これが土屋家の日常   作:らじさ

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第8話

「あのね、由香リン。そろそろ機嫌直して降ろしてくれないかなあ」陽向は愁傷な声でそう言った。由香に首根っこを掴まれて猫のようして廊下を運ばれていたのだ。

「いいえ、却下だわ土屋さん。あなたは放っておくと明後日の方に飛んで行くから。これからは私が責任を持って行動を厳重に管理するわ」

「でもこの格好は恥ずかしいよ。友達としてどうかなぁと思うな」

「友達ですって?」由香は陽向を置くとにっこりとほほ笑み一発ゲンコを喰らわせた。

「友達、なんて素敵な言葉かしら。ところでその友達を賭けの餌に使ったのは、どこのどなただったかしら」

「仕方ないんだよ。由香リンじゃなきゃいけない理由があったんだから」

「どういう理由かお聞かせいただきたいものだわ」

「Aクラスで一番メイド服が似合・・・イタっ、なんでぶつのさ」

「あなたが私の神経を逆なでしてばかりだからでしょうが」

「話は最後まで聞いてよ。理由はそれだけじゃないんだから」

「ちゃんとした理由なんでしょうね」

「ネコ耳とシッポも似合・・・イタっ、せめてグーでぶつのは止めて」

 

「そんなくだらない理由のために無理やり私を引っ張って行ったの?大体賭けなんてする必要性がないでしょう」

「あるんだよそれが」

「試召戦争が終わったら3年には用がないでしょう。どこに賭けをする必要性があるのよ」

「3年じゃないよ。2年に勝つために必要だったの」

「2年どころか3年にすら勝てるか分からないっていうのに、何を言ってるのあなたは」

「3年には絶対勝てるよ」陽向は自信に満ち溢れた顔で言った。

「しょうもない根拠だったら今度は「ウメボシ」喰らわすわよ。あなたのお蔭で勝負に負けたら私はネコ耳メイド姿で隅から隅までずずっいっとご奉仕することになってるんですからね」

「あのね。みんなが油断するといけないと思ったから言わなかったけど、3年生はこの大会に乗り気じゃないの。そりゃ受験も迫っているのに余計なことで時間使いたくないでしょ」

「それはそうかも知れないけど一応学校の公式行事だから」

「うん、だからみんなシブシブ参加するかも知れないけど、本気なのは総代がいるAクラスとこれ以上設備が悪くなるのを避けたいFクラスかお祭り好きの生徒くらいだよ。後は適当に参加してさっさと負けて教室で勉強でもしようと思ってるよ」

 

「負けるの?」

「そう。ヘタに勝っちゃうと試召戦争にずっと参加しなきゃならないからね。適当に手を抜いて負けるはず」

「自信があるんでしょうね」

「できるだけ頑張るよ」

「必死に頑張りなさい」由香は拳を陽向のこめかみにグリグリと押し付けながら言った。

「アイタタタタ、わかった。死ぬ気で頑張る」

「(仮)友人として忠告してあげるわ、土屋さん」由香は陽向を解放すると微笑みながら言った。

「ここまで来てもまだ(仮)なんだね。で、忠告って何?」

「もし負けたら、あなたの制裁メニューに「蹴り」を追加する予定なの」

「何十人を犬死させても必ず勝つよ」陽向は真剣な顔で答えた。

「ところで気になっていたんだけど、賭けの「隅から隅まで」って何の隅なの」

「さあ?あたしも勢いで言っただけだから。でも高城先輩にはちゃんと通じてたみたいだから問題はないんじ・・・フギャ」由香の見事な回し蹴りが陽向に決まった。

 

「まったくあなたには呆れてものも言えないわ」由香は廊下を歩きながら陽向に文句を言っていた。

「本当に由香リンは次から次へとよくそんなに怒るタネがあるねぇ」陽向がのほほんと答えた。

「一体誰のせいだと思っているの。あなたが節分並みに怒りのタネを豪快に撒いてくれるから私が怒らなきゃならなくなるのよ」

「まあ、それはそれとして・・・・・」

「一生のお願いだから、あなたの脳に「人の話を聞く」という機能を装備してちょうだい。さもないとわたしは卒業までに脳の血管を切っちゃいそうだわ」

「気を付けてね。友達として心配だよ」

「どうもありがとう。心配してくれるならあなたが転校するか他のクラスに移ってくれるのが一番の薬だと思うの」

「え~、あたし由香リンとずっと一緒にいたいよ。できれば大学まで」

「進路が決まったら真っ先にわたしに教えてね。わたし意地でも違う大学に行くから」

 

「まあ、冗談はさておき・・・・・」

「念のために言っておくけどわたしは純度100%本気だったわよ」

「由香リンにだけはこの試召戦争の戦略的目的を言っておくね」

「戦略・・・何ですって?」

「戦略的目標。簡単に言えばこの戦争の本質だよ」

「勝つことでしょう?」

「うん、それはそうなんだけど、そのためにどうするかってこと」

「あなたが作戦を立てて守備チームやら攻撃チームやら作ったんじゃない」

「うん、あれはみんなを試召戦争に参加させるためなの。あたしたち1年が勝つための方法は結局一つしかないの」

「どういうこと?」

「つまり、どうやってあたしを短時間に無傷で敵の総代の前に立たせるかってこと」

「あなた一人で乗り込むって意味?」

「うーん、何人で乗り込んでもいいんだけど、2年にしろ3年にしろ敵の総代を倒せるのはあたししかいないと思うんだ」

 

「あなた一人で戦っているつもり」

「そうじゃないよ、由香リン。敵の総代が本陣に立て籠もっている以上、勝負をつけるにはこっちから出向くしかないってこと。長期戦になると向こうの点数が上の分こっちの守備が破られるからね」

「そうかもしれないわね」

「だからこっちから出向くしかないんだけど、向こうだって総代の周囲には護衛を置くでしょう。こっちがそれに勝とうと思ったらそれ以上の人数が敵の本陣に突入するしかないけど、それは絶対ムリ。だからあたしが敵の虚をついて短時間で本陣に乗り込み、敵の総代と1対1の勝負に持ち込むの」

「護衛がいるなら1対複数になるかも知れないじゃない」

「その可能性は大きいけど、そうなって護衛の攻撃を受けることになっても無視して敵の総代だけを攻撃する。恐らく1対5くらいまでだったら、あたしが負ける前に敵の総代を倒せると思うんだ。ただし、本陣に突入するまでは敵の攻撃を受けずに無傷でいる事が絶対条件」

「なるほど」

 

「だから、悪いんだけどみんなには、あたしが本陣に突入するための道を作ってもらう。守備チームも攻撃チームもね」

「わかったわ。でもなぜみんなに言わなかったの?」

「だってみんな一生懸命に試召戦争を戦うつもりなんだよ。それが実は単なるあたしのための道づくりでしたなんて言ったら面白くないよ」

「じゃ、なんで私には話してくれたの?」

「あたしもいろいろ考えて、結局勝つためにはこの方法しかないと思ったんだよね。でも、みんなを利用しているみたいで心苦しくてさ。一人で抱え込んでいるのがツラくて誰かに打ち明けたかったの」

「それがわたしなわけ?」

「そう、由香リンは(仮)友人かも知れないけど、あたしは友達と思っているから・・・」

「・・・・・」

「遅くなっちゃった、急ごう」陽向は由香の手を取って走り出した。


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