夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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リアルでいろいろ不幸だったり災難だったりがあって更新が遅れました、申し訳ありません。


弐陸

 夏合宿なんてのは毎年変わり映えがないもんだが、今年ばかりはシリウスシンボリがいる。こいつのおかげでちょっと違うのが今回の夏合宿だ。

 特に魂消たのがばかにでかいタイヤである。シリウスシンボリは使用人のウマ娘と一緒にこれを持ってきて、砂浜においたのだ。

 学園にあるタイヤもかなり大きいものだったがこっちのは更にでかいのだ。工事をするわけでもなし、こりゃあ何に使うんだかわからない。

 首を傾げていると、シリウスシンボリは私にロープを結びつけてからこいつを引いて砂浜の端から端までを歩けと言う。そんなばかな話があるものか、私は無論できるわけないと首を振った。

 夏合宿ってのは、無論タイヤ引きばかりではない。室内で器具を使ったり、波打ち際を走ったりもする。なんでか砂浜でクイズ大会もしたが、とかくにいろいろやるのだ。それをこんなものを引いた後にやるんじゃあやりきれない。

 するとこの女ときたら「なんだできないのか。存外と意気地のないヤツだな」と鼻で笑うから、私もやってやろうじゃないかと無闇にいきり立ってしまった。安易に挑発に乗るのは私の悪い癖だが、どうにも治らないんだから生粋だ。

 

「ペース落ちてんぞ、がんばれがんばれ〜」

 

 タイヤを引きながら砂浜を歩くわけだが、このタイヤときたら見た目以上に重い。それなりにパワーのある私でも最初はビクともしなかったんだから、どれだけ重いのかわかるというもので、上に乗って囃し立ててくるシリウスシンボリなんか目じゃないくらいである。

 タイヤ引きの初日は砂浜の半分も行かないまま終わった。砂浜に倒れてゼェゼェしてると、明日になったらまた初めから運べと言われたから、私はもう言い返す気力もなくなった。フクキタルに介護されてなきゃ今頃は魚の餌になってたくらいである。

 

 しかし一週間も続けていると、身体の使い方がわかってくる。一歩踏み出すのに全力なのは変わらないが、体力の消費は減って次の一歩が楽になってきた。

 こうなると私も調子付いてグングン進む。これならひと月もあれば端まで行けるなとたかを括って、本当にひと月で運ぶ気でいた。

 そうしたら見透かされたか、シリウスシンボリが「調子がいいな。じゃあアンクルも追加だ」と私の手脚に重しを着けてきたからふざけるなと叫んだ。いくら温厚な私とてこの所業には腹が立った。考えてもみるがいい、調子良く物事が進んでいる時に横合いから面白おかしく言いながら邪魔してきたのだ、そりゃあ誰だって頭に来るだろう。

 ただここはシリウスシンボリのほうが一枚上手なもんで、地団駄を踏む私の首根っこを掴まえて「こんな程度で駄目なんじゃあスペシャルウィークにもテイエムオペラオーにも勝てないまんまだぜ。それでいいなら止めてやるが、そうじゃないんだろう?」と言ってくるから、私はもう黙るしかない。

 結局、夏合宿が終わるまで私は重しを手脚につけたままタイヤ引きをすることになった。最終日までには端まで運んだが、まったく疲れたどころの話ではなかった。

 

 夏合宿の最中は無論私だけでなく、他のシリウスのやつらも負荷のキツい練習をしている。

 シニアに上がったメイショウドトウは全身に重しを着けてロボットみたいな音を立てて砂浜を走ったりしていたし、菊花賞が控えているエアシャカールはスタミナを鍛えるためにボートを引っ張りながら遠泳を繰り返していた。

 未デビューの2人はさすがに重しをつけるだけで負荷の軽いものだったが、それでも度々音を上げていたからどれだけ辛いものだったかわかる。

 どいつもこいつもよっぽどキツい練習だったが、やりきれば相応に力がついてるもので、夏合宿が終わる頃にはみんな一回り大きくなったように思えた。

 最終日の風呂場じゃあちょっとした自慢大会だった。ウイニングチケットなんかは腕にグッと力を込めると立派なコブができるようになったと自慢していたし、ライスシャワーは腹筋が六つに割れかけていたのを恥ずかしがって上で隠していた。私がははあ立派なご飯パックじゃないかと言ったら、ますます恥ずかしがって湯船に沈んでいくから面白い。湯煎で戻そうというわけなんだろう、こいつもなかなか洒落がわかるやつだ。

 ケラケラと笑っていたらシリウスシンボリに「そういうお前も一回り太くなってるぞ」と指摘されたから、私は自分の尻を叩いてこれぐらい太くないとウマ娘じゃないんだぜと逆に自慢して、メイショウドトウに同意を求めた。

 

「な、なんで私なんですかぁ……」

 

「私よりケツがでかいからだ」

 

「ヒィン……!」

 

「やめろや、コイツこれでも気にしてンだからよ」

 

「そういえばお前もケツがでかいほうだったな。じゃあ仲間だな」

 

「はァ……?」

 

「フクキタルもシリウスシンボリもデカいからな、当然仲間だぞ」

 

「無差別放火するのやめません?」

 

「勝手に仲間にすんな。それ以前になんの仲間だよ」

 

「ケツがでかい仲間」

 

「今世紀最悪の仲間認定じゃねェか」

 

「やだ……私のチーム、もしかしてお尻デカすぎ……!?」

 

「ブッ飛ばすぞ!?」

 

「アタシたちは小さくて良かったね!!!」

 

「よ、喜んでいいのかな……これ……」

 

 そう、こうしているうちに夏合宿が終わって学園に戻ってきたら、肩慣らしに重賞にでも出ようと干物が言った。私もそりゃあいいと返したから、さっそく重賞に出ることになった。アルゼンチン共和国杯である。

 アルゼンチン共和国杯は東京レース場で行われる芝2500mのレースである。ダービーよりちょっと長いが、春天を走り切れたんだから100mなんてなんのことはない。スタミナ切れなんて滅多に起こさないだろう。

 問題は誰が出てくるかである。

 シリウスから出てくるのはいない。メイショウドトウは秋天で、エアシャカールは菊花賞があるから、その調整で忙しいんだ。

 じゃあ他チームはと聞けば、干物はいないよと言う。

 残念な話だが、今の時期に打倒テイエムオペラオーを目指してるウマ娘なんて、私かメイショウドトウくらいなものらしい。そういう部分からして違うから、私には敵なしだとコイツは言っているのだ。

 なんだか情けない話である。ウマ娘ってんなら、なんでも一番を目指して走るもんだろうに、ちょっと走ってすぐ勝てない気になってるんじゃなんでも勝てないもんだ。私なんて、大怪我したってのに懲りずに走ってるのに、それを差し置いて諦めてるのはウマ娘の風上にも置けない。

 これじゃあ力試しにはちょいと役者不足になるが、そう舐めたままでは足を掬われるのがレースである。なんであれ油断せずにアルゼンチン共和国杯を走るべきであろう。

 

 しばらくしてやっとアルゼンチン共和国杯の日になった。いつも通り控室で作戦を話し合ってからパドックのほうに出ると、相変わらず大勢の人が詰めかけているのが見えた。呼ばれてランウェイに出れば歓声が轟々鳴る。さすがに重賞だ。

 全員分の見せが終わったら本バ場入場だが、地下バ道で少し悶着が起こった。私が入場を待っていたらいかにも性格の悪そうな女数人が半笑いで話しかけてきたのだ。

 

「あっ、フロックちゃんだ」

 

「あれ、まだ引退してなかったんだ?」

 

「日本一(笑)になれてないからっしょ」

 

 どこかで見たような記憶はあったが、どこで見たかは思い出せない。しかし喧嘩は売られたら買わなきゃ道産子の名が廃るってものだ。

 

「そういうお前らは私に負けに来たんだろう」

 

「まぐれでダービー勝てただけのくせに、調子乗んないでくれる。これ以上恥かく前にさっさと引退して田舎に帰ったほうがいいんじゃない?」

 

 あからさまに不愉快な顔をしたのは、こいつらのリーダーらしい黒鹿毛のウマ娘である。こいつは言い返されるとは思ってなかったのか、これ以上も話したくないと他の奴らを連れて足早に行ってしまった。

 喧嘩をふっかけて来たんなら最後までちゃんとやって欲しいもんだ。言い返されるのが嫌ってなら最初から喧嘩なんてせずに、心の中ででも留めておけばよろしい。

 何かわからん奴らだった。しかしよくよく怖いもの知らずである。私はこう話しかけられて逆に感心したくらいだ。あんな度胸があるならなんだってできそうなもんだ。

 

 バ場に出たら順番にゲートへはいっていく。さっきの奴らは内枠で固まってて、私は外枠にいるから気が散らなくて結構である。

 全員がゲートにはいりきると、少し間を置いてから大きな音を立ててゲートが開く。私はみんなから半歩を遅らせて飛び出し、普段通りの最後方でレースを始めた。

 レースの序盤は何か起こるわけでもなく進み、先団が位置争いをしながらコーナーを回って向こう正面になったのが、この辺りで前を走っていた差しのひとりが私の進路を塞ぐみたいに広がってきたからおやと思った。というのもこのウマ娘というのが、地下バ道で私に話しかけてきた奴らのひとりで、あからさまに妨害目的なのだ。

 ははあ、よくやるものだ。しかしこんなことをして勝てるなら世話ない。私はゆっくり壁になってるウマ娘に距離を詰めながら、どう躱してやれば面白いかなと思案した。

 レースが動くのは大ケヤキを超えて、最終コーナー手前に来たところであった。先団の何人かがバ群から抜け出したんで、バ群全体がにわかにスピードを上げたのだ。これは私もそろそろ位置を上げるべきだろう。そう考えたが、気がつくと前を塞ぐ奴がふたりに増えているから厄介だ。無論、増えた奴も話しかけてきた奴のひとりである。

 マークするにしたってなんという卑劣なやり方だろう、ウマ娘の走り方ではない。いくら私を嫌っても良いが、レースでそういうことをするのは不粋も極まってる。恥知らずもいい加減をしなければ不愉快だ。こうなりゃ意地でも抜いてやる。

 私は一度速度を緩めて後ろに下がった。前の奴らが見下した顔をしているが、そんな顔をできるのは今のうちだけだ、見てるがいい。

 最終コーナーでグンと外へ持ち出して、直線にはいったら大外を一気に上がっていく。観客席の目と鼻の先ほど近い場所を走っては随分な遠回りになってしまうが、これだけ外を回れば誰にだって邪魔はできまい。

 得意になってるふたりを遠目に見て鼻を鳴らして、そのまま脚に力を込めて坂道を登り始める。よっぽど損な走り方だから先頭に追いつくのは大変だが、夏合宿でタイヤを引いたのを思えばこれくらいはなんとでもなるはずだ。

 塞いできたふたりもろともバ群を後ろから引っこ抜いて、坂を登り切ったらもうゴールが目の前にある。きっとあのふたりはアホ面を晒しているんだろう、後ろをしっかり見れないのが残念だ。

 先頭とは目測で8バ身と距離があるが、追いつけないほどの差ではない。

 姿勢を低くしてスパートをかければ、はたしてゴールまであと50mとないくらいで追いついた。先頭はリーダーぶってる黒鹿毛のウマ娘で、見たところいい気になっているから気に入らない。

 大きく息を吸い込んでから、ダンと力強く一歩を踏み込むと同時に一気に吐き出し、ゴールに向かって加速した。気が緩んでる黒鹿毛も音で気づいただろうがもう遅い。

 はたして私が1バ身差で勝ちである。黒鹿毛が最後まで気を抜かなければ勝負はわからなかったが、ゴールの直前で勝った気なんじゃあ勝てるわけがないもんだ。

 観客が騒いでいる。手を振ってやったら歓声が大きくなった。あんな大外一気を見たなら当然だ。これで騒いでもらわなきゃあ私が苦労した甲斐がないってもんだ。

 

「ちょっと、待ちなさいよアンタ……!」

 

 ほどほどにして地下バ道に引っ込んだら、追いかけてきた黒鹿毛が声をかけてきた。何か言いたそうな顔で睨んでいるが、あんな負け方する奴なんかちっとも怖くない。

 私は向こうが何か言う前に、このレースで先頭を走れるのに、小細工なんかしなけりゃ勝てたかもしれないな。と言ってやった。そしたら黒鹿毛のウマ娘は黙り込んでしまったから、私は鼻を鳴らしてその場を後にした。言われて後悔するんなら、最初からやらなけりゃあいい。まあ次からは気をつけることだ。

 あとでどうなったかは知らない。ただライブの時にはちゃんと踊ってたから、それなりに大丈夫だったんだろう。あとはちゃんと反省して真面目に走れるかどうかだが、言われて後悔するならそこも問題はないだろう。

 本当にダメな輩ってのは、あそこで開き直るもんだ。赤シャツみたいにな。




 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

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  • いる(鋼の意思)
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