夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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先日、ウマ娘の名古屋ライブがありましたね。
現地参加の方も、配信参加の方もお疲れ様でした。
一日目、二日目共にワクワクしましたが、個人的には一日目はタップダンスシチーのソロとターボの言い間違い、二日目はシリウスシンボリとナカヤマフェスタのソロが素晴らしかったですね。
あと両日ともにテイオーが主役と言っても過言ではない構成で、特に二日目のwinning the soulは……素晴らしかったですね……意図していないとはいえ、だからこその伝説的なライブでした。

それから、今更ながらコミケお疲れ様でした。
初参加でしたが楽しく参加させていただきました。
作った同人誌はメロンブックスのほうで委託してるのでよろしければご覧ください。
「追込の重い女ステークス」メロンブックスURL↓
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弐捌

海外に行ったあいつらが帰ってくると聞いたのは、ジャパンカップが終わってすぐのことである。全員レースに勝って、トロフィーと一緒に帰ってくるそうで、私としちゃあ鼻高々だ。友達がそう活躍して嫌な気持ちになるやつはどこにもいないもんだ。

 

あいつらが来るのは羽田空港だと聞いたから、私たちは早速羽田空港に向かった。もうマスコミがいる。文屋ってのは相変わらず耳が早いもんで、よくもずらっと並んでいやがる。

しかし今回ばっかりは仕方がない。みんなして海外レースを勝ってきたのだから、これで注目しないのは右も左もわからない子供ばかりだろう。

 

私はマスコミに見つからんようにそろそろと関係者の集まってるほうに向かった。

すでにスピカの奴らとリギルの奴ら、キングヘイローのトレーナーとセイウンスカイのトレーナーが集まっている。

私が片手をあげるとまずスピカの奴らが来て、ジャパンカップは惜しかったと言う。惜しいもんか、ありゃ私が力不足だから負けたんだ。有マじゃ負けてやらないと言うと、今度はいや有マはスペ先輩が勝つんですと言うから、私はじゃあ私もスペに勝ってやると意気込んだ。

リギルの奴らはオペラオーは強いだろと言う。強いどころじゃないだろう。勝つにゃ随分骨が折れると言ったら、シンボリルドルフが大いに笑った。

 

「あと一手で年間無敗という偉業に王手をかけるんだ、並の強さではないだろう。……全盛期の私でも、今の彼女を倒すのに少し苦労するかな」

 

顎に手をやってこう話したシンボリルドルフは、少し楽しそうである。勝てないとは言わないあたりにこいつの自尊心の高さが見えるが、それが許される強さなのだから何も言えぬ。多分、こいつのこういうところがシリウスシンボリの嫌いなところなんだろうと思った。

 

「シリウスとは、どうかな。上手くやれているようだが」

 

シリウスシンボリのことを考えていたら、ちょうどシンボリルドルフがあいつのことを聞いた。幼馴染と聞いている。腐れ縁だとも言っていたが、私からすればどっちも同じようなものだ。

 

「うん、よくやっていると思う」

 

「そうか……なら、いいんだ」

 

私が短く答えるとシンボリルドルフは静かに頷いた。何か思うところがあるのだろう。しかし私には窺い知れない。どうせ1人しかいない幼馴染だ、あまり反目せず仲良くやっていて欲しいものだ。

話してるうちに空港がにわかに騒がしくなる。あいつらが帰ってきた。

出口に顔を向ければ、あいつらが揃って姿を現したところだった。みんな手にトロフィーを持って、揃って堂々と掲げている。やっぱり強いもんだ、みんな海外で勝っている。

私も同期としちゃあ鼻が高いが、一方で今年は一回も勝ってないのがなんだか情けなくって合わせる顔がなくなっていく。どうも私だけ置いてけぼりみたいで嫌じゃないか。

困ったように頭を掻いていたら、シリウスシンボリがこっちに来た。一瞬シンボリルドルフを睨んで、すぐに視線を私に戻すと言う。

 

「なんだ、気後れでもしてんのか? そんなことを気にする暇があったら、とっとと会ってこい」

 

「そうは言っても、気後れするものはするのだ。私だって人並みに恥じ入る心はある」

 

「フンッ。そんな程度気にするタマじゃねえだろ、お前の仲間ってのはよ。チャチな心配してないで、おら。とっとと行ってこい弱虫」

 

それでぺっとケツを叩かれたんで、私は誰が弱虫だと鼻を鳴らしてから勇み足でスペたちのところに向かった。パシパシとカメラが鳴る中を歩いて行って、おかえりと声をかけてやった。

 

「ただいまお姉ちゃん!」

 

真っ先にスペが抱きついてきた。抱きしめ返してやったらなんだか前よりずっと大きくなっている気がして、こいつもずいぶん立派になったもんだと感心する。私は背伸びしてスペの頭を撫でまわしてお前は偉い奴だ、北海道のどころか日本の総大将じゃないかと褒めてやった。

 

「お姉ちゃん、私頑張ったよ!フフーン、すごいでしょ!」

 

とはいえすぐにトロフィーを見せびらかすスペは得意げで、こういうところはまだまだ子供っぽいから安心した。

誇らしい一方で私はやっぱりなんだか情けない気持ちであった。G1に一回も勝ててないんだ、そりゃあこいつらに比べて見劣りするからここからどうするか困ってしまう。

 

「お姉ちゃん、みんなで一緒に……有マで待ってるからね!」

 

すると、私のそういうところを察したのか。スペは右手を差し出してこう言った。有無を言わせぬ迫力であった。

後ろの奴らも頷いている。逃すつもりはないようで、なんだ用意周到じゃないかと呆れる。

私は一瞬だけ躊躇してからスペの手を握った。こう堂々と挑戦状を叩きつけられたんだ。断っちゃあ格好がつかないし本当に弱虫になってしまう。そんなのは嫌だった。

 

無論、この場面は新聞やらテレビやらに載った。文屋ってのはなんでも面白おかしく書くもので、私たちのことを感動の再会だとか有マでダービーの決着をだとか好きかって言いやがる。有マで黄金世代が全員集合するってんでお祭り騒ぎだ。

文屋が好き勝手言うならテレビだって好き勝手言う。やれ私を今となっては役者不足だの今はテイエムオペラオーが最大のライバルだのと言う。

ここまで言われちゃあ私もムカっ腹が立つ。こっちの気も知らないで舐めた口を叩くものだ。壇上で喋るだけの仕事はさぞ楽なもんだろうに、そっちこそ走ってみて、どんだけ大変か身に沁みてわかってもらいたいもんだ。

 

しかし見返すたってどうするか。私が勝ててないのは事実だし、このままでいけば逆立ちしたって勝てっこない。かと言ってどうすりゃあいいかなんて私にゃわかりっこない。不調だなんだって、じゃあ治すかと素直に治らんのだから難儀である。

 

「どうしたんですか、難しい顔してますよ……」

 

「おおかた、勝てないかもしれないってウジウジしてるんだろ。わかりやすい顔だぜ」

 

空港から帰ってくるなりチームの部屋でこう悩んでいると、ふらっとフクキタルとシリウスシンボリが来る。

干物はこいつらを私の保護者コンビだとのたまっていたが、冗談ではない。こいつらが勝手に世話を焼いているのだ。今回だってこいつらが勝手に来ただけだ。

 

「私ってのはどうも、今年はいいところがなかった。こんなじゃあ有マで会ったって、あいつらにも、テイエムオペラオーにも合わせる顔がない。どうしたらいいだろう」

 

私が首を傾げて聞くと、フクキタルがまず「うーん……」と考え込む。シリウスシンボリはソファにどかりと腰掛けて「そんなのはテメェで決めるもんだ」と答えた。

 

「自分で見つけて決めなきゃあ意味がねえだろ?手前が本当にしたいこと、望んでることは、誰かに与えられるほど軽いもんじゃねえ」

 

「けれど私はいまだによっぽどフラフラしてる。これじゃあ格好もつかないじゃないか」

 

軸はある。目標もある。努力だっていっぱいしてるはずだ。だってのにちっとも勝てないでいる。これを私の不徳じゃないってんなら何だというのだろう。顎に手をやって首を捻ると、ここでフクキタルが横から口を出した。

 

「一度、原点に立ち返ってみてはいかがでしょう? まだ有マまでは時間があります。実家へ帰る時間はあるはずですよ」

 

この意見には私はふむと頷いた。そういえばずっと実家に戻ってない。あいつの仏壇にも長いこと手を合わせていない。フクキタルの言う通り、ここらで一度帰省するのもいいのかもしれない。

 

「うん。じゃあ帰ってみよう」

 

こう決めたら私は早い。早速その日のうちに干物に言って、実家に帰るために飛行機の便を取ることにした。

家族と、あいつとその両親に紹介したいんで保護者枠にフクキタルとシリウスシンボリの分も取ろうと思ったのだが、シリウスシンボリがファーストを取ってやると言うんで言葉に甘えてそっちにした。干物はメイショウドトウとエアシャカールのことがあるので留守番である。土産は買って行ってやるつもりだ。バターサンドと、大人用に地酒を親父に貰えば良いだろう。

流石に名家ってのはすごいもんだ。私なんてこっちに来る時に乗ったビジネスクラスしかないってのに、ポンと一番上を取る。家の格が違うってもんだ。

干物は私が実家に戻ると言った時に、あまり長く時間は取れないけれど。と前置きした上でこう言った。

 

「今年の有マ記念は、きっと歴史上で一番盛り上がるレースになる。だから悔いがないように、君は君で、好きなようにして君だけの幸福を探してほしい」

 

私は頷くばかりであった。

 

飛行機に乗って空を飛び、数時間後には北海道の土を踏む。こうしたのはいつぶりかわからぬ。もう3年は経ったが、千歳空港もずいぶん様変わりしたもんだ。

土産物に目を奪われるフクキタルを引っ張りながら、シリウスシンボリが手配したと言う車に乗って実家に行く。この車というのがまた高級車で、シートは革製でふかふかだし、飲み物も用意されてるし、何より運転が上手くって乗り心地がいいんでつい寝てしまいそうになる。

窓を開けると海風に混じって懐かしい土と木と、肥やしの臭いがした。牛の牧場と、畑の肥料から出た臭いだ。白毛のあいつをバカにした奴を落っことしてやったのはいい思い出だ。

シリウスシンボリはグラスでジュースを飲みながら眠いなら寝りゃいいと言ったが、私ってのは実は他人の車の中で眠れるほど図太くはない。フクキタルも緊張してか縮こまって、ジュースをちびちび飲みながら車に傷をつけやしないか注意深くしていた。さもありなん。

 

 

3時間くらい海沿いを走っていくと、私の実家がある。3階建ての大きな日本家屋がそうである。北海道は日高の、浦河の、端っこの、ほとんど畑しかない田舎も田舎なところだから結構目立つ。

家の周りが全部畑だが、これは親父の畑である。親父の家ってのは代々この辺りの土地権を持ってるんで、こう畑を作ったり、あとはそこらの土地を貸し出したりしているらしい。

らしいってのは、私も親父が何をしてるかよく知らんからだ。権利だ金利だのと、とんと難しい話はわからぬ。小さい頃にゃ親父が何で日中ずっと家にいるのかわからず「親父はプー太郎なのか」と聞いてゲンコツを食らったことがあるくらいだ。

 

「良さそうな家だな?」

 

シリウスシンボリが茶化すみたいに言うんで、私は家がデカいしか取り柄がない田舎もんだぞと返した。フクキタルは何か言いたそうな微妙な顔をしていた。

インターホンを押して少し待つとドタドタして母親が飛び出してくる。やっと帰ってきたかいと私を抱きしめる。

二人の前なので恥ずかしいと引き剥がしたら、今度は親父が来た。親不孝モンめやっと顔を見せにきたかとまた抱きしめる。さっきやったぞと言ってまた同じように剥がしたら俺はやってないぞというんで私は呆れるほかなかった。

ところでシリウスシンボリが「失礼」と言って、私の頭に手を置きながら声をかけた。

 

「この子の保護者として来たシリウスシンボリです。数日ほどお世話になります」

 

フクキタルも私の肩を持って言う。

 

「マチカネフクキタルです!同じく保護者として来ました!よろしくお願いします」

 

それでふたりがぺこりと頭を下げる。両親も遠いところからどうもと頭を下げる。それであれこれ立ち話なんかしやがる。

 

「ようこそお越しくださいまして。お話はかねがね伺っております」

 

「うちのじゃじゃウマ娘がどうも迷惑をかけていないか心配ですがいかがでしょう」

 

「迷惑なんて!あの子にはむしろ私のほうが助けられてばかりでして……」

 

「かわいいものですよ。まあ、じゃじゃウマ娘なのは確かですがね」

 

なんだか学校の三者面談みたいで気味が悪いったらありゃあしない。三者面談にゃいい思い出がないんだ、早々にやめてもらおう。

 

「そんなことより早く上がれ。まずは部屋に荷物を置くんだろう。ほらどいたどいた、客なんだぞ」

 

二人の手を取ってズカズカ家の中にはいっていく。

久しぶりの実家だが何も変わっちゃいない。ただ少し私の写真と新聞記事がが増えたくらいか。

玄関から廊下を抜けて、ギシギシなる急勾配の階段を上って2階にいくと、いくつかの部屋とがある。辺鄙なところにあるでかい家だから客間があって、3人くらいなら融通がいろいろと利くのだ。

 

「おお、和室ですか! いいですね〜。私も実家を思い出しちゃいますよ」

 

「……畳か」

 

「なんだ、不満か」

 

「いや。しばらく嗅いでなかった匂いだ、少し懐かしくなっただけさ」

 

荷物を置いたら、さっそくあいつの家に行く。飯の準備をしてる両親にちょっくら出てくると告げてフクキタルとシリウスシンボリを引っ張っていくと、台所のほうから遅くならないようにしなさいと聞こえて来たんで私は生返事で家から飛び出した。

あいつの家があるのは、ここから少し走ったところにある町中だ。車だと5分くらいになるが、ウマ娘の足ならあっという間で着く。

 

「ここだ、ここに私の親友がいるんだ。お前らを連れて来たのは他でもない、あいつに会わせるためなんだ。ぜひ会ってくれ」

 

「……前に、言っていた子ですね?」

 

 フクキタルが察した声で言うので私は笑顔で頷いた。シリウスシンボリは黙って家を見上げているだけだった。

インターホンを押すと、少ししてあいつの母親が来た。少し老けた、白髪が増えたせいでそう見えるのかもしれん。

久しぶりですと頭を下げると、おかえりと言われてそっと抱きしめられた。言葉はなかったが十分であった。あいつに抱きしめられているみたいだった。

母親にふたりを師匠と姉貴分だと紹介してから家に上がらせてもらう。父親のほうは仕事でいないが、すぐ帰ってくると言うのでひと足先にあいつに挨拶してくることにした。

2階のあいつが使ってた部屋に、写真と一緒に仏壇が置かれている。部屋は当時のままだ。綺麗に掃除してあるが、あいつが家にいた頃そのままで保存してある。

 

「来たぞ。……久しぶりに来たんだぞ、歓迎してくれ」

 

そんなことを言って仏壇に触れたが、答えが返ってくるわけもない。ただ冷たい仏壇の肌触りだけがそこにあって、また変に悲しい気分になってしまう。

 

「この子が、親友さんなんですね」

 

「ほう、美人じゃないか」

 

私が仏壇の前に正座して座れと促すと、ふたりは私の両脇に腰を下ろして仏壇と向き合った。写真の中のあいつは、ずっと変わらない。なんだか私だけ急に歳をとったような気分で遣る瀬無くなる。

 

「こっちはフクキタルで、私の姉貴分だ。よくしてもらっている」

 

「初めまして、親友さん。マチカネフクキタルです。いつもこの子にはお世話になっています」

 

「それで、こっちがシリウスシンボリ。今は私の師匠みたいだ」

 

「みたいってなんだよ。まあ、こいつの世話をしてるモンだ。化けて出てきたら、晩酌くらいには付き合ってやるよ」

 

フクキタルと、シリウスシンボリをあいつに紹介して、挨拶もほどほどにしたので、さて何を言おうと考える。あいつに伝えたいことがいっぱいあって、何から伝えるべきか困ってしまった。

こんなじゃあまた心配されてるだろう。天国じゃああいつがやれやれと笑ってるかもしれん。

 

「理由にするなよ」

 

私が悩んでいると、シリウスシンボリがこう言った。

 

「ここでお前が選択した。お前自身が道を選び、進むと決めた。その事実が重要だ」

 

私は彼女の言ったことを頭の中で反芻し、あいつの伝えるべきことを改めてよく考えた。

そうするとうっすら見えてくるのが、勝ちたいだとかよりも応えたいって気持ちだった。私は勝ちたいと思って走っていたが、よくよく思い返せば私が走る理由なんてのは、あいつにダービーを走ってくれと言われたからだ。

 

「私は……応えたいと思うんだ」

 

ずっと応えるために走った。期待に応えるために走ったんだ。だったら、今、この瞬間も。私は誰かの期待に応えるために走るんだろう。

 

「ウマ娘は夢を背負って走る……私だってそうだ。誰かの夢を背負って走りたい」

 

私はふたりを見た。

あいつの想いを背負った。スペの想いを、世代のみんなの想いを背負った。テイエムオペラオーの、メイショウドトウの想いを背負った。干物と、シリウスのみんなの想いを背負った。だから次は、ふたりの想いを背負いたい。私は私の背に、みんなの想いを背負って走りたい。それがきっと、私の力になるから。

 

「だから、私は。このふたりの想いを背負って走る。今まで背負って来た想いに、ふたりの想いを加えて、有マ記念を勝ちたいんだ」

 

私がシリウスシンボリに向き合うと、シリウスシンボリは呆れたような嬉しいような顔をして聞く。

 

「それが、お前の選択か?」

 

「そうだ」

 

頷いて答えると、シリウスシンボリは喉を鳴らして笑った。

 

「なら、預けてやる。……私の弟子って自覚があんなら、一等星らしく勝て。玉座から、覇王とやらを引き摺り下ろしてみせろ」

 

お互いに拳をぶつける。シリウスシンボリ、生意気なやつだがこんなでもすごいやつだ。そんなやつが私を弟子と言うんだ。なら師匠のためにも勝たなきゃいけない。

次はフクキタルだ。私はふたりのほうを向いて、どうだと聞いた。

 

「私はあなたにたくさんのものを貰いましたから、預けられるものは多くありません。ただ……」

 

フクキタルはそこでいったん言葉を切ると、私の右手を両手で包んで微笑んだ。

 

「無事に走り切って、あなたが悔いのないレースをできるなら、それで良いですよ」

 

なんとも欲のないことを言うもんだから、私はフクキタルの両手を取って当たり前だと笑った。

 

「心配性なことを言うな。今回は大丈夫なんだ、私はきっと走り切れる。勝てる気がするんだ。……安心して見てくれるよな」

 

「そう言っていっつも心配させるんですから、しょうがない子です。でも、わかりました。……勝ってください」

 

「ああ!」

 

しっかりとふたりから想いを受け取って、私は身体の中に力が湧き上がるのを感じた。腹の奥底から熱がじりじりと上がって来て、全身に回っていくような感覚は、ダービーの前にもあった気がする。きっとこれが、想いを背負うということに違いない。私は今、ふたりの想いを背負って力にしたんだ。

 

「そういうことだ。だからお前も、安心して空から見ててくれ。必ず、勝ってみせるから」

 

私は改めてあいつに向き合って告げる。

天国にいるお前にゃ散々心配かけてばっかりだったけれど、今回は安心して見ていて欲しい。私はやっとお前に、しっかりと顔を向けて歩き出せるようになったから。

 

「……行こう」

 

写真立ての中で笑うあいつにそっと触れて、私はすっくと立ち上がって、部屋を出る。もう振り向くことはしない。ふたりも揃って立ち上がって、部屋を出ていく。

次に戻ってくるときは、きっと有マ記念のトロフィーを持ってくるだろう。

下に降りるとあいつの父親がいた。母親のほうもだが、こちらもずいぶん老けたように見える。

あいつの父親に挨拶をすると、優しく私の頭を撫でてよく帰って来たねと言ったんで私は、はい帰って来ました。と返した。あいつの父親はいつ行くんだいと言った。明日には行きますと言うと、あいつの父親は少し悲しそうに笑って家族で見送りに行くよと答えた。私にはそれで十分であった。

 

それからあいつの家を出て私の家に帰ると、豪勢な飯が出来上がっていた。

そこそこ大きいはずの食卓に所狭しと北海道の海の幸がたんまりあって、そこにクマのハツだとか鹿肉のハンバーグだとかが混じっている。気づけばリビングにゃあ私の小学生の頃の友人どもと、近所のジジババが集まっている。

田舎ってのは変化がないから、こういうイベントになると近所中大騒ぎで集まってくるんだ。すでに酒を入れてる奴が乱痴気騒ぎしてらあ。いくら家が広いたってこんなじゃあ手狭で嫌んなっちまう。

 

「こりゃあいつの間に集まったんだ」

 

「お前が帰って来たって言ったら、どいつもこいつも集まって来たんだ」

 

親父に聞くとそんな答えが返って来た。おめえさんとスペは地元の星じゃあとどっからか声が上がって、ガハハと野太い笑い声がいくつも響いた。酔っ払いが騒ぐんだから余計にうるさい。

 

「向こうは放っておいて、とりあえず席に座っちゃってくださいな」

 

「口に合うかはわかりませんがね、こいつらが持ち寄ったもんで作ったものですよ」

 

「え、ええ」

 

「なんだかすごいことになっちゃってますねえ……」

 

妙な状況に戸惑うとりあえずふたりを席に座らせた親父とお袋は、そのままふたりから私の話を聞き出すつもりの算段らしい。

しかしその前に酔っ払いがふたりに絡んでやいのやいのと騒ぎ出したからいよいよ手が付けられない。

 

「あんた、こいつの姉貴分なんだって聞いたが」

 

「へっ!?は、はいそうですが……」

 

「いやあ、あの聞かん坊の暴れん坊で通ってたあいつを、大人しくできるってのはわやだと思ってよ。どんな子かと思ってたんだが」

 

「酔っ払いが変に絡むな、変なことを吹き込むんじゃない」

 

「聞いたぞ、お前さんあの子の師匠なんだろ。あんな暴れん坊の相手じゃあ苦労するだろう」

 

「俺の畑でかけっこして、引っこ抜いたにんじんをスペと一緒に持ってっちまうんだからな!」

 

「多少は落ち着いていますが、まだヤンチャな部分は残っていますよ。フッ、かわいいものですがね。あの程度は」

 

「お前はめったなことを言うんじゃない。酔っ払いどもめ」

 

酔いどれどもめ、過去のことをいちいち掘り返して伝えるのは酔っ払いの特権だが、何も他人の過去をほじくることはなかろう。いい迷惑だ。

そのうえに、ふたりから酔っ払いどもを追っ払いつつも、私は私で友人どもの相手をしなきゃならないから大変だ。

 

「久しぶりだな、ずいぶん会ってなかったけどみんな元気そうだ」

 

「肥溜めに投げられたんだし、大抵のことは耐えられるわ」

 

「そりゃあそうか」

 

昔にあいつをバカにしてた奴はずいぶん大人しくなっていた。時間が経つとこうも人間は変わるらしい。

 

「実はさ、俺お前のこと好きだったんだぜ」

 

「なにっ」

 

「あん時はクラスの男子みんな3人に惚れてたんじゃないか?」

 

「人気が分かれてたよな〜。誰がいいかっていっつも言い合ってた」

 

男子どもはこう言う。しかしスペやあいつが人気なのはわかるが、どうも私が人気だったってのはわからない。がさつなだけの女が、どうして好かれるだろう。それを聞くと、男子どもは声を揃えて口々に言った。

 

「距離感がね……近すぎて……」

 

「元気いっぱいでさ、それで肩組んだりしてくるんだろ?」

 

「それをなまらかわいい女の子にされたら、そりゃあ勘違いするでしょ」

 

「ヤンチャでいっつも笑ってるのが好きだったんだよ〜」

 

「あとこう、ね……いろいろと、わやだったじゃん」

 

「目に毒だった……小学生の俺には……」

 

「も、もういい! なんだ……急に恥ずかしいこと言わないでくれ……」

 

私は慌てて話を遮るとムズムズする頭を掻いた。私がそんな目で男子から見られてるとは気付かなかった。てっきりスペとあいつばかり女なんで好かれてるとばかり思っていたんで、嫌な気分じゃないが複雑だ。

ところでなんで私は、地元に戻ってきてまで恥ずかしい話を聞かされなければならないのだろう。

 

しばらくそうやって乱痴気騒ぎを起こしているうちに、ついに酔っ払いどもが宴もたけなわになって解散の流れになった。

男衆が全員酒臭くって敵わないのでババアに預けて持ち帰ってもらい、私たちはもう休むことになった。

久しぶりにひとりで家の風呂にはいったが、なんだか寂しい気持ちになってしまった。いつもは大浴場で、フクキタルと、メイショウドトウと、他にもいろんなやつとはいっていたからかもしれぬ。

風呂からあがったら身支度をしてもう寝る。何年かぶりに自分の部屋に寝るが、私の部屋も出て行った当時と何も変わっていないから懐かしいような不思議な気分で落ち着かない。手入れされてて、新品みたいな臭いの中に自分の臭いが混じっている。

妙な気分になりつつもベッドにドカリと腰を下ろすと、そのままごろんと大の字になって目を閉じた。ところがなぜだかうまく眠れぬ。いつもフクキタルと一緒に寝ているから、隣が広くって落ち着かないのだ。

何度か寝返りを打って、それでも眠くならないんで、私は枕を持ってフクキタルとシリウスシンボリがいる部屋に向かった。

 

「あん? なんだ、どうしたんだよ」

 

「もしかして、眠れないんですか?」

 

私が客間にはいると布団がふたつ並んでいて、その上にふたりが寝転んでいた。

私は無言でフクキタルの横に行くと、枕を置いて横になった。やはり寝るにはフクキタルがいないと落ち着かん。寝るんだったらこいつみたいな抱き枕がないとダメだ。

 

「ハッ、なんだよ。ひとりじゃ寝れないってか?存外、可愛い部分があるんじゃねえか」

 

からかってくるシリウスシンボリに私はムッとして、ひとりでは寝れるが今は落ち着かんのだと返した。するとこいつはひとしきりケラケラと笑って「じゃあしょうがねえな」と言った。まったくしょうがないと思っていない様子である。そしてあろうことか布団をこちらにまで近づけて来るとそのままフクキタルから私を奪って抱きしめてきた。

 

「寝れないんだろ?私が子守唄を歌ってやるよ」

 

「ちょっと!教育に悪いことはやめてください!」

 

「この程度でカリカリするなよ、お姉ちゃん?」

 

「誰がお姉ちゃんですか!」

 

フクキタルが私を奪い取ると、今度はシリウスシンボリが私を奪い取る。いつまでもそんなことをされるものだがらこちとら眠れたものじゃない。明日には帰るってのに、こんなじゃあ寝不足で帰ることになってしまう。

 

「頼む……静かに……」

 

結局、最後にはふたりに抱え込まれたまま眠ることになって、翌日にゃ母親にそこをスマホで写真に撮られてしまった。

写真は誰にも見せないように言い含めたが、後日にフクキタルがスマホの待受にしてたのを見つけたので母親に抗議の電話を送ったら、父親がすでに額縁に入れて飾ってると言うから、私は天を仰ぐしかなかった。

しようがないのでこの写真はシンボリルドルフに横流ししてやることにした。こうなりゃあシリウスシンボリも道連れだ。せいぜい恥ずかしい思いをしてもらおう。




 あと、一回。

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

【メロンブックス】
 https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1199029

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