これが土屋家の日常   作:らじさ

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第3話

教室が静かを通りこして呼吸の音さえ聞こえない。ショックのあまり本当に呼吸が止まっている奴が3人ほどいるみたいだが「自力蘇生」がFクラスのモットーである。頑張って生還してきて欲しい。しかしさすがは工藤さんだ。あの鉄人ですら静めるのに苦労しているFクラスを「こうた」の3文字でここまで静めてしまうなんて。

 

「ねえアキ、どういうこと。愛子ってばいつの間に土屋とそんなに親しくなったの」我に返った美波が僕に詰め寄る。

「いや、僕に聞かれても知らないよ」僕だってビックリしているのだ。

「まずいなこれは」雄二が言った。

「何がまずいのじゃ雄二」

「いや、今はあまりのショックで固まっているが、奴らが今のを見て黙っているわけがない」

 

この凍り切った教室の空気など全く意に介せず工藤さんがムッツリーニに話しかける。空気の読めなさ度合は霧島さんと同レベルだ。二人の違いは、霧島さんは雄二以外のことは気にもしないのに対して、工藤さんはムッツリーニの反応すら気にしていないことだ。さっきまで赤青点滅していたムッツリーニの顔色は真っ青になっているというのに・・・大物という言葉は彼女のためにあるに違いない。

 

「あ、あっあのさ。今日のお昼・・・キャア」

 

工藤さんが途中まで何かを言いかけたところで、それまで硬直していたムッツリーニが動いた。盗撮の時に見せるあの人間離れしたすばやい動きで工藤さんの口を押えて廊下まで連れ出した。

 

「何か言いかけておったのう」

「お昼とかいってたわね」

「お昼・・・・・まさか二人でお昼食べる約束をしてたりして」

 

誓って言うが、場を和ませる冗談のつもりだったのだ。だが、やっと「こ・う・た」ショックから立ち直ったFクラスのメンバーに取ってはガソリンの役を果たしてしまったらしい。

 

「康太って呼び捨てかよ」

「ふざけるなよ。その上、お昼を一緒だとぉ」

「ひひひぃひぃひぃ、やっちゃうよぉ。遠慮なくやっちゃうよぉ」

 

既にバーサーカー(狂戦士)と化している奴もいる。これはちょっとマズイ状況だ。このままムッツリーニが教室に戻ってきたら、血のカーニバルが始まってしまう。とりあえず事情を確認するために、僕はドアまで近寄って耳を当て廊下の声に耳を澄ませる。

 

「・・・・・何しにきた工藤愛子」

「ムーッ(ふくれ面)・・・・・愛子って呼ぶ約束」

「・・・・・学校では勘弁してくれ。せめて二人きりの時だけに」

「ムー(ふくれ面)」

「・・・・・いや、だから」

「ムー(ふくれ面)」

「・・・・・・・・・・・・(愛子)」

「うふふ、ちょっと声が小さいけど許してあげるよ。じゃあ、また後で」

「・・・・・ちょっと待て、問題が何も解決していない。何しに来た」

「お昼の約束を忘れないように確認」

「・・・・・いろいろと問題があるんだ。もうFクラスにはこないでくれ」

「かっ彼女が彼氏の教室に行くのに何の問題があるのさ」

「・・・・・彼氏にも彼女にもなった覚えはない」

 

これはビックリだ。いつの間に二人の関係はここまで進んでいたんだろう。しかもムッツリーニの言葉を信じれば、まだ彼氏彼女の関係じゃないのに完全に工藤さんの尻にしかれている。もし付き合うことになってもこの力関係を逆転するのは無理だろう。とりあえずFFF団、いやそれはいつでもできる。雄二達に報告しなければ。

 

僕はみんなのところに戻った。

 

「おお、明久。でムッツリーにと工藤は何だって」

「うん、「お昼を忘れないように愛子って呼ぶ約束」って」

「「「はあ?」」」

「明久、落ち着くのじゃ。それでは何を言っているのかさっぱりわからん」

 

えっと、何か間違えただろうか。落ち着け僕、二人が何を言っていたかを正確に思い出すんだ。

 

「うーんとね。そうだ「彼女が彼氏の教室に行くのに約束をした覚えはないから何の問題があるのでFクラスには来ないでくれ」だった。間違いない」

「姫路。明久の勉強の国語の時間を3倍に増やしてくれ」と雄二が姫路さんに向かって言った。

「えーっとですね」姫路さんがもう我慢できないと言った感じで嬉しそうに口を開いた。

「愛子ちゃんは土屋君とお昼を一緒にするためにお弁当を作ってきたんです」

 

脇の下をいつか感じたことのある嫌な汗が流れていく。

 

「何で姫路がそれを知ってるんだ」心無しか雄二の声も強ばっている。

「夕べ愛子ちゃんから電話で相談されたんです。どんなオカズがいいのかって」

「へえー、愛子もやるわね。土屋と一緒に仲良くお昼を食べようってわけね」おや、美波の背中から燃え盛る赤い炎が見えるような気がするは目の錯覚だろうか。

「ところで姫路。工藤の料理をお主がまた手伝ったのかの」

 

さすが演劇バカの秀吉だ。声も表情も全く変えることなく何気なく一番命に係わるところを確認した。だけど机の下の足がかすかに震えているのは惜しいところだ。

 

「いえ、今回はお手伝いできる時間がなかったので、お料理のレシピだけ教えておきました。うまくいけばいいですね」

 

姫路さんは自分のことのように喜んでいる。やっぱり女の子だ。他人のことであっても恋バナは好きなんだろう。

 

「明久、秀吉ちょっと」雄二が呼ぶ。

「どう思う」

「いちおう大丈夫じゃないのかのう。姫路料理とはいえ姫路が直接手を下したわけじゃないことじゃし」

「姫路レシピってのが気になるんだよね。この間のおにぎりだって姫路さんが米炊いたからだし」

「米炊くだけで何であんなに破壊力があるんだよ」

「それはわからないけど、今はとりあえずムッツリーニのことを考えよう」

 


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