夏目漱石「吾輩はウマである」   作:四十九院暁美

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みんなここのフクキタルちゃんにママみ覚えてて、ちょっぴり芝なんですよね。

\(フクキタル)ママー!!/




 今朝の走り込みを終えて部屋に戻ると、フクキタルが部屋にいない。

 どこへ行ったのやらと思いつつもクールダウンをしていると、そのすぐあとには土に汚れたフクキタルが帰ってきた。

 お前も走り込みかと聞けばそんな殊勝なものじゃないと首を振るから、じゃあいったい何なのだと首を傾げれば、占いをしに近所の神社へ行っていたのだと言う。どうやらお神籤を引いて来たらしい。

 こんな朝早くから物好きなもんだ。それで結果はどうだったんだと問うと、一瞬だけ上を向いたあとに、もちろん大吉でした! と笑顔で両の親指を立てたから、それじゃあ今日一日は幸運だな。ところでずいぶん服が汚れてるがそりゃ願掛けか。と返したら慌てて言い訳を始めたから呆れた。

 聞くに、なんでも大吉を当てた嬉しさに足元不注意ですっ転んだらしいから、これで大吉とは恐れ入る。凶ならどうなっていたのやら。

 

 先日にスペを日常的にマークしろと干物に言われたので、あれから毎日スペの真正面に陣取って飯を食っているが、今の所、飯をもりもり食うこいつの姿が微笑ましいしかわからん。

 こんな事をして本当に為になるのか疑問である。

 いくらスペを意識する為とはいえこれの日常風景なんぞ見慣れているし、そもそも普段の姿を観察したとてはたしてマークしていると言えるのか。これではただの目の保養ではないか。

 スペも私の視線に居心地が悪そうにしているから、何だか益々もって無益に思えてきた。

 始めたばかりでこんな事を言うものではないが、この行為いったい何を得られるのか全然わからん。

 そんな事をつらつら考えながらトマトを咀嚼していると、キングヘイローが反省会よと威勢良く声を上げた。

 何でも、弥生賞での負けをここにいる全員で反省して、問題点を洗い出したいらしい。

 己の情けない走りを他者に見られるのは恥ずかしくて落ち着かぬが、他者とあれこれ言い合い教え合うのは良い勉強になるので、私からすればこの案はどちらかと言えば大賛成である。

 しかし弥生賞に出ていた私たちは良いとして、他の出てない奴らはどうなのか。

 参加するで良いのか聞けば、グラスワンダーを始めとして全員が構わないと答えたから、シリウスの部屋で映像を見ながら反省会をする運びになった。

 

 それから放課後になってすぐ全員がシリウスの部屋に集まったのだが、ハルウララとセイウンスカイが大量の菓子類と飲み物を持ってきたから反省会と言うにはずいぶんと緩い雰囲気になった。

 キングヘイローはまったく何を考えてるのかしらとかんかんに怒っていたが、ハルウララが居る時点で良くも悪くも真面目に反省会などできるはずもない。

 むしろこれくらい和気藹々とした雰囲気の方が、こいつも反省会を楽しめて良いだろうと言えばキングヘイローは、まあ、貴女がそう言うなら良いけれど。と曖昧な顔をして納得したようだった。

 それでは弥生賞の反省会を云々、とキングヘイローが音頭を取る。

 しかし呑気なハルウララとセイウンスカイが、そういうのいいからさっさと始めようよ。と嬉々として菓子の袋を開け始めるから、何ですって! とキングヘイローが熱り立ってしまって事がまったく進まない。

 結局グラスワンダーがまあ良いではありませんかと宥めすかして、それからやっと始まった。

 何ともしまらない始まり方をした反省会であるが、しかしいざとなればどいつもこいつも真剣で、ふざけた奴など一人としていなかった。

 走っていた奴らとここではこう考えていた、ここではこうしようとしていたとがやがや意見を交わすのは、自分では気付けなかった部分や逆に他の奴らが気付けていなかった部分を知れて、これがまったく為になる。

 また全体を俯瞰していた奴らの意見も、走っている立場ではわからなかった気付きを与えてくれるから有難い。

 

 しかしこの反省会の中でもっとも大きな発見だと思ったのは、スペの成長を直に感じた事であった。

 私はこの中央に来てから常々、己の成長というのを実感していた。多くの仲間と出会い、多くの事を先達から学び、前よりもずっと強くなったと思っていた。

 だが成長していたのは、何も私だけではない。スペもまた私と同じように、いやもしかしたらそれ以上に、強く大きく成長している。

 思えば私は驕っていたのだろう。スペを所詮は妹分だと心のどこかで侮り、まだまだ私の尻を追いかけてくるだけの存在だと思い込んでいたに違いない。

 もうこいつは私の妹分ではない。スペシャルウィークは私の、正真正銘の好敵手なのだと、今になってようやく頭ではなく心で理解できた。

 皐月賞でも、ダービーでも、今回のような情けないレースはしない。不安にちらちらとこちらを伺うあいつの顔を、これ以上私の無様で曇らせるのは不本意だ。

 きっと私はこいつに勝つ。姉貴分としてではなく、ひとりのウマ娘として完膚なきまでに勝たねばならん。

 決意をそっと胸の奥底へ仕舞い込んだ私は、何食わぬ顔で反省会を続けた。

 

 思いの外話し込んでしまい、そろそろ門限も近付いて来たから帰ろうかとなった時分、ふと隣にキングヘイローが座ってきて、少しは気が晴れたかしら。と聞いてきたから何の話だと怪訝に返した。

 話を聞くにこいつは、私が難しい顔をしてスペをじろじろ見てたのを、負けた事でくよくよ悩んでいると勘違いしたらしい。

 だからこの反省会を通して、私にすっきりしてもらう魂胆だったと言うから笑ってしまった。

 それで、何がおかしいのよとキングヘイローに怒られたんで、お前がこの国の王様になったら最高だろうなと思ったのだと答えたら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたから益々笑った。

 私なんぞ敵なのだから適当に放っておけばいいものを、こうして塩を送ろうなどとは気の使い方が下手な奴め。

 だが、これ程も優しい王様は古今探しても居なかろう。こいつを慕っている奴らの気持ちも今ならば理解できると言うものだ。

 まったく王様の癖に貴重な心持ちをしている。

 

 貴重と言えば、この反省会ではハルウララが珍しく真面目な顔をして我らの話を聞いていたから魂消た。

 何でもそろそろ高知でデビュー戦があるとかで、それに向けてこいつなりにずいぶんと真剣な様子であった。

 ただただ無邪気で呑気な奴だとばかり思っていたが、こうもレースに対して真剣な姿勢を取るとは意外である。

 帰り際、ずいぶん真剣だったじゃないかと言えば、みんなキラキラしてて、凄く楽しそうだったから。と常らしからぬ表情で言うから、走るのが楽しいと言って憚らんこいつも、存外心底では熱い闘争心が燻っているのやもしれん。

 いつか立派になったこいつと、コースで競い合うのが楽しみだ。

 

 決意も新たに研鑽を積んでいると、勝負服が届いたから着てみろと干物に呼び出されたので、例によってシリウスの部屋にいる。

 そらお前の勝負服だ。と手渡されたそれは、私たちの夢の結晶と言うこともあって、重さ以上にずっしりとした何かがここに宿っている気がして、我知らず背筋がぴんと伸びてしまう。

 違和感がないか確かめろと言うので早速着替えてお披露目すると、真っ先にフクキタルが、袴にブーツ! 大正ロマンな感じが良いですね〜! と私の周りをくるくるしながら言う。

 続けて干物が、なんか新撰組みたいだな。と腕を組む。メイショウドトウもこいつらの言葉に頷いて、儚げで優しそうだけど、力強くて綺麗です。と目を輝かせるので、私たちがデザインしたのだから当たり前だろう。と胸を張ってやった。

 青を基調とした華やかな和服に穢れひとつない白いブーツとマントの組み合わせは、昔に白毛の友人と一緒に考えた物で、緑に輝くターフを裂いて走る白い流星になる。という想いが込められている。

 本当ならばあいつの勝負服と対になるのだが、亡き今となっては詮無きことだ。ここにあるのはあいつの報われぬ願いが籠った勝負服と、それを一心に背負う私の身ひとつばかりなのだから、もしもを考える意味も無い。

 ただ、寂しい想いが無いと言えば嘘になる。こいつを着て、スペとあいつと、一緒に並び立ちたかった。一緒にレースに出て、競い合って、笑い合いたかった。それが私の、偽らざる気持ちであった。

 

 ひと通り着心地を確認して問題がない事を確認すると、ならちょっくら走ってみろと言われたのでターフに出た。

 幼い頃は、何故わざわざ大一番で勝負服などと言う走り難い服を着て走らねばならんのだと思っていたが、こうして己で服を着て走ってみれば、なるほどこいつはずいぶんだ。

 体操着を着て走るよりも身体が軽くなり、何より気持ちが昂ぶってしかたがない。

 踏み締める地面の感触もいつもとは違っていて、普段の運動靴よりもよっぽど走り易い。今ならば最速記録も夢ではなかろうとさえ思えてしまう。

 流す程度で止めようと思っていたが、このままだとまったく抑えが利かなくなりそうだから困ったものだ。

 逸る気持ちをどうにか抑え込みながらコースを三周して干物の所に戻ると、勝てそうかと聞かれたから知らんと肩を竦めてみせた。

 負けてやるつもりは毛頭ないが、どいつもこいつも強敵でひと筋縄ではいかん相手だ。今の未熟な私では勝ちきれるとは思えん。

 それを言えば干物は、じゃあ皐月賞ではスペシャルウィークをマークしろ。あれは弥生賞で勝ったのだから、皐月賞でも頭抜けるに違いないから。と仰るので私は強気な笑みを浮かべて、ちょうど弥生賞のリベンジをしたいと思っていた所なのだ。と返してやった。

 

 それはそれとして疑問なのだが、この勝負服と言う妙な文化はいったい何処の誰が考え始めたのだろうか。こんないかにも動きにくそうな服を着て走ろうなど、普通ならば気狂いの発想だろうに、まったく採用した奴の気がしれん。

 しかしここを気にし始めると、今度は何でレースが終わったら踊らにゃならんのだとなるので、これ以上は言及しないでおく。

 まあ伝統とは得てして、理解し難い妙ちくりんな物であると言うのがそれこそ伝統であろう。




\ ハイ!マチカネフクキタルデス!/

 吾輩はウマであるは電子書籍化しました。
 本編に大幅な加筆修正に加え、新規エピソードが追加されていたり、各主要キャラの設定を見直したりと、いろいろな部分に手を加えています。
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