「で、どうすりゃいいんだ、これ?」颯太が床で四つん這いに固まったままの陽太を見て言った。
「結果が出るマデ、このままでしょうネ」アンナが可哀そうなものを見るような目でつぶやいた。
「結果?何の結果だ?」
「ニブいなあ颯兄。陽兄が由美ちゃんにフラれるか、捨てられるか、ダメになるかだよ」
「良い結果になる可能性を完全に排除しているね」愛子が言った。
「・・・・・今日のあれ見ちゃあなあ。兄貴なんて由美ちゃんの手を握ったことすらないはずだ」
「いくらなんでも大学生のカップルがそんな・・・」
「「「ないない」」」颯太、康太、陽向の三兄妹が揃って首を振った。
「キスならともかく、いくら何でも大学生が手も握れないって」
「土屋の血を舐めるな。そんなマネをしたら3日は熱発する」康太が言うと、颯太と陽向が重々しく頷いた。
「大体、そんなことがあったらスキップで帰ってくるな」颯太が言った。
「その後、部屋で一人ワルツを2時間は踊るわね」陽向が続く。
「・・・・・疲れ果てて倒れているところを発見されて、ベットに寝かされて3日発熱という訳だ」兄妹全員が自信を持って断言した。
「で、今までそんなことはなかったので、陽太は由美ちゃんの手を握ったことがないという結論に落ち着くのだよ、愛ちゃん」
「「土屋の人間はエロっちいことをすれば熱発する」、「陽兄は由美ちゃんと付き合ってから熱発したことがない」、「故に陽兄は、由美ちゃんと手をつないだことがない」。教科書のお手本にしたいくらいに見事な三段論法だね」陽向が腕組みしてうんうんと頷きながら言った。
「そんなの教科書に載せたら日本中の土屋姓の人が大迷惑だよ。結局このままにしておくんですか」
「まさか由美ちゃんをバイト先から拉致って来て引導渡させるわけにもいかんしなあ」
「あ、そう言えば・・・」愛子が思い出したように言った。
「・・・・・何かあるのか、愛子」
「今週のお茶会も由美ちゃん来れないって言ってたんだけど、昼までバイトでその後お買い物に行くからだって」
「だから?」颯太が首を捻りながら尋ねた。
「お買い物に行くんなら、あの赤い車の人と行くんじゃないかなあ?それを尾行してみるってのはどう?」
「なるほど、とりあえず相手が何者か調べるわけだな。よし、俺が車を出す。各人目立たない格好をして、うちに11時に集合だ」
日曜日の11時。集合した全員を前に颯太は頭を抱えていた。
「確かに俺は目立たない格好でと言った・・・・・だが、何で揃いも揃って黒装束なんだ」
「やっぱり目立たないって言ったら黒かなあっと」愛子が答えた。
「それで康太と愛ちゃんは、ジャージなわけか」
「うん、黒の服って持ってないし、ちょうど学園の運動着が黒だからいいかなあって」
「・・・・・同じく」
「あ、でもホラ。靴も黒にしたんだよ。エア・ジャーダンⅤ。レア物だよ」
「わかった、わかった。行く場所によっては激しく浮く格好だな」
「颯兄、あたしはね・・・・・」
「陽太は黒のハイネックに黒のジャケット、黒のチノパンか。鬱の文学者みたいだな」
「そういう兄貴だって黒のスーツにサングラスで、どこのMIBかと思うぞ」
「ねぇねぇ、あたしの格好はねぇ」
「やかましい。極力無視してやってるのに無理やり割り込んでくるな。大体なんだその恰好は」
「なにをいうのさ、颯兄は?これが土屋家の正装だよ」
「戦国時代ならな。平成の時代に忍者装束で街歩いてたら人だかりができるわ」
「伊賀じゃ市役所の制服だよ」
「・・・・・あそこがおかしいんだ」
「そのうち本当に伊賀から訴えられるよ」
「まあ、ここまではとりあえず全員黒だからフリーダムなお葬式の帰りと言えんこともないだろう」
「どんだけロッケンロールな人が死ねばここまでフリーダムな喪服のお葬式になるのか想像もつかないね」愛子が言った。
「問題はお前だ」颯太はアンナの前に立って言った。
「わたしデスか?」アンナは心外だという風に答えた。
「なんで不思議そうに確認するのかこっちが聞きたいわ。念のために聞くが、それは何のつもりだ?」
「目立たないタメのGRUフローラー迷彩服でありマス、サー」アンナは恥じることなど何もないと言った風情で答えた。
「アンナ、俺たちがこれから何をするのか理解しているか?」
「サー、ユミコの尾行でありマス、サー」
「それで、その迷彩服か」
「そうだよアンナちゃん。せめて砂漠≪デザート≫パターンじゃないと目立つよ」
「ちょっと黙っててくれ、陽向。そもそも迷彩服そのものを問題にしているんでな」
「デモ、これはパパからの大事なプレゼントですネ」アンナがちょっと不服そうに言った。
「プレゼントかよ。どんだけセンスないんだ、あの親父」
「ハイ、クリスマスにもらいまシタ」
「しかも、クリスマスプレゼント・・・・・」
「お願いがかなって嬉しくて嬉しくて、それを着て街を歩き回りまシタ」
「お前のリクエストだったのか・・・」
「ワタシにとっての思い出のプレゼントでありマス」
「無理やり、いい話にまとめんな」