夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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シリウスシンボリ実装はやくして役目でしょ


弐伍

 

 シリウスシンボリに宝塚記念はどうせ勝てないのだから回避しろとのお言葉をいただいた。よくも上から目線な物言いをする。腹は立ったが、しかし今の自分ではテイエムオペラオーにもメイショウドトウにも勝てぬのは事実だからしかたがない。

 しかし悔しいものは悔しいので、一応、念のために勝てる見込みを聞いてみた。アイツの分析ではよくて3割と言う。干物もだいたいそんな見積だとのたまう。

 なんでも距離の短さが原因らしい。これは私の足は立ち上がりが遅いから、せめて2400mはないと厳しいとの判断である。とにかく納得しかねるが、二人にそう言われては下がる他にない。大人しく宝塚記念は断念する。

 

 学校の休み時間に宝塚には出ないぞとテイエムオペラオーに伝えたところ「カムランの丘にはまだ遠いと言うことだね! わかるとも!」と言う。メイショウドトウにこいつが何を言ってるか聞いたが、円卓の騎士だとかアーサー王だとかでなんだかよくわからなかった。しかし口振りからして関ヶ原めいた何かに違いないのはわかった。西洋にも関ヶ原みたいな合戦があって、こいつはそれを例えに持ってきてるんだと思えばわかりやすいものだ。

 私はそういうことだと頷いて、なんでも早まっちゃあ面白くもないだろうと答えてやった。テイエムオペラオーはそれはそうだねと高笑いしていた。宝塚にはメイショウドトウが出るんで「次こそは負けません」と意気込んでいたが「たとえドトウでもそう簡単にボクを倒せはしないさ!」と煽りよるから、こいつも好きものである。どっちが勝つか見ものだ。

 しかし結局、宝塚はテイエムオペラオーがまたハナ差で勝った。なんとまあ強いことだろう、メイショウドトウもやっぱりすごいと驚嘆していた。あれに勝つってのは生半可じゃあできそうにない。これは夏の合宿でしっかり鍛えなきゃならんだろう。

 

 夏合宿に行く前に水着を買おうという話になった。なんで買うのかと言われたらウイニングチケットの発案で、最終日にみんなで遊びたいからだそうだ。去年も遊んだじゃないかと思ったが、ライスシャワーがどうせなら自前の水着で遊びたいとのたまうものだから、そういう話になった。

 海で遊ぶぐらいなら学校指定の水着でも良かろうと思ったのだが、それだと味気ないというのがライスシャワーの意見である。味気たって、海なんかしょっぱいだけだろう。おかしなことを言うものだ。しかしみんなは思いの外に乗り気でいるから、私も水着を買うことになったんだ。

 

 みんなでトレセン学園近くのデパートに来たはいいが、残念なことに私ってのはこういうのとは無縁で、水着の良し悪しがよくわからないでいる。

 別に故郷でも海や川遊びくらいしたんじゃないかと思うだろうが、北海道ってのは恐ろしいところで、辺鄙な田舎じゃあ山ばっかりで海は遠いし、海は海で場所によっちゃあ水が冷たくって遊ぶにはちょっと適さないんだ。それに加えて、野生の動物もいるせいで川遊びができないのである。何かの拍子に寄生虫をもらったらそれはもう大事だ。まあ、ウマ娘なんかに寄生虫が住み着くのかは疑問ではあるのだけれど。

 

「ははあ、なるほど。そういうことならいいのがあるぜ」

 

 こういう事情があると説明すると、シリウスシンボリは自信ありげに胸を張った。少し不安だがコイツなら悪いものは選ばんだろうと思って、私はよろしく頼むと言ってシリウスシンボリに水着選びを任せたのだが、それが間違いだと気づいたのはすぐだった。

 

「なんだ、このフリフリがついたのは」

 

「お似合いだろ?」

 

 コイツときたら、フリルが付いたピンクの水玉模様の、いかにも女児向けの水着を持ってきて私に突き付けたのだ。いい歳してこんなものを着れるもんか、からかうにしてもちょっと舐めている。舐められっぱなしは性に合わんので、いつか仕返ししてやろうと思った。

 

「じゃあじゃあ、これなんてどうかな!」

 

 悪戯が成功した子供みたいな顔をしているシリウスシンボリをむっと睨んでいると、横からウイニングチケットが水着と一緒に口出ししてきた。これとはなんぞやと受け取ってみれば赤色をしたハイネックの水着で、なるほど活発な彼女らしい選択である。

 

「あ、あのっ、こっちもどうかな?」

 

 控えめな態度のライスシャワーが勧めてきたのは群青色をしたワンピース型の水着だった。フリルが付いているがシリウスシンボリが持ってきたのよりは落ち着いた感じで、色のせいか大人っぽい。中々にませている。

 

「……あ?」

 

 この流れならエアシャカールも来るかと思ったが、そんなことはなかった。あっちはあっちで自分の水着を選んでいたようで、紐がついたビキニを持っていた。ただ下がずいぶんと短いと言うか、小さい気がするのはどうしてだろう。

 

「そうか、尻がでかいから……」

 

「急に喧嘩売ってんのかぶっ飛ばすぞ!? っつか、それ言ったらテメェのほうがよっぽどデケエだろうが!」

 

「それほどでもある」

 

「褒めてねェ!」

 

「まあまあ! それより、こちらなんてどうですかね?」

 

 私とエアシャカールのやりとりを見てゲラゲラと笑うシリウスシンボリを他所に、後ろからぬっと現れたフクキタルが、笑顔で水着を差し出してきた。白地に青いラインの入った紐で結ぶタイプの水着だ。

 ファッションとかには疎い私にはよくわからん。フクキタルが選んだのなら間違いはないのだろう。

 

「……じゃあ、これにしよう」

 

「かしこまっ!」

 

 二つ返事で頷くと、むふーっ! と露骨に勝ち誇った顔をする。相変わらず調子に乗りやすい奴である。

 

「揶揄っといて言うのもアレだが、選ばせなくていいのか?」

 

「いや〜……」

 

 フクキタルは苦笑いで返した。シリウスシンボリは首をかしげるばかりであったが、側から見ていた干物に何やら耳打ちされたあと、かわいそうなものを見る目で私を見てきた。

 

「……ま、さすがはあのスペシャルウィークの幼馴染ってとこか」

 

「何かわからないが馬鹿にされた気がする」

 

 あとでシリウスシンボリに何を吹き込んだのかと干物を問い詰めたら「だって君、私服がさ……ぶっちゃけ、ダサいから……」と顔を逸らされた。私は単にファッションを気にしないだけなのであって、決してセンスがダサいわけではない。まったく余計なお世話である。

 

 水着を買いに行ってから何日か経つと、もう夏合宿が始まった。早朝から集まって、合宿場に干物の運転で向かうんだ。

 ところが今回はちょっと勝手が違った。

 まず最初に驚いたのは学園の前に小型のバスが止まっていたことだ。

 干物めついに大型の免許を取ったかと思ったが、どうも違うようで、中からシリウスシンボリが「よお、揃ったか」と声をかけてきたから、なるほどコイツはシンボリ家の手のものかと納得した。

 

「行くぞ」

 

「はぁ。しかしどこに行くんだ」

 

「決まってんだろ、合宿だよ」

 

 干物に視線を向けるとニコニコして「じゃあ、行こうか」と自分だけ先に乗り込んでしまった。私を含めたシリウスの面々は顔を見合わせたきりで、とりあえず干物に続いてバスに乗り込むことにした。

 ふたつめに驚いたのは今回の合宿場が前とはちょっと違うところだ。前はURAが管理してる土地だったと思うのだが、今回はシンボリ家のプライベートビーチである。最初からバスを手配していたあたり、シリウスシンボリは最初からここに連れてくるつもりだったらしい。

 屋敷は大きい。別荘だからこじんまりしてるなんてことはなく、洋風のバカにでかい二階建ての屋敷だった。中にはいると高級ホテルのエントランスみたいな広間があって、正面には二階に上がるための広い階段がある。左右にある通路にはふかふかのカーペットが敷かれていて、いかにも上流階級と言った様子である。

 聞けば普段は上流向けのホテルとして開いているようで、今回は私たちのためにシリウスシンボリの権限でひと月丸々貸切にしてしまったらしい。

 

「飯は18時だ。それまで適当に……そうだな。海で遊ぶのでも、いいかもな?」

 

 それだけ言うとシリウスシンボリは引っ込んでしまった。

 急に場違いなところへ放り込まれてしまった私たちは、恐々しながらさっさと荷物を当てがわれた部屋に運び込んで荷解きを済ませた。荷解きはすぐに終わった。荷物たって持ってきたのは着替えと水着くらいだから、そう多いものでもないのですぐに終わった。

 荷解きが終わったらちょっと部屋を探検してみた。屋敷がでかけりゃ部屋もでかい。ホテルみたいになんでも揃ってるんだ。ベッドも雲みたいに柔らかくって、油断したらすぐにでも寝てしまいそうになる。備え付けの冷蔵庫にはお高いパッケージのジュースが何本かはいっていて、小市民の私にはちょっと手を出すのが憚れる。こんなのは一生経っても体験できないに違いない。ところでシャワー室がガラス張りなのはどうしてだろう。

 

「海に行こおおおおお!!!」

 

 ベッドの上でゴロゴロしていると、オレンジのタンクスーツの水着を着てビニールボールと浮き輪とシュノーケルを身に付けたウイニングチケットが、勢いよくドアを開けながら叫んできた。おかげで心底魂消て、私はベッドから落っこちてしまった。これは鍵をかけておくべきだったやもしれぬ。

 しかし海に行くのは良い案だ。私は彼女の提案を了承して、水着に着替えると一緒に近くの砂浜に出た。海はなかなか綺麗である。砂浜の海ってのは、たいてい泥っぽく濁ってるのもだと思ったが、この辺りは案外とそうでもないようだ。整備が行き届いているのだろう。

 

「ん〜! いい日差しですねぇ」

 

「わ、綺麗な海……!」

 

「あ、あれ? 日焼け止めは、どこにぃ……」

 

「チッ、なんでオレまで……」

 

「いやあ、シリウスに頼んだ甲斐があったなあ」

 

 しばらくすると水着に着替えたチームの面々が砂浜に姿を現した。

 フクキタルはトリコロールカラーのパレオビキニで、ライスシャワーは黒と青色のフレアビキニ、メイショウドトウは青と白のタンキニ、エアシャカールは真っ黒なビキニだ。干物はパーカーを着て水着を隠しているので、あとで剥ぎ取ってやろうと思う。

 シリウスシンボリはまだ来ていないようだったが、おそらくは家のやつと何事かを話しているのだろう。晩飯のことだったら良い。こういう場所だ、海産物なら新鮮で美味いに決まってる。山育ちな私には海鮮系の料理ってのは縁遠いから、是非とも美味い魚や貝を食いたいものである。

 遊ぶのにシリウスシンボリを待てるほど、堪え性があるウイニングチケットではない。アイツときたら全員で準備運動を済ませると、いの一番に飛び出してさっさと海に飛び込み「うっひゃー! つめたーい!」と声を上げている。ライスシャワーとメイショウドトウも、わ〜と気の抜けた声で追従してご丁寧に波で足を取られてすっ転んで派手な水飛沫を上げている。なかなか見ない光景だ。エアシャカールはパラソルの下でビニールのベッドに寝転がって我関せずで、フクキタルと干物はいそいそとバーベキューの準備をしていてご苦労なことだ。

 私は水が嫌いなんで、まずはフクキタルと干物の手伝いをしている。そこそこの所帯だからグリルの大きさも家族用と比べてひと回りデカい。リギルのタイキシャトルがよく無断でバーベキューをやってエアグルーヴに首根っこを捕まれてるのを見かけるが、このグリルはそれとおんなじくらいだ。

 こんなものは前にはなかった。どうしたのだと聞けばシンボリ家から借りたと干物が言った。グリルの中に炭を並べながらじゃあ食材もかと聞けば、やっぱりシンボリ家が用意してくると干物が答えた。これは期待が持てそうだ。

 

「ハハッ、早速はしゃいでるな」

 

 グリルの設営が終わってあとは火を起こすだけになった頃、シリウスシンボリがやおら来た。緑に金糸で刺繍がされたビキニを着ていた。違う種類のパンツを重ねて穿いているからか色気がある。よっぽど自分の身体に自信がなきゃ着れない水着だ。

 

「飯は持ってないのか」

 

「あとで屋敷のやつらが持ってくる。っつか、海より食い気かよ? さすが、お前らしいというか……」

 

「海は泳ぐより食ったほうが良かろう」

 

「アハハ……この子、カナヅチなんですよ」

 

「へぇ?」

 

 フクキタルの言葉で、シリウスシンボリが勝ち誇った顔でこっちを見る。べらぼうめ、泳げるからって何をそう誇るものか。泳げなくたって生きていけるんだから、そう勝った気でなるのはおかしいのだ。

 私がこういうと、シリウスシンボリは呆れたように鼻で笑った。

 

「負け惜しみだな」

 

「何を言う。勝負もしてないんだから勝ち負けなもんか。私は"泳がない"から負けてもないし、お前も"泳いでない"から勝ってないんだぞ」

 

「……アッハハハ! そりゃそうだ! こいつは一本取られたな。じゃあ、勝負と行こうじゃねえか」

 

 一瞬呆気に取られたあとに高笑いしてこう言うと、私の身体をひょいと持ち上げて肩に担いだ。

 

「うわっ! 何をする!?」

 

「言っただろ、勝負って。ルールは簡単、25メートルを先に泳ぎ切った方の勝ちだ。罰ゲームは勝った方が負けた方の言うことなんでも聞く。いいだろ?」

 

「良いわけがあるか! 降ろせ!」

 

「なぁに手加減はしてやるって。5秒遅れてスタートだ、ハンデにはちょうどいいだろ? ま、この調子じゃあハンデがあっても勝っちまいそうだが」

 

「むっ、そこまで言うならやってやろうじゃないか。あとで吠え面かいても知らないぞ」

 

「言ってろ言ってろ」

 

「アイツ煽り耐性低すぎんだろ」

 

「あれはまあ、じゃれ合いみたいなものだから……」

 

「いやはや、いつも通りですねぇ」

 

 もちろん勝負は負けた。カナヅチが泳げるわけがないので当たり前である。おかげで罰ゲームとして、合宿中はメイド服を着てシリウスシンボリに奉仕する羽目になった。自分の無鉄砲にはほとほと嫌気が差すが、生粋の無鉄砲なのだから仕方がない。己の性格を呪うばかりである。

 

 一通り遊んだら腹が減ったので切り上げた。そしたらシリウスシンボリに全員仲良くホースで水をぶっかけられて、すっかり綺麗にされてしまった。熱い砂浜で冷たい水を浴びるのは気持ちがいい。私たちだけで楽しむのは損だ、泳いでいない干物とエアシャカールも巻き添えにしてやった。身体を綺麗にしたら肉を焼く。肉は大きなブロック肉で圧巻だ。包丁を入れたらスルスルと切れるから質もすこぶるいい。塩胡椒を振って焼くとすぐに香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「ふーっ、ふーっ……はふっ、あちち……!」

 

「わっ……く、口の中でとけちゃった……!」

 

「おいひいれふ〜!」

 

「こ、これもしかして……黒毛……」

 

「おっと、詮索はナンセンスだぜ」

 

「むむっ好機!」

 

「テメッ、それオレが育ててた肉じゃねェか!」

 

「肉ばかりでなく野菜も食うんだぞ」

 

 干物とふたりで焼肉奉行しながら、みんなと一緒に肉を食う。騒ぐ通り美味いものだ、よっぽど美味いので白米が欲しくなる。米を用意していなかったのが残念だ、白米があれば肉に巻いて一緒に食えたのに。

 

「ほらドトウ、野菜も食べようね」

 

「え、は、はぃ……!」

 

「ピーマンが嫌いだからってドトウの皿に乗せんじゃねェよ! 情けねえ大人だな!?」

 

「あぅ! うあ! か、からいいい! 玉ねぎまだ焼けてなかったよおおおお!!!」

 

「ああほら、こっち側の野菜と交換しましょうね。焼き加減がいい感じですよ〜。んむ、シイタケもいい塩梅で焼けてますねぇ」

 

「共食いだ……」

 

「んぶふっ」

 

 私の呟きを聞いたシリウスシンボリが、飲み物を吹き溢していたのは見なかったことにした。あとで追求されても面倒だ。

 

 こうやって楽しく飯を食ったらまた海で遊ぶ。砂浜でビーチバレーをしたり、砂の城を作ったり様々だ。私は浅瀬で水鉄砲を使ってウイニングチケットと水を掛け合っていた。水は嫌いだが浅瀬くらいならなんてことはない。

 あとは干物を砂浜に埋めた。エアシャカールと一緒に寝転がっているところを取っ捕まえて、パーカーを脱がせてから砂風呂の要領で埋め立ててやった。パーカーの中は水色のハイネックの水着であった。痩せ細っててまったく水着姿が映えぬ。同じ女としてこの貧相さはかわいそうなので、せめての心意気で上に盛り立てた砂山をセクシーな身体つきに整形してやった。これで見栄えも良くなっただろう。

 

「おーい、助けてシャカール〜」

 

「アァ? んだよ、またイタズラされて……」

 

「Sexyなんだが?」

 

「ダッハハハハハ!」

 

 魅惑的な砂の身体を手に入れた干物の姿を見て、エアシャカールはゲラゲラと腹を抱えて笑い転げた。いつも斜に構えたこいつがこうもばか笑いするのは珍しい、よっぽど上手くいった証拠である。これは共有しなければ損なので、他の奴らも呼んで見せてやった。そしたらもれなく全員が失笑したから気持ちがいい。沖野にも写真を送ってやったら、あとで「あんなに笑ってるおハナさんは久々に見た」とメールが返ってきたから大成功だ。しばらくは干物と会うだけで思い出し笑いするに違いない。

 それからライスシャワーとメイショウドトウにはビーチバレーをさせた。シリウスシンボリに2対2の勝負を仕掛けて、さっきの罰ゲームを撤回させるためだ。

 

「ハッ、勝てると思ってるのか?」

 

「やってみなければわからん」

 

 1ゲーム7ポイント先取の2ゲーム制で、身長差を考え私の側にメイショウドトウを、シリウスシンボリ側にライスシャワーを付けることになった。審判は公平を保つためウイニングチケットが務める。いつもはあんなだが、スポーツとなるとルールにはいっとう厳しいのだ。

 

「そら、行くぞ!」

 

「ふっ……取った!」

 

「は、はいぃ! パスです〜!」

 

「トゥ!」

 

「うひゃぁ!?」

 

「ナイスだライス、パスするから打ってみろ!」

 

「へぇ!? あわっ、と、とりゃあ!」

 

「よし、ここだ!」

 

「そ、それ〜!」

 

「ヘァー!」

 

 最初は助っ人ふたりのどっちかがドジをして点を落とすものと思ったが、驚いたことによく粘ってなかなか落とさない。メイショウドトウはどんなボールでも食らい付いて受けるし、ライスシャワーはどんどんスパイクを打ってくる。私よりよっぽどふたりのほうが真剣なくらいだ。

 

「すごいね、シャカール」

 

「ああ。あいつら、レースと同じくらい集中してやがる……スパイクを差すことに極限まで集中したライスシャワーと、根性でどんな球にも絶対に食らいつくメイショウドトウ……下手したら千日手だぜ、こいつは」

 

「ライスさんもドトウさんもステイヤーですし、この状態じゃあいつ終わるかもわかりませんねぇ……」

 

「いや、みんなのお山が」

 

「あっ、ふーん……」

 

「オイどこ見てんだコラ頭まで砂に埋めるぞ」

 

 こんな調子でずっと勝負が続き、1勝1敗で3ゲームになった頃にはみんなすっかりヘトヘトであった。もう夕陽が水平線に沈もうとしている、3時間近くもビーチバレーをしていたらしい。ここに至ってなお元気なのはウイニングチケットばかりである。

 

「おーい、日も暮れたし帰るよー!」

 

「えー!? まだ勝負ついてないのにー!?」

 

「こ、これ以上は……無理ですぅ……」

 

「ライスも、さすがに限界……かも……」

 

「……引き分け、だから……実質私たちの、勝ちだな!」

 

「ばか、言うな……ノーカンに決まってんだろ……」

 

「なんだとぉ……」

 

 砂と汗でドロドロになった身体を引きずりながら、3人を追って屋敷の前まで歩いて行く。屋敷の前では干物たちが待っていた。

 

「先にはいってたかと思った」

 

「とんでもない、待ってたんだ」

 

 にこりと微笑んだ干物は、後ろに隠し持っていたホースを構えると、私とシリウスシンボリに思い切り水をぶっかけた。エアシャカールも併せて昼間の意趣返しらしい。しかし火照った身体に冷たい水、これはありがたい。ライスシャワーとメイショウドトウも一緒に放水を受けて汗と砂を洗い流し、フクキタルからタオルを受け取ったらずいぶんさっぱりした。

 

「ふぅ……んじゃ、風呂はいってから飯にするか」

 

 水分をしっかり拭き取ったら、今度は屋敷の風呂に浸かる。この屋敷の裏側にちょっとした離れがあるのだが、そこには温泉が湧いていると言うのだ。

 風呂は寮のものとはわけが違う大浴場だ。室内の風呂はいくつか種類があるのは普通なのだが、そこかしこが綺麗に磨かれており、金でメッキされた金具たちが照明を受けて煌めいていた。海に面した露天風呂は広々として、少し濁っている湯船からは温泉らしい独特の匂いが漂っていた。

 

「うおああああああ!! ひろーい!!! 大きいいいいいいい!!!!」

 

「わぁ! お城のお風呂みたい!」

 

「へぇ、なかなか充実してるな」

 

「さ、サウナもあります……!」

 

「お、打たせ湯がある。肩こり解消しちゃおうかな〜」

 

 さすが上流向けってのは嘘じゃない。さっそく身体を流してから湯船に浸かると、思わずほうと長い息が出た。遊び疲れた身体には極楽で堪らない。風呂ってのはどうしてこんなにも気持ちが良いのだろう。

 

「ひ゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

「な゛ん゛か゛こ゛の゛お゛ふ゛ろ゛し゛ひ゛れ゛る゛よ゛お゛お゛お゛お゛」

 

「電気風呂だね。そこ電極に近いみたいだから、ふたりとももう少し離れたほうがいいよ」

 

「オイ、ドトウ。サウナ行くなら水分補給忘れんな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「おっ、おぁ〜……効くなぁこれ……」

 

「思うんだが、このジャグジーってのはどういう効果があるんだ。ただ泡が出るだけでなんになる」

 

「泡で身体をマッサージして血流を良くするらしいですよ」

 

「なんでもいいさ、気持ちけりゃな」

 

 大浴場といえばいろんなお湯だが、それは各々で楽しんでいる。ライスシャワーとウイニングチケットは電気風呂で目を白黒させ、エアシャカールとメイショウドトウはサウナ。干物は打たせ湯でおっさんのような声をあげている。私たちはジャグジーでプカプカしていた。

 他にも色々あるので風呂にはいるだけでも楽しいが、ただ室内の風呂は源泉掛け流しではないのが惜しいところだ。まあ全部を源泉掛け流しにすると掃除が大変なのだろう。

 室内の湯を楽しんでから露天風呂に出た。石畳の床がぬるぬるして、木で造られた湯船からは温泉らしい独特の匂いが立ち込めて屋根に溜まっていた。水面に足を付けると、少し温かった。湯が流れ出ている岩の辺りまで行って浸かったら、やっとちょうど良いくらいだ。私は風呂なら熱いほうが好きなのだが、露天風呂ってのは温度管理が難しいから仕方がない。

 

「おお! これは見事なオーシャンビューですねぇ!」

 

 しばらく漣の音を聞きながらゆったりしていると、フクキタルがはいってきた。「お隣、失礼しますね」と言って、よっこいしょと私の隣に腰を落ち着ける。

 ふたりで湯に浸かったが私たちは会話もなく、お互いに無言で海原と夜空を見ていた。別段、今更どうこう言い合う仲でもない。あえて何か言うのは無粋に思えた。

 

「いつか」

 

 そんな雰囲気の中にあって、ふとフクキタルが口を開いた。

 

「また、ここに来ましょう。今度は夏合宿なんかじゃなくて、もっと気楽に……祝勝会とかをするために」

 

「うん、練習しなくてもいい時期にもう一回来よう。こんなにいい場所なのに、明日からずっと練習漬けになると思うと、私はなんだか気が滅入ってきたぞ」

 

 話してるうちに長湯しているせいか少し熱くなってきたので、揃って縁に腰掛けた。吹き抜けた夜風が火照った身体を撫で上げていった。

 

「今年……いえ来年ですか。来るとしたら」

 

「レースの賞金を使えば泊まれないこともないだろう。今のうちに計画を練っておくか」

 

「おっと! 取らぬ狸のなんとやらはダメですよ、そういうのって良くないんですから」

 

「運気が下がるから?」

 

「運気が下がるから!」

 

 こう言って、私たちが笑い合った。なんだか久しぶりにこいつから占いの話を聞いた気がする。ひとしきり笑って満足したら、私もフクキタルも小指を差し出して結んだ。

 

「じゃあ、約束です」

 

「約束だ、うん」

 

 指切りげんまんと手を振る。手と一緒に振った尻尾が不意に重なり合って、なんだか少しこそばゆくなった。




「おふたりがすごくいい雰囲気になってます〜!」
「ワァ……!」
「は、鼻血出しちゃった……!」
「えぇ……」

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

【メロンブックス】
 https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1199029

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