「・・・・・うん、下道を通るようだから、フェラーリと言えどこの車でも尾行できるな。ところであれの様子はどうだ?」運転しながら颯太が聞いた。
「あれって、これのことですか?」愛子がダウンしている陽太の首根っこを捕まえて持ち上げた。
「そうだ。その『物体』のことだ」
「いやあ、もう魂全部抜けちゃってますね」
「ちっ、だらしねえな。彼女が他の男の車に乗ったくらいで」
「そんなコトいいますが、ソータだってワタシが他の男とデートしたら死ぬほどショック受けるでショ」アンナが自信満々に言った。
「いや、むしろその男に遊園地の回数券をプレゼントしたいくらいだ。お前を引き取ってくれるならな」
「フフフ、ソータのそんな強がりもかわいいデスね」アンナが幸せそうに言った。
「お前のその根拠レスな自信がどこから湧いて来るのか、脳のCT取ってみたいわ」
「ヒナタ、こういうのをツンデレといいマス。日本の伝統文化デスね」
「いいかげんに俺の話を聞くというか理解することを覚えろ、お前は」
「隊長、陽太君がピクともしていません」愛子が言った。
「とりあえず大人しくていい。錯乱してこの狭い車内で暴れられたら大ごとだ」
2台の車は距離を置かずに走っている。
「おかしいな・・・」颯太が不思議そうに言った。
「どうしまシタ、ソータ」
「いや、デートなら普通は六本木とか渋谷とかの繁華街に向かうはずなんだが、この道はどうもあまりデートにはふさわしくないような場所に向かっている」
やがて由美子たちは駐車場に車を入れた。颯太たちも慌てて近くのコインパーキングに車を入れた。
「なあ、これ本当にデートなのか?」颯太が首を捻りながら言った。
「なんでですか颯太君」愛子が訪ねた。
「だって、ここ合羽橋だぞ。飲食店用具の専門街でデートとは程遠い街だ」
「・・・・・それよりあれを見ろ」康太が指差した。一同が二人を見ると、由美子が男性の腕手を回して腕を組んで歩きだした。
「いかん、陽向。陽太の脈を確認しろ。必要ならアトロピンを100単位投与だ」
「そんなの持ってるわけないじゃん。イモリの丸焼きの丸薬ならあるけど」
「どう考えても緊急用に持つべき薬じゃなくて、倦怠期の夫婦用の薬だぞそれは」
「大丈夫みたいです。さっきの魂抜けた状態からまだ回復していないようですから、腕を組んでいるところは見ていないと思います」
「とりあえず尾行するぞ」颯太が言った。
「待ってくだサイ。尾行の時の注意事項があります」アンナが鋭い声で言った。
「いきなり何を言い出すんだお前は?」颯太が不思議そうに言った。
「はい、KGBという警備会社に勤めているアンドリアノフ小父さんから前に尾行のやり方を教わりまシタ」
「どうでもいいが、スペツナズだのKGBだの、ロクでもない一族だな、お前のところは。で、そのアンドリ何とか小父さんが何だって」
「アンドリアノフ小父さんデス。小父さんが言うには、尾行をする時は頭ではなくて肩を見ろとのことでシタ。後頭部を見つめていると視線で気付かれマス。また、途中で服装を変えられた時のために、靴を覚えておけと。服は変えても靴は変えられませんカラ」
「デートの時に尾行を想定して、いちいち服を変えたりするカップルがどこの世界にいるんだ?」
「あと、完全な尾行には車2台と人数が10人必要デスが、この人数ですカラ各人がしっかり見張ってくだサイ」
「さすがKGBだ。かなり本格的だな」
「イエ、これは日本に来て読んだ『ミスターキートン』という漫画で知りまシタ」
「KGBのアンドリアノフ小父さんはどこ行った」
「警備会社だから、そんなに詳しくないんデス」
「どうでもいいが何でスペツナズとかKGBとか名称のところは素直に言ってるのに、どうでもいいところで誤魔化してるんだ、お前の一族は?」
「なんのことデスか?」
「いや、もういい。とにかく追いかけるぞ」
「陽兄はどうすんのさ」
「康太、肩かして連れてこい」
楽しそうに店を覗きながら歩いている由美子ちゃんたちの50m後方を一同は店に隠れながら付いて行った。
「由美ちゃん、楽しそうだね」愛子が寂しげに言った。
「そうなんだけど・・・・・これデートか?」颯太が首を捻って言った。
「これだから颯兄はダメなんだよ。女心が分ってないね。好きな人と一緒ならどこだってデートになるの」
「なんで一度もデートしたことがないお前にそこまで偉そうな顔して説教されなきゃならんのだ」
「なにさ。じゃ颯兄はデート経験あるの?」
「もちろんない」
「どうしてそこまでドヤ顔で言い切れるのかなぁ?」
「なにをいいマスか、ソータ。ワタシたちの夕飯の買い物も立派なデートデス」
「ありゃ、お前が毎回尋常じゃない量の買い物するから単に荷物持ちで俺が連行されているだけだろうが」
やがて二人は一軒の店に入っていった。遠くから看板を確認したら「伊藤調理用具店」と書いてあった。
「最近の女性には、調理用具が流行りなのかい、愛ちゃん?」
「いや、そりゃボクも料理は得意な方ですけど、別に家にあるもので十分ですけど」
「・・・・・前半は聞こえなかったことにして、兄貴、こいつに若い女性の流行りを聞いても無駄だ。立ち読みでファッション雑誌よりジャンプを選ぶ女だ」
仕方がないので2人が店から出てくるのを待つことにした。30分ほどして出てきたらこちらの方に向かって歩いてきたので、慌てて近くの食品サンプルの店に入ってやりすごした。
「なんか車に向かっているぞ」
荷物は男性が持って、由美ちゃんは相変わらず男性の腕に手を組んでいる。
「よし、追うぞ」
「・・・・・兄貴、陽太兄貴が目を覚ました」
「最悪のタイミングで目を覚ましたな。陽向、ぶん殴ってもう一度気絶させてやれ」
「ええ、かわいそうだよ」
「普段は遠慮なくやっているだろうが」
「うぅん、いやあ。何か寝てたみたいで・・・・・・えっ?あれは由美ちゃん」
「ああ、また陽太君がゾンビ状態に・・・・・」
「もうどうでもいいから引きずってこい」
僕たちは車に乗り込むとまた由美ちゃん達を追った。
「あれ、この道って・・・・・帰るみたいだぞ」
やがて赤い車はメイクイーンの前に止まり、由美ちゃんと荷物を降ろして去っていった。由美ちゃんは荷物を持ってメイクイーンに入っていった。
「どういうことだ、これは?デートじゃなかったのか」
「デート・・・なはずなんですけどねぇ」
「まあ、陽太がこの様子じゃどのみちどうにもならん。俺たちも帰るか」
かくしてボクたちの尾行は何の成果もなく終わった。