夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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連続投稿(1/2)です。


弐玖

 トレセン学園に戻ってきたら干物からはずいぶん雰囲気が変わったと言われた。どうも雰囲気がダービー前の頃みたいになってるらしい。

 私自身じゃあよくわからないんだが、ただいまの挨拶をしにいったときにスペも「昔のお姉ちゃんみたい」と似たようなことを言っていたからそういうことのようだ。

 雰囲気だけじゃあ格好がつかないんで、さっそく有マに向けて練習する。有マといえば中山で、ダービーより100m長い距離を走るレースだ。中山なのがちょいと不安だが、距離で言えばダービーみたいなもんだから心配はしていない。

 問題なのは出走者がどいつもこいつも強力でまったく堪らないことだ。海外帰りの黄金世代に、テイエムオペラオー、メイショウドトウ、今期三冠のエアシャカールが出てくるんだから恐ろしいくらいに豪華である。観客はこの日は無理やりにでも有給を取ってレースを見に行くのだろう、私だって同じ立場ならそうする。

 とにかくそれくらいにたいへんなレースなので、私も今まで以上に気合を入れにゃあならん。もちろんシリウスシンボリの指導にも熱がはいって、以前より一層厳しいものになっているから、私も練習に熱がはいるというものだ。

 

「前よりはマシになったか」

 

「勝てそうか」

 

「見積もりで言えば4割5分だな。仕上げが間に合えば5割にはなる」

 

「なんだ、5割なら十分じゃないか」

 

「ハッ、よく言うぜ」

 

 一にも練習二にも練習で、三と四には作戦会議だ。

 アイツら相手にどうやって走るかってのが議題で、干物はこういう部分でよくよく頭を悩ませながらあれこれ言う。

 違う時代に生まれていりゃあ全員が時代最強と言われてそうな奴らだから、対策も多くて嫌になるくらい多い。

 しかしやらなければ勝てないどころか勝負にもならないんだ。まったく私の生まれた時代は大変なばかりである。しかし大変だからこそやりがいがあるのも事実である。

 有マじゃあ絶対に勝ってみんなをあって言わせてやるんだ。ここで情けないんじゃあレースでも情けなくって走ってられない。真面目にノートでも纏めてやらなきゃあ恥ってもんだ。

 

 そうこうして、月月火水木金金と毎日練習に明け暮れていたときである。

 食堂で久しぶりにみんなと朝飯を食い、騒々しくながらテレビを見ていると、急にハルウララが有マ記念に参戦すると報じられたからみんなして魂消て唖然としてしまった。

 ハルウララはダートが主戦場だってのに、なんで唐突に芝に出てくるんだかわからない。ハルウララのトレーナーはついに頭がおかしくなったかと思ったが、インタビューで答えているハルウララはこのための練習も1年間ずっと続けてきたと言う。そんなことを言われてはもう文句も言えないではないか。

 私たちはさっそくハルウララになんで隠してたんだと詰め寄った。するとこいつと来たらいかにも悪戯が成功した顔で笑うとこう言うのだ。

 

「えへへ〜! 実はね、トレーナーに頼んでこっそり練習してたんだ! 有マ記念は絶対みんなが出るでしょ? だから私も一緒に走りたいって言ったら、トレーナーが『よし、じゃあ芝のレースも走れるように頑張ろう!』って! だから私、いっぱい頑張ったんだ〜! ふふふーん、すごいでしょ〜!」

 

 まさか、嬉しそうな顔で友達と走るために自分の意思で出走を決めたと嬉しそうに聞かせるんだから、私たちは何にも言えぬ。

 こいつはまったく予想外で、しかし嬉しい予想外だ。一年も頑張って努力してきて、こいつはよくやったもんだ。

 

「そんなのすごいに決まってるだろう。こいつめ、よくやりやがったな」

 

 私たちはハルウララを目一杯祝福したし、お互いに頑張ろうと言い合った。胴上げでもしてやりたいくらいだったが、食堂なんでやめておいた。かわりに頭をたっぷりわしゃわしゃ撫で回してやったら、ボサボサになった頭でハルウララは今日一番の気持ちの良い笑顔を浮かべて、宣戦布告してきやがった。

 

「これでも私も、みんなと一緒にレース走れるよ! 絶対負けないからね〜!」

 

 こっちだって負けてやるつもりはない。私たちは笑い合って私が勝つぞと言い合うと、大いに笑った。

 

 私たちがあれやこれやと騒いでいるのとは裏腹に、有マ記念の出走者はどうにも少ない。みんな面子が面子だからって尻込みして辞退しているんだそうだ。おかげで枠が埋まらないかもしれないってんだから異常事態も極まってる。

 さもありなん、海外帰りの黄金世代に、世紀末を一色に染める覇王世代、そのうえに今期の三冠ウマ娘も走るってなりゃあ、なんだって気後れするもんだろう。走りに自信があるか、記念に走っておこうか、そんな考えでもなきゃあよっぽどこいつらとは走れぬ。

 しかし、そういう状況のおかげで枠に滑り込んだやつもいるにはいるのは確かなようであった。

 

「私も、有マ記念には参加させてもらうわ」

 

 不意に私の真後ろに現れたのは、アドマイヤベガである。怪我で長らく休んでいたが、夏の終わりのあたりでやっと治療とリハビリが終わって走れるようになったらしい。それでいくつかレースを勝って空いた枠に滑り込んできたわけである。

 このタイミングに復帰して枠に滑り込むなんざ、ツキってのをなかなか持ってるやつだ。しかし歓迎できる。

 

「ハーッハッハ! 無事に復活というわけだねアヤベさん! あぁ、ボクらの闘いは遂にカムランの丘……雌雄を決する、大いなる戦場へ!」

 

 テイエムオペラオーは相も変わらず大きな声で哄笑する。アドマイヤベガは煩わしいという表情で、なんともふたりの関係性がよく見える。

 

「今の私では不足かもしれないけれど……勝つつもりで挑ませてもらう」

 

「私だって同じだ、勝つつもりだ。だからここの奴らの誰にも負けてやる気なんてないぞ」

 

「私たちだって負けませんよ! 海外帰りの力、見せちゃいますからね!」

 

「キングの前に敵はなし! 跪かせてあげるわ、あなたたち全員をね!」

 

「おおっと! 凱旋門ウマ娘のエルに勝とうとは、笑止千万! 百年早いデース! 全員纏めて撫で切ってやりマスよ!」」

 

「いやぁ、みんな勢いがあって大変よろしい。私はほどほどに頑張らせてもらうよ〜」

 

「ふふっ、殺気が隠せていませんよスカイさん。……まあ、それを言ったら私も、ですが」

 

「あわわ……!? み、みなさんからすごい闘志を感じますぅ〜!? で、でも私だって……!」

 

 アドマイヤベガの宣戦布告にしてやると、みんながみんなしてわっと言い返すんだからどいつもこいつも負けず嫌いだ。

 

 

 こうしてみんなと飯を食ったり練習を毎日続けたりしていたら、あっという間に有マ記念目前である。

 早いもんで今年ももう終わるんだから時の流れは無常だろう。どうも歳をとると時の流れが早くっていけない。

 そんなことを言うと干物はいかにも呆れた顔で「私より一回りも若いのに何言ってるの」と首を振る。風情がわからないやつだ。そんなだから婚期を逃すんだろう。

 

「でも今年は誰かさんのおかげで、なんだか慌ただしい感じだったのは否めませんねえ」

 

「刺激があるからこそ人生は面白い。そうだろう?」

 

「限度があるんですよ、限度が!」

 

「はいはい、雑談はこれくらいにして有マ記念での作戦を決めようか」

 

 パンと干物が手を叩いて気持ちを直す。私も背筋を伸ばすと机を挟んで干物と頭を突き合わせた。フクキタルも真面目な顔をする。笑ってるのはシリウスシンボリだけである。

 トレーナー室にゃあ私たちだけしかいない。いつもだったら他の奴らと纏めて作戦会議をするところだが、さすがに大一番だってんで今回はみんな別々なんだ。まあ当然であろう。

 

「さて、まずはコースのおさらいからだね」

 

 机に置いたタブレットにコースの見取り図を表示すると、タブレット用のペンを持ってコースにいくつか印をつけていく。

 中山レース場といえば、昔に弥生賞と皐月賞で走ったところである。忘れるこたぁない思い出深い場所だ、当然干物の書き込みなんぞなくともわかっている。

 

「有マ記念は内回りのコースになる。第二、第三カーブがかなり狭いうえに直線も短い、小回りなコースだね」

 

「チビなお前にゃあピッタリだな?」

 

「誰がチビだ。これでも1cm伸びたんだぞ」

 

「1cmも伸びたんですか? 成長期ですね〜!」

 

「はいはい、話戻すよ。カーブが狭い、直線が短い……その上に勾配もキツイから団子になりやすい。しかもペースアップのタイミングが早いからスタミナ勝負、根性勝負になるし、直線で勝負に出るのは得策じゃない」

 

 コツコツと画面をペン先で叩きながら見取り図に情報を書き足していく。どうも聞く限りじゃあ追込の奴には厳しいって話である。

 

「ま、でも」

 

 しかし途中で干物は何を思ったのか、ペンを手の中でくるりと回して肩をすくめた。良い顔をしていた。強気に笑って、勝気に眉尻を上げている。

 

「せっかくみんながいるのに自分の走りをしないんじゃあ、気分は良くないよね?」

 

「オイオイ、こっから有利不利の話をするんじゃないのかよ」

 

 呆れたふうに笑ってシリウスシンボリが聞くと、干物はそんなのは二の次だよと首を振った。

 

「こんな今世紀でも一番くらい豪華なメンバーを相手に、付け焼き刃でやったって勝てないのは当たり前じゃない」

 

「確かに、強者揃いですからねぇ……。下手な策を用意していくよりは良いのかも?」

 

 干物の意見にフクキタルが少しだけ疑いつつも同意した。

 今更アレコレ考えてもだなんて、まったく無責任な言い方だ。トレーナーならトレーナーらしく勝たせるために策の一つや二つ考えりゃあいい。それができないなんてのは酷い話である。

 

「無鉄砲に行こう。自分らしい走りで、みんなに全部ぶつけよう」

 

 だが、気に入った。

 上等である。

 無策、無謀、無鉄砲、私の専売特許だ。

 

「やってやろう。私の走りで、全員に勝負して倒すんだ」

 

 そもそも追込ってのが不利を受けやすい走り方なんだから、承知の上ではある。

 こういう不利ってのを捲って勝つのが楽しいから、私は追込で走るんだ。私は私の走りで、全員と戦って倒すんだ。

 私が立ち上がって3人の顔を見ると、みんなが揃って頷いた。

 心は決まった。あとは、それに賭けるだけだ。

 

「勝ってね」

 

「勝てよ」

 

「勝ってください、必ず」

 

「任せろ。私は、勝つために走るんだ」

 

 3人が突き出した拳に、私の拳をぶつける。

 決断は済ませた。

 あとは、それに賭けるだけだ。

 

 




 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
 以下のサイトにてDL可能ですので、まずは体験版からどうぞ。

【DLsite】
 https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ369814.html

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GLタグいる?

  • いる(鋼の意思)
  • いらない(どこ吹く風)
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