これが土屋家の日常   作:らじさ

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第10話

「お腹が空いたね。お昼食べようよ」全く悪びれずに陽向が言った。

「そっそうだね。陽向ちゃんどこがいい?マッコにしようか」

「うーん、あたし和食が食べたいな」

「和食かぁ、お蕎麦とかでいいのかな?」

「ううん、近くにあたしの知ってるお店があるからそこにしようよ」そう言うと陽向は答えを待たずに歩き出した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・ねぇ?」

「・・・・・なんだ?」

「・・・・・高校生と中学生がこんな店入っていいのかな」

「・・・・・止める間もなく陽向が店に飛び込んだんだ仕方ない」

3人が入ったのはT國ホテルの中にある超有名店「なだ千」だった。

 

「さてっと・・・愛ちゃん何にする?」陽向はあっけらかんと少女に尋ねた。

「・・・・・なっ何にするってこれ、一番安い天重セットでもボクの一か月分のお小遣いくらいだよ」

「・・・・・おい、陽向。俺たちはそんなに金持ってないぞ」

「ん、いいよ。あたしの奢り」陽向はメニューを睨みながら、そっけなく答えた。

「・・・・・そうか。じゃ、遠慮なくご馳走になろう」

「こっ康太、それでいいの?」少女が慌てて止める。

「・・・・・構わん。こいつは我が家で一番の金持ちだ」

「年上の兄弟揃って中学生の妹よりお小遣い少ないなんて・・・・・」少女は兄弟の顔を思い浮かべ、思わず同情を覚えた。

「・・・・・何やらまた明後日の方向に勘違いしているようだが、別にこいつの小遣いが一番多いという意味じゃないぞ」少年はため息をつきながら言った。

「じゃ、どうして・・・?」

「・・・・・こいつはいくつか特許を持ってるんだ。大した額ではないが中学生には多すぎる額が毎月入ってくる」

「でもほとんどお母さんに取り上げられているんだよねぇ。「あなたが大人になった時のために貯金しとくわ」とか言ってるけど、幼稚園以来没収され続けてきたお年玉と一緒に返ってくるのかなぁ、本当に?」

「「(返ってこない!!)」」少年と少女は二人同時に心の中で叫んだ。それは日本中の子供があまねく通る道なのだ。

 

「じゃ、みんなこれでいいね」と陽向が指さしたのは「懐石 おまかせ 2万9千円」だった。

「これって、ボクのお小遣いの半年分・・・・・」少女は絶句した。もはや贅沢を通り越して罪悪の範疇だ。うちのお父さんだってこんなの食べた事ないはず・・・・・

「・・・・・お前こんなとこよく来るのか?」

「ここは初めてだけど、ゼミやってくれている教授に海外からお客さんが来て接待する時には良く呼ばれる」

「・・・・・自慢の教え子なんだね」

「悪趣味だよ。中学生が専門的な話ができるのを外人さんに見せて驚かせたいんだよ」陽向は苦々しい様子でいった。

「まあ、ご飯食べられるからいいんだけどね」陽向はそう言うと店員を呼んで注文をした。

 

「陽向ちゃんは普段はどんな生活してるの?」少女が尋ねた。

「ん?普通の生活だよ。平日は授業。午前中は大学の先生が来てマンツーマンで授業して、午後は忍者の訓練してる」

「いや、それ全然普通じゃないから。大学生だってそんなことしてないよ。どんなこと教わってるの?」

「ん~、今は、数学、物理学、化学、電子工学、コンピュータサイエンス、哲学、論理学、社会学、心理学、生理学、生化学、分子生物学、英語、ドイツ語くらいかな」陽向はあっさりと言った。

「・・・・・くらいってそんなにやってたら遊ぶ時間がないね」

「そんなことないよ。ちゃんと遊んでるよ」

「へえ、どんなことして遊んでるの?友達とカラオケとか」

「ううん、あたし友達いないから一人で遊んでる。ウサギ追ったり、小鮒釣ったり・・・」

「・・・・・てっ典型的な日本の遊びだね」

「いや、冗談なんだけど。愛ちゃん伊賀をどんだけ田舎だと思ってるの」

「忍者がいるくらいだから結構な・・・・・」

「伊賀全体に忍者がいるわけじゃないよ。うちは山の方にある「忍里」って部落なの。そこが忍者の村」

「名前の割には全然忍んでないというか、むしろここが忍者の部落ですって宣伝しているような名前だね・・・・・」

ここで注文した料理が運ばれてきた。

 

「どう?愛ちゃん美味しい?」

「値段知ってるから美味しいも美味しくないも、もう何が何やら」泣きそうな顔で少女が言った。

「まあまあってとこかな。値段相応って感じ」

「(・・・・・偉そうに・・・・・)」

 

「あっ、そう言えば陽向ちゃん。ボク不思議だったんだけどさ」少女が思い出したように言った。

「うん、何?」陽向が答えた。

「何で声真似までしてボクたちに電話してきたの?」

「だってあたしが直接お願いしても連れてきてくれないんだもん。それぞれの恋人からお願いされたら断れないでしょ」どうだっと言った顔で陽向が答えた。

「あ、いやそういうことじゃなくて。わざわざボクたちに1からデートをセッティングしてそこに混ざらなくても、陽太君たちは今日デートするって言ってたんだから、そこに混ぜてもらえば簡単だったんじゃないかなぁって思って」

 

陽向の箸が空中で停まり力なく手から滑りおちた。

「しまった~、気がつかなかった~」陽向は両手で頭を掻き毟った。

 

「えっ、えっ。気がつかなかったって?」少女がウロたえた声で言った。

「・・・・・愛子」少年が言った。

「なっなに?康太」

「・・・・・言いそびれていたが、陽向は確かに天才なんだが、それ以前に我が家に数々の伝説を残した「アホの子」なんだ」何かを宣言するように少年が厳かに言った。

 

 


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