。早速ゲートにはいって中腰に構えた。今回の私は外枠の十一番で、テイエムオペラオーが五番。メイショウドトウが内枠の三番にある。不思議なくらい上手いことバラけているからなかなか面白い。

 

 全員がゲート入りすると、少し間を置いてからガシャンとゲートが開いたんで、いつも通りみんなから半歩遅れて飛び出した。

 外枠なんで内に向かいながら、さて展開はどうかと観察していたが、まず三人は先行争いで前に出ているのが見えた。それからメイショウドトウが早めの四番手で、テイエムオペラオーは中団である。私は相変わらず後ろのほうだが、コーナーの直前には前の奴を風除けに使って進んでいる。

 第三コーナーにはいると例の坂があって、前方がグッと詰まってきたが、下りに入るとまた元に戻った。まだみんな抑えているようだが、この時点でかなり縦長に見えて、私は先頭の奴らは息切れしそうだなと踏んでいた。

 スタンド前で歓声を受けながら二周目にはいると、ここからが本番になる。第一、第二コーナーを抜けて向う正面になると、前の集団もまた詰まった。今度はもう戻りそうにないから、下り坂で外めにつけなければならないだろう。私は息を入れながら内をついて坂に備えた。

 坂にはいると一気に盤面が動いた。メイショウドトウが早めに行って三番から二番手に、オペラオーも併せて四番手から二番手に上がった。私も下りに入った時点で外を突き、バ群の陰から先頭を窺う態勢にある。

 最終直線に入るとバ群がバラけて前が開けた。隙間からテイエムオペラオーとメイショウドトウの背中が見える。内からメイショウドトウ、テイエムオペラオーと並んで、どちらもスパートをかけて先頭争いを始めていた。ここで行かずにどこで行こう。私は脚に力を込めると体勢を低くして一気に突っ込んだ。

 後ろに控えていた分だけ私のほうが体力で有利のはずだが、どいつもこいつも根性があってなかなか抜かせない。こんな長距離のレースに出る奴らだから、根性が筋金入りなんだろう。目の前に隙間があるのにまったく抜かせない。

 ええいこなくそと末脚を使ってなんとかバ群を抜け出し、やっとふたりの真後ろまで迫った。あとはこいつらを抜かしたら私の勝ちだが、一バ身の差がどうしても縮まらないどころか、差が離れていくまである。このまんまじゃあふたりにはいつまで経っても追いつけないだろう。

 私は必死に領域のことを考えた。あれさえあればきっと追いつけるもんだと思った。しかし一向に出ない。領域ってのはこういう時に発揮されるはずだが、私のところには出ないばかりか、息が苦しくなって脚が鈍ってばかりだ。

 

 ふたりの背中が、遠くなっていく。なのに何故領域が出ない。どうして追いつけない。

 これじゃあ、スペに、みんなに──

 

 

 

 

 ──置いて行かれる。

 

 

 

 

 結局、私は三着で終わった。意地でもぎ取ったハナ差の三着だった。一着はテイエムオペラオーで、二着がハナ差でメイショウドトウである。ふたりとの差は二バ身だった。

 歓声に手を振って応えているテイエムオペラオーに、今回は勝てなかったが次はこういかないぜと言ってやった。無論これは盛大な強がりである。

 テイエムオペラオーは気持ちの良い笑顔を浮かべて、次の主役もボクさと返してきた。こいつが言うと本当にそうなりそうだから困る。

 

 控室に戻ると、みんなが三着ですごい。二着ですごいと両手を上げて喜んだ。大阪杯での大敗を考えれば、三着なんて大きな進歩なんだろう。だが私にとっては、ただ負けた事実を示すだけの数字でしかなくって、まるで価値がない三着だ。

 メイショウドトウだってテイエムオペラオーに勝てなかったんだから、二着たってそう喜べるものでもないだろう。実際、メイショウドトウは悔しそうであった。

 

「タイム、目標より遅ェ」

 

 こう言ったエアシャカールに、私は困ったような顔をするとどうも調子が悪かったなと誤魔化した。そしたらエアシャカールは悲しそうな顔をして「そうかよ」とだけ言って出て行ってしまった。この前からずっとこんな調子なんだから変な奴だ。

 

 ライブのほうは苦戦もなく終えた。今更踊りで躓くなんてヘマはしない。メイショウドトウもライブになればいつものドジも鳴りを潜めて、すっかり踊ってみせた。

 ライブが終わればあとはもうホテルに帰るだけなのだが、今まで様子が変だったエアシャカールが、ここに来て話を切り出してきたから話が変わってきた。

 

「お前、なんで負けたかわかってんのか」

 

 二着三着でも次は勝てると、みんながあれこれ励ます中にあって、エアシャカールだけは私に厳しい視線を向けていた。

 

「なんでって……それは、私が領域に」

 

「違うッ! お前が、競い合う相手を見てねェからだ!」

 

 私の答えのエアシャカールは語気を荒げてこう返した。私は驚いて口をつぐんだ。他のみんなも口をつぐんでいた。

 

「お前の前を走ってたのは誰だ? お前が抜かせなかった相手は誰だ? アァ!?」

 

「テイエム、オペラオーと……メイショウドトウ……」

 

「そうだ、オペラオーとドトウだ! だがお前は、レースの最中にどこを見てた? 誰を見てた!? 大阪杯の時、お前は領域に目覚めてればと言いやがった。この前の併せじゃドトウになんて言った!? ずいぶんと速くなっただァ? 違うだろ!」

 

 ここまで一気に捲し立てたエアシャカールは、私の胸ぐらを掴み上げると額を突き合わせて、ほとんど絞り出したような声で告げた。

 

「お前が、遅くなったんだよ」

 

 私は息を呑んだ。どうしてそんなことを言うのだとも思った。お前にこうまで謗られる謂れはないと、反論してやりたい気持ちでいっぱいだった。

 

「オペラオーはどうだか知らねェが、ドトウだって領域とやらには目覚めてねェんだよ。見てりゃわかるだろ!? それで負けを領域のせいにするんじゃねェ! 言い訳する前にちゃんと相手を見ろ、なんのために走ってるか見失うなよ!」

 

 しかし何故だか、私は声を出せなかった。反論に足るだけの言葉を、私は持っていなかったのだ。

 

「頼むから……」

 

 私は。

 私は、エアシャカールの涙に何も言えないままで。

 

「オレが、憧れたお前を……これ以上穢さないでくれ……ッ!」

 

 私は、耐えきれず控室を飛び出した。

 フクキタルの声が聞こえたが、今の私には、それを気にする余裕すらなかった。ただ無性に、誰の目からも逃げ出したかった。

 

 

 

 レース場の外れでまたシリウスシンボリに絡まれた。どうも観戦に来てたらしい。確かに天皇賞を楽しみにしてると言ってたが、まさかこんなところまで追いかけてくるなんて、よっぽど暇なんだろう。

 私を見つけた途端にサッと壁に手をついて「良いとこに来たな。ちょっと付き合え」と行く手を阻みながら言うんで、虫の居所が悪かった私は剣呑に嫌って言ったらどうすると返してやった。そしたら「お前に拒否権があるとでも?」と顎を持ち上げられたんで、私は溜め息混じりに両手を上げて降参した。こうなると逃げるのがほとほと面倒で、素直に従ったほうが早いのだ。

 

 ホテルを出て、どこかへ向かってる道すがらに何の用かと聞いたら、シリウスシンボリはニヤニヤして「いや何、かわいい後輩を励ましてやろうと思ってな」と嘯いた。心にもないことを言いやがる。ちっとも励ますなんてふうじゃないんだからやな奴だ。

 だいたいこいつのせいで私は最近ずっと、シリウスシンボリのお気に入りだなんだと言われてヒソヒソされてるんだ。迷惑料くらい払ってもらいたい。だがそんなことを言うと、迷惑料と称してまた面倒ごとを持ってこられそうで言えないんだから、こいつの相手はこと難儀である。

 

 シリウスシンボリの後に尾いて行くと、ホテルの近くにある小さな定食屋に着いた。古くからあるらしい小汚い見た目の店で、引き戸のガラスから還暦を過ぎたくらいの爺さん婆さんが飯を作ってるのが見えた。

 レース場の近所にある以上は綺麗にしてそうなものだが、店主夫妻が歳だからなのか、金がないからなのか、滅法きたない。椅子は色が変わっておまけに脂で少しベタベタしている。壁は脂で黄ばんでばかりだ。天井は台所の湯気で燻ぼっているのみか、黴っぽくて、ひどく色褪せているくらいだ。

 

「シンボリ家のお嬢様が、こんな庶民めいた場所に入るのか」

 

「おうとも。美味いもんに高級も貧相もないからな」

 

 ちょっとだけ魂消た。こいつも案外と好き物である。

 定食屋に入ると思いの他に威勢の良い声が爺さん婆さんから聞こえてきた。老いてもなお元気なのは良いことだ。シリウスシンボリも気軽な様子で挨拶しているから、本当に顔馴染みのようだ。

 

「走って腹が減っただろう。今日は奢ってやるから、好きなだけ食うといい」

 

 シリウスシンボリがニヤリと微笑んで、私の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。鬱陶しいから振り解いてもよかったが、好意はありがたいんで私はこれを甘んじて受け入れて礼を言うに留めた。

 

「はぁ、どうも……」

 

「オススメはトンカツだな。ここのトンカツは美味いぜ」

 

 そう言われるとぜひ食いたくなる。私はじゃあそれにしようと答えて、勧められたトンカツを頼んだ。

 シリウスシンボリも飯を頼んだ。こいつはカレイの煮付けであった。見た目に反してなかなか渋い注文だから、私は変に片眉を上げてしまった。

 

「腹に溜まらねえ堅っ苦しいコース料理なんぞより、腹一杯食えるこっちの方がよっぽどいい。それに、外食まで実家みてえなお高くとまった場所なんじゃあ、気も休まらねえんだ」

 

 こう言ったシリウスシンボリは最後に、こういうところのほうがお前みたいな後輩も連れて来やすいからなと付け足して、小さく鼻を鳴らした。

 なるほど確かに、あれこれでドロップアウトした奴らにゃ、ナイフだフォークだと格式ばっかりな店よりよっぽどいいだろう。下々のことをちゃんと考えてるあたり、こいつはこいつでしっかり王様であるらしい。

 

 話をしていたら山盛りのキャベツと一緒にトンカツが出てきた。白米とほうれん草の味噌汁もある。言っちゃ悪いが、トレセン学園のほうが見てくれが良くって美味そうに見える。皿も椀も長く使い古された様子で、店と同じく綺麗さってのはてんでない。しかしこのお嬢様が美味いと仰るのだからさぞかし美味いのだろう。

 とりあえず味噌汁を一口啜ってみたが、なんてことはない。普通の味噌汁だ。白米も普通で、感想もない。それで肝心のトンカツはと言えば、下拵えがいいのかちゃんと美味い。柔らかくって味がしっかりしてるし、衣がサクサクで食いごたえがある。

 

「美味いか」

 

 問いに対して頷くと、シリウスシンボリはそいつはよかったと笑って私の頭に手を置いた。

 

「春は桜、夏に星。秋には月で、冬にゃ雪。それで十分飯は美味い。それでも飯が不味けりゃ、どっかが病んでる証拠だ。特に負けが込んでる時や落ち込んでる時ってのは、どうもそういう気が強くなって諦め癖が付いちまう」

 

 カレイの煮付けが出てくると、シリウスシンボリはオウ悪いなとそれを受け取って、行儀良く身から骨を抜き取り始めた。

 

「諦め癖が付いたらもう終いだ。テメェで決めた目標や夢に負けたくない、絶対に叶えたい。こんなところで諦めたくないって気持ちが、萎えて消えちまう。そして、その飢えを失っちまったら最後にゃ引退。レースとおさらばってワケだ」

 

 私は思わず手を止めた。シリウスシンボリは手を止めずに話を続けた。

 

「ハハハ! 心配になったか? 安心しろよ、お前はまだまだ十分すぎるくらい健全だぜ。負けて悔しい! 飯が美味い! ウマ娘として最高じゃねえか! お前は終わってねえ。ただちょっとだけ"自分だけの目標"ってのを見失って、頑張り方ってのを忘れてるだけさ」

 

 骨を全部取り終えたシリウスシンボリは、箸を止めると私の目を見てそう言った。

 

「まだまだ勝てるぜ、お前は」

 

 私は無言でまた箸を動かした。しかしどの料理も最初よりやけにしょっぱく感じられたから、堪えきれなくなって行儀悪くがっついてトンカツを食べた。

 シリウスシンボリは「オイオイ、そんなにがっついたら喉に詰まらせるぞ」と呆れたような安心したような顔で笑っていた。

 

 

 

 シリウスシンボリに連れられてホテルに帰ると、心配そうにしてたシリウスの面々が駆け寄ってきたので、私はまずみんなに心配かけて済まなかったと謝った。そしてエアシャカールとメイショウドトウに頭を下げて、今まで不甲斐ない姿ばかり見せて申し訳なかったと謝罪した。

 怪我をして走れなくなってから、余計なことばかり考えて、気付けば大事なことを見失っていた。約束を守るためにと嘯きながら、私は自分の、本当の望みを諦めて、忘れていた。

 

 スペシャルウィークに勝ちたい。

 セイウンスカイに勝ちたい。

 キングヘイローに勝ちたい。

 グラスワンダーに勝ちたい。

 エルコンドルパサーに勝ちたい。

 メイショウドトウに勝ちたい。

 ハルウララに勝ちたい。

 アドマイヤベガに勝ちたい。

 そして、テイエムオペラオーに勝ちたい。

 

 私が勝ちたいのは、レースなんて曖昧なものじゃない。

 お前たちに、ライバルに勝ちたかったのだ。

 だからもう、見て見ぬ振りをするなんてことはしない。私は勝つために走るんだ。

 これを伝えると、メイショウドトウはにへらと笑って「出会った時の、近寄りがたいトゲトゲした感じが戻ってますぅ」と嬉しそうに言う。褒めてるんだか貶してるんだかわからん言い草だが、喜んでるようならまあ許すことにする。

 エアシャカールはフンと鼻を鳴らして「言葉だけじゃあまだ信用できねェな」と言って、くるりと背を向けてスタスタ行ってしまった。やはり裏切った信頼はそう簡単に回復できないようだ。

 そう思って肩を落としたのだが、直後にエアシャカールが振り向かないで「次はそこに、オレも入れとけ。三冠ウマ娘のエアシャカールに勝ちてェってな」と言うから、はたと顔を上げてもちろんだと答えた。エアシャカールはそれで満足したようであった。

 隣でシリウスシンボリが「素直じゃねえんだなアイツも」とおかしそうにしていたので、お前が言えた義理じゃなかろうと言ってやったが、すぐに全員からお前が一番言うなと総ツッコミを貰ってしまった。

 せっかく良い感じで終われそうだったのだが、なんとも締まらない雰囲気になってしまった。しかしこれでやっと自分の身体になったような、本来の調子が戻ったような気がするのだから不思議である。




 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

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GLタグいる?

  • いる(鋼の意思)
  • いらない(どこ吹く風)
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