夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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ウッ……持病のネタを挟まないと死んじゃう病が……




 はれて放課後である。

 登校初日にしてずいぶんと濃い一日であったから、まったく気疲れして机に突っ伏すなどしていると、テイエムオペラオーが、君この後用事はあるかい。と聞く。

 来て初日に用事なんてあるものか。あったらこうまで無為に過ごしてはいない。首を振って見せれば、間髪入れずにじゃあ一緒に来たまえと言う。なんでもチームリギルの採用試験があるから、是非ともこれに出て欲しいと言うのだ。

 リギルと言えばこいつやシンボリルドルフみたいなのが所属している、この学校で一等強いと噂のチームだ。そんな所の試験を受けたって、今の私じゃあ見向きもされんだろう。

 しかしテイエムオペラオーはそう思っていないらしく「君ならばきっと合格できる。何せボクが見込んだウマ娘なのだから!」と仰るから、皮肉めいて王様は下々を使うのが上手いこってと肩を竦めて見せた。

 だが「ボクを抜くと宣言した君ならば、これくらいはできて当然だろうからね」と返されてしまったから私の負けである。

 まったく口の上手い奴め、受けて立とうではないか。

 そう言うことになったがドトウはどうするか。聞けばすでにチームにはいっていると言うから残念である。

 

 テイエムオペラオーの案内に従ってコースに来てみれば、それはもううじゃうじゃと集まっている。すでに十五はくだらんほど居ると言うのに、まだまだ集まるのだからこのリギルと言うチームの人気が見て取れた。

 凄い数だがここから何人選ばれるのかとテイエムオペラオーに聞けば、たったの一人と言うから魂消た。狭いにしてもずいぶんだ。格式高いにしてもいやにケチケチしている。トレーナーもいかにもできる女みたいな恰好をしていて、何だか高慢ちきと見える。私はこの時からこのトレーナーに女狐と言う渾名をつけてやった。

 

 狭き門目当てによくも集まる者だと眺めていれば、昼間に見た顔が並んでいるから声をかけた。不安な顔をしていたスペが、顔を緩めて駆け寄ってくる。なんでもサイレンススズカと同じチームにはいれるか心配らしい。しようのない奴だ。ここで気後れしては勝てるものも勝てんから、私の胸を借りるつもりで走れと励ませば、多少は自信を取り戻した様子である。

 ハルウララは「なんだか今日は勝てそうな気がする!」と言うので、そいつは怖いと大げさに驚いてやった。出所のよくわからぬ自信だが、気合は十分らしい。

 キングヘイローも踏ん反り返って、勝つのはこのキング一人ですわと負けん気を見せている。こいつはこいつでずいぶん自信があるようだ。

 騒ぐ奴らがいる一方でエルコンドルパサーは静かにしていた。レースを前に集中しているらしいので、声をかけるのはやめておいた。

 

 そうこうしていると、受付で名前を書けと言うので一筆認めて列に並んだ。

 一人ずつ決意表明しろと言うので並んでいる奴らが順番に何か言っていたが、スペが日本一のウマ娘になりたいと言った途端に失笑をこぼしたから腹が立った。

 決意表明の場で月並みのことしか言えぬくせに、他者の夢を笑うとはまったく不愉快な奴らだ。大きな面で都会者の自分は偉いもんだと勘違いしていやがる。

 私はこんな腐った了見の奴らと走るのは胸糞が悪いから、自分の番になった時に大声で「ダービーで勝って、日本一のウマ娘になることです。つきましてはまず、親友の夢を笑ったこの腑抜け共に負けんように走ります」と宣言してやった。

 皆が呆気に取られて、眼をぱちぱちさせた。しかし次には射殺さんばかりにこちらを睨みつけて来たから、めいいっぱい胸を張って悠々と悪童の笑みを見せた。

 私は口も所作も上品とは言えないが、心はこいつらよりも遥かに気高いつもりだ。だから親友の夢を笑われておめおめ黙っているなどできんし、ましてや誰かの夢を笑うこともできん。

 ゆえに決して負けるつもりはない。ここで負けては私とスペの顔にかかわる。道産子は意気地がないと言われるのは残念だ。右も左もわからぬうちに都会っ子に笑われて、何も言い返せなくって、仕方ないから泣き寝入りしたと思われちゃあ一生の名折れだ。

 改めて貴様らには負けんと言えば、遠くでテイエムオペラオーの笑い声が聞こえた。王様はこの見せ物にご満悦のようである。

 

 スペ、エルコンドルパサー、キングヘイロー、ハルウララと共に初走十八人に当てがわれたのでゲートにはいったが、隣の奴らが田舎者のくせに調子に乗るなと騒いでいる。他の奴らも口には出さないが内心は似たり寄ったりだろう。ケチな奴らだ。ちょっと煽られた程度でそんな熱り立ってウマ娘と言えるか。

 うるさい、気が散る。一瞬の油断が命取り。と言ってやったが、誰も黙ろうとしない。終いにはトレーナーからそれ以上は失格にするぞと脅されて、それで渋々ながら引き下がるのだから間抜けである。

 

 各バの体勢が整うと、開始の合図と共にゲートが開いた。逃げが一人いるようで進みは模擬レースよりも速かったが、この程度で追っつけなくなるほど柔な脚ではない。

 どんどんとハナを進む奴は見た所得意になっているが、進み具合からしてもいささか掛かり気味である。あれでは半分も進めば垂れるであろうと予想を立てれば、案の定一〇〇〇を過ぎた辺りで垂れて来た。六〇〇もすぎると他の奴らも無理だなんだと言って情けなく下がっていくから口ほどにもない。

 私はすでに一〇〇〇地点で溜めた脚を少しずつ使っていたから、大外を回って垂れた集団を置き去りにして先頭に躍り出た。するとスペとエルコンドルパサーも合わせて前に出てきたので、三人での競り合いになった。少し後方にはキングヘイローもいるが、足が残っていないのか最後まで上がってこなかった。

 ハナを進むのは私だが、二人とはクビ差もない。二〇〇地点に来るとエルコンドルパサーがわずか私の前に来た。ハナ差である。スペも上がってきて前に出る。これもハナ差である。私も負けじと前に出た。三人がハナ差を争う形になった。

 ここまで来て負けるものかと私もスペも意地を見せる。エルコンドルパサーも粘り強く走る。追いつけ追い越せと横並びのまま走り抜けた。ほぼ同時のゴールである。

 

 試合ならばビデオでの判定になろうが、ここにそんなものはない。着差がわからぬ以上は決めるのは女狐の裁量であるが、この結果にはさすがの女狐も悩んでいると見える。

 しばらくして最後尾のハルウララがゴールしたのを合図に、女狐が判定を下した。

 

 はたして女狐が選んだのはエルコンドルパサーであった。

 

 どうにも納得行かぬ結果だが、ともあれ負けは負けである。

 悔しそうに歯噛みするスペの頭を撫でて、まったく中央は強いな、来た甲斐があったぞ。と豪快に笑い飛ばすと、スペは少し元気を取り戻したのか次は負けないと意気込んだ。

 エルコンドルパサーはエルの勝ちデース! と勝ち誇っていたが、耳が少し垂れているのを私は見逃さなかった。私たちに肝を冷やしたには間違いないようである。

 一バ身差で敗れたキングヘイローがこちらを睨みつけて、次は負けない、追いついてみせるわ。と指差してきたから、負けん気もキング並だなと誉めてやった。

 最後尾だったハルウララはと言えば、地面に倒れて疲れたと叫んでいる。あの自信はなんだったのかと言う鈍間な走りだったが、きちんと走り切ったことを誉めてやるべきであろう。

 

 皆で健闘と讃え合っていると、やおらとテイエムオペラオーがやって来たから前に立った。

 いやあこりゃ敵わん、恰好が悪いったらない。アハハハと先んじて戯けたら、真面目な顔をしたテイエムオペラオーが、悔しいかい。と聞いてくるから私は強い口調でこう答えた。

「あんな大口叩いて負けたのだから、死ぬ程悔しいに決まっている。スペの名誉も私が負けたから守れなかった。こんなに恥ずかしいことはない、今すぐに腹を切りたいぐらいだ。だが悔しいから恥ずかしいからと負けを認めんのは、それこそ負け犬のすることだ。この程度で挫けるほど私は弱くないぞ」

 テイエムオペラオーは何と思ったのかしばらくじっと私の眼を見つめていたが、しかし目尻に涙が滲んでいるよと指摘した。

 なるほど、何だか妙に視界がぼやける筈である。その上鼻の奥がつんとして息がしにくいから、きっと酷い顔をしているに相違ない。

 私は袖で目元を拭いながら、レースにいくら負けたって、流した涙は私の糧になるんだから、お前に追い付くのに差し支えはないと答えた。テイエムオペラオーは笑いながら、それでこそボクのライバルだ。と誉めた。

 実を言うと負けたことだけが悔しくて泣いたのではない、こいつの期待に応えられなかったのが一番悔しかったから泣いたのだ。

 

 こうして私と同世代たちとの対決は、黒星から始まった。

 本気で走って負けるのがここまで悔しいものだとと知ったのは、後にも先にもこの日だけである。

 

 便所で情けない顔を洗ってから寮に戻ると、フクキタルが泣きついて来たから何だどうしたと話を聞いてやった。

 なんでも所属しているチームから数がごっそり減って、今やたった二人しかいないのだと言う。何をやらかしたのだと問えば、チームの柱であったかの芦毛の怪物オグリキャップがトレーナーと一緒に競走ウマ娘を引退してしまったから、オグリキャップ目当ての奴らが皆他のチームに移籍してしまったのだと話すから何とも言えぬ。

 チームに入ってください! お願いします、何でもしますから! と五体投地する勢いで頼み込むフクキタルにはいっそ哀れみさえ覚えるが、しかし知りもせぬ所に入って痛い眼を見るほど間抜けなことはない。

 チームの危機なのです! 後生ですから助けてください! とほとんど悲鳴に近い声を上げるから、詳細がわからんことには判断もできんから、まずはチームの部屋に案内してくれと伝えると、いやあ頼んでみるものですね。と露骨に胸を撫で下ろした。

 呆れた。もう私がはいった気でいやがる。

 

 フクキタルに尾いて行くと、やに立派な建物に着いた。チームの部屋ってのはだいたいこんななのかいと聞くと、よっぽど有名でもない限りはほったて小屋みたいな所になると返ってくる。このチームはオグリキャップが居たから、ここまで部屋がデカくなったそうだ。

 張りぼてにしちゃあ立派だぜと言えば、フクキタルが張りぼてじゃありませんと憤慨するが、この建物にサブのトレーナーを含めて三人しかおらんのだからやはり張りぼてだろう。

 

 樫の木でできた玄関戸を開けると、何故かメイショウドトウがどんよりとした泣面で苔むしているから魂消た。お前何してるんだと聞けば、ここに所属していると言うからますます魂消た。そう言えばチームにはいっていると言っていたが、それがよもやこのシリウスであったとは奇妙な縁である。

 得体の知れぬチームと思っていたが、この気弱がいるならばまあ多少は信用できる。あとはトレーナーがどんな奴かだが、それもすぐに判明した。

 

 いつの間にやら側を離れていたフクキタルが、なんとも草臥れた様子の性悪そうな女を連れて来たのだが、女狐ができる女だとするならこいつは干物か何かだろう。

 スーツは着ているが着崩していてだらしがないし、不機嫌に垂れた目の下には青黒い隈取がある。長い髪に至っては、がさつで通っている私ですら手入れを怠らぬと言うに、こいつは手入れすらしていないのかえらくもっさりしている。

 痴漢に女狐と来て今度は干物と来たから、まったくどうなっているのだと天を仰いだ。やはりここでは濃い奴らほどよく生き残るらしい。

 開口一番やかましいと毒吐いたそいつは、私を見るなり破顔して歓迎の言葉を吐くと、葉隠と名乗った。似合わん名だ、死ぬことすらできんと見える。

 

 心中で苦い顔をしていると、君が噂の転入生かい。と訊ねてきたのでそうだが何かと返すと、スタミナとパワーは頭ひとつ抜けてたけど瞬発力が足りなかったね。といきなり言う。どうやら先のレースを見ていたらしい。他チームの採用試験を盗み見とは、良い度胸をしている。

 だが考えてみればリギルの採用試験だ。不合格者から見込みある奴を攫ってこようという輩がいてもおかしくはないし、リギルほど強豪の採用試験ならばちょっくら覗いてみようかと興味本意で来る奴だっているだろう。

 こいつはどっちかわからんが、この見た目で勧誘できるとは思えんので後者のように思えた。

 

 胡乱に眉を吊り上げていると、チームにはいらないか。と干物が私に聞いたから、簡単には決められんと答えた。

 今よりも速く強くなるためにはトレーナーの指導を受けなければならんから、チームに所属することはとにかく急務である。だが私はまだこの干物の正体を知らんし、ここがどのような目標のあるチームか説明すら受けていないのだから、決めろと言われても急には決められんのだ。

 そう言う訳だから無理だと伝えると、メイショウドトウとフクキタルが仲間になって欲しそうな眼で見て、しきりにはいりませんか、はいりませんかと勧めてきたから、苦しくなって少なくとも今すぐには無理だと付け足した。

 私の言葉を聞いた干物は何か思案したあと、じゃあ明日から体験入部ということで。と言うから、ひとまずはそれで手を打とうと答えた。

 

 なんだか遣り込められたかもわからぬが、断じて二人の捨てられた仔犬のような視線に負けた訳ではない。

 断じて、ない。




 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

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