兎にも角にも並いる強敵に勝ちたいなんて当たり前の目標を思い出したんだから、もうあれこれ迷ったりしてたらテイエムオペラオーやメイショウドトウ、それに海外にいったあいつらに申し訳が立たない。しゃんと背筋を伸ばして立ちゃあなんだって具合が良くなるんだから、私も今からしゃんとやっていくのが筋ってもんだろう。
私ってのは思い込んだら一直線な脳の悪い奴だから、なんでもいい加減をできんので誰かに言われなきゃなかなか止まらないんだ。前までは白毛の友人なりスペなりがそれとなく止めてくれたもんだが、居なくなってやっぱりあいつらにゃずいぶん世話になってたんだなあと実感する次第である。どうにも幼馴染ってのには敵わないもんだ。
心機一転して頑張ることにしたが、なんでかシリウスシンボリが練習を見てやるよと言ってきた。こいつは私を勝手に妹分扱いしてくる変な奴だが、海外で走ってたからには脳みそがいっぱい詰まってる奴だ。こいつから指導を受けられるのは願ったり叶ったりだろう。
フクキタルはあんまりいい顔をしなかった。不良だからって理由だ。私に悪影響が出たら困るってんで、そろそろお姉ちゃんというよりお袋である。
最初はシリウスシンボリに「妹分取られたからって、そう嫉妬すんなよ。お姉ちゃん?」と揶揄われてフンギャロしてばかりだったが、途中で話し合いをして結局は和解したらしく、今は一緒に練習を見るってことで落ち着いている。
私はこいつらの話し合いについてなんも知らんのだが、たまにアグネスデジタルが一緒にいるのはなんなのだろう。ちょっと気になるが、突っ込んだら藪蛇になりそうなんでやめておく。
シリウスシンボリは見た目に違わずスパルタで練習が厳しい。そのうえ、さすがに海外帰りなだけはあってよくよく最新技術ってのを知ってて、今まではちょっと趣向が違う練習ばっかりだからまったく気疲れする。
時折参加してくるシリウスの面々は死屍累々だ。
メイショウドトウは持ち前の根性で気力を保ってるが、疲れからか不幸にも食堂でラーメンの丼に顔から突っ込んでるのを見たことがある。ライスシャワーとウイニングチケットに至っては声もなくぶっ倒れてルームメイトに回収される始末だ。ダービーに向けて追い込み期間中でいつも以上に殺気立ったエアシャカールですら、参加すると途中からぜえぜえ言うんだから厳しさもわかるだろう。
特に私なんかはまったく鈍ってたから、それはもうヘトヘトになった。練習が終わったらぶっ倒れるのは日常茶飯事で、途中で気絶してしまったことだってある。そうなるとシリウスシンボリがすぐ「こんなんでへばってちゃあナメられて終わりだぜ」と私の顔に水をぶっ掛けて起こしてくるんだから堪ったものではない。
扱いの悪さに抗議したらしたらで「今まで散々甘ったれてたんだ、そろそろ鞭を入れなきゃ終わったウマ娘で終わるぞ」と凄まれるからぐうの音も出ない。
疲れてぶっ倒れたところを背負ってくれたり、うとうとする私に飯を食わせてくれたりして、いつも労ってくれるフクキタルだけが日々の癒しだ。
ところで一回、フクキタルと休んでる最中にシリウスシンボリが揶揄い混じりに「どっちのお姉ちゃんが好きかな?」と茶化してきたことがある。
フクキタルとおんなじ調子でやってきたんだろうが、私はあいつほど甘くはないんで、日頃の恨みも込めて「お前は胸もデカけりゃ態度もデカいな」と目の前の乳袋をぺんぺんしてやった。
そしたらこいつ、珍しく顔を真っ赤にして「女がそんな品のねぇことすんじゃねえ」と怒ってきたから魂消た。そういえばこいつは良家のお嬢様だった。育ちが良いこって、なんだかんだ貞操はお硬いほうらしい。
そしたらフクキタルが「この子はちょっとデリカシーがないんですよ」と苦笑いで言うんで、デカシリーではあるぞと返してやった。最近は練習のおかげで筋肉が付いたか90を超えていままでの下着がキツいくらいである。こりゃあまさしくデカシリーだろう。
しかしシリウスシンボリは「お前、それはアイツと同レベルだぞ……」と呆れ顔をしてクスリともしなかった。
しかし駄洒落皇帝と同じ扱いはあんまりだ。遺憾の"い"と不満の"ふ"を表明する次第である。
練習漬けの毎日を過ごしていると、いよいよダービーの時期が来た。エアシャカールのダービーである。
ダービー優勝はエアシャカールの悲願だ。控室じゃあ今日という今日は人殺しみたいに殺気をばら撒いて、絶対に7cmを超えてやると落ち着かない様子で息巻いていた。
私にゃ7cmってのがなんなのかてんでわからないが、とにかくあいつの中ではよっぽど特別なんだろう。
シリウスの面々が激励してる中、私はエアシャカールにフクキタルからもらった大吉の絵マを投げ渡してやった。
受け取るなりなンだこりゃと目を丸くしたんで、預けておくからいの一番にゴールまで持ってこいと言った。エアシャカールは少し呆然とした後「上等だぜ。ゴールで指咥えて待ってな」と言ってきたんで、さすがに指は咥えないぞと返してやった。そういう意味じゃねェよバカと呆れたエアシャカールの顔は、先程までと違ってずいぶん落ち着いた様子であった。
干物はエアシャカールに作戦を伝えていた。作戦と言ってもなんてことはない、自分の感覚を信じろと言っただけだった。
選手入場じゃあ席が揺れるほど歓声が上がった。エアシャカールが出た時などもう耳を塞いでないと鼓膜が破れるんじゃないかと思ったほどだ
そんな中にあってもエアシャカールはいつも通りで、無関心に軽い準備運動をするだけである。しかしゲート入りになると、大吉の絵マを腰に括り付けてニッと笑っていた。傍目に見てもずいぶんやる気に満ちてて、これはいよいよやるかもしれんと思った。
ダービーは運が良いウマ娘が勝つと言うが、運だけで勝てりゃ世話はない。常日頃からロジカルと言ってるあいつには是非とも勝ってほしいところである。
全員がゲートに収まると、数秒経ってガコンと扉が開いた。みんなが揃って飛び出して位置を争う中、エアシャカールは追い込みなんで後方に待機している。最終直線で勝負をかけるつもりなんだろう。
東京レース場が起伏の多いコースだってのは、ウマ娘なら誰だって知ってる。カーブが広いから紛れが起きにくく、地力が試されるってのも常識だろう。タフという言葉は東京レース場のためにあるもんだ。これほどわかりやすいコースもない。
スタートからエアシャカールは後ろに控え、第一コーナーも後ろのまま向正面にはいった。内寄りに陣取っているから、最終コーナーあたりで一気に内を抜けていくつもりなんだろう。
そう思って見ていたら、なんとエアシャカールの奴が第三コーナーの中間から上がり始めたから目を疑った。あんなところから仕掛けちゃあ普通は体力が保たない。観客どもだって「暴走だ」だの「掛かりだ」だのと溜め息を吐いている。
しかしエアシャカールは観客のことなんか気にせずにむしろどんどん加速して、第四コーナーの終わりにはもう内側に陣取って中団から先頭争いに参加しようとしている。
「どうしてあんなところから?」とウイニングチケットが言うと、干物はしたり顔で「そのためにスタミナを鍛えた」と返した。
あいつは身体も細っこいし寝るのは遅い不健康の権化みたいな奴だが、あれで脳みそはいっぱい詰まっているし根性だってある。スタミナ配分を間違えたりすることはないし、勝負所でヘタレたりもしない。
だからあの位置で仕掛けると最初から決めて、こっそりそれ専用のメニューを組んでいたらしい。干物のくせにやるものだと思った。
直線にはいるとますますエアシャカールが加速した。長い坂道も会場のどよめきもなんのその。完璧な位置取りで加速を続けて、どんどん先頭を目指して昇っていく。
「行け」
柵を握った私がこう呟いた瞬間、エアシャカールの身体がグッと沈み込み、芝を踏み締める音がここまで聞こえてきそうなほどの踏み込みから一気に速度を上げた。
外からもうひとり追い縋っているウマ娘もいたが、勢い甚だしいエアシャカールの前にはついぞ出られなかった。
果たして最初にゴール板を踏み越えたのはエアシャカールだった。あいつは悲願のダービーを、7cmの差を超えたのだ。
「証明終了だ、バァーカ」
控室に戻ってきたエアシャカールに全員で祝いの言葉をかけると、彼女は開口一番満面の笑みでこう言った。まるで憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔だった。
次回、夏合宿水着回の予定。
GLタグいる?
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いる(鋼の意思)
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いらない(どこ吹く風)