これが土屋家の日常   作:らじさ

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第12話

「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」全員が押し黙っている。時間だけが流れていく。

 

「いったいあんた達はどうしたわけ?」Yukiが言った。

「・・・・・・何分だ」颯太がポツリとツブやいた。

「はっ?」

「何十分経った」

「なに言ってんの2分も経ってないわよ」

「嘘つくな。ゆうに30分は経っているはずだ」

「「時間がゆっくりと流れてゆく。今だけはアインシュタインに文句を言いたい気分。ねぇ岡部、時間は人の意識よって長くなったり短くなったりする。相対性理論ってとてもロマンチックで、とても切ないものだね・・・・・」 って昔のエラい人も言っているわ」

「そのアインシュタインとやらをブチ殺せば、相対性理論とやらでこんなに時間がゆっくりになることもないわけだな」Atsushiが言った。

「そういう問題じゃないと思うけど。だいたい本人はとっくの昔に死んでいるし」

「あぁぁぁ、どうせなら一思いに・・・・・」とYouが叫んだ時に台所から愛子の声がした「できた~」

皆の非難の目が一斉にYouに注がれた。まるで完成したのがYouのせいであるかのように。

「一思いに帰る時間までワープしてくれないものか・・・・・」Youがツブやいた。

 

「できました。みなさん」愛子がリビングにやってきてドヤ顔でいった。

「そっそうか。カレーの食べごろは3日目というから、じゃみんな明々後日に集合ということで」颯太の声に全員一斉に立ち上がった。

「何言っているんですか。今日のパーティのために作ったんですよ。それにたっぷり3日分は作っておきましたから、3日目のカレーも堪能してください」颯太がない頭をかき集めて考えたVを増やして一人当たりの摂取量を減らすという作戦も、いたずらに犠牲者を増やしただけに過ぎなかった。

「それじゃ運んできますね」愛子はご機嫌な様子で台所に消えていった。

 

「ブンチャ、ブンチャ、ブンチャ、ブンチャ」とボクは低い声でどこかで聞いた覚えのある曲を口ずさみながらお盆にカレーの入った皿を載せてリビングへと運んだ。

「愛ちゃん、今口ずさんでいる曲なんだか知ってる?」Yukiがやや青ざめながら尋ねた。

「ううん、ショパンじゃないことは知っている。荘厳でいい曲でしょう」ボクは胸を張って言った。

「モーツアルト作曲、 K《ケッヘル》626番、ニ短調よ」

「へぇ、Yukiさん物知りですねえ。で、それがなにか?」ボクは感心していった。

「一般的にはレクイエム《葬送曲》って言われているわ」

後方から「もうダメだぁ」という泣き声が聞こえてきたような気がするのは、なぜだろう?連中のことだからあまり大した意味はないだろう、気にしないでおくことにした。

「へえ、不吉な題名ですね。荘厳な曲だから合うかなって思ったんですけど」

「この連中の様子を見ているとこの上なく最適な選択と言ってもいいかも知れないわね」Yukiは周囲を見渡していった。

「それじゃ配りますね」周囲の空気を全く気にすることなくボクはカレーをテーブルに置いていった。

 

「禍々しい色のカレーだな・・・・・」颯太が言った。

「・・・・・カレーの匂いがしなかったら、誰もカレーとは思わん」康太が言った。

「地味というかなんと言うか色合いがないな・・・・・」陽太も言った。

「この上に載ってるのが干物だよね。凄い存在感だなぁ」陽向がツブやく。

「和風シーフードカレーだからね」ボクは答えた。

「愛ちゃん、この一面に散らばっている豆みたいなものは小豆?」Atsushiが尋ねる。

「ううん、隠し味のコーヒーだよ」

「全然、隠れていねぇじゃねえか」Gonが言った。

「なんでそんなものを・・・・・」Youが絶句した。

「みんなは料理しないから知らないかも知れないけど、カレーの隠し味としてコーヒーを入れたり、コーラを入れたりするんだよ」ボクは馬鹿な四人組に解説してやった。

「たっ確かにカレーにコーヒーを入れることはあるけど、あれは丸ごとのコーヒー豆じゃないと思うんだけど・・・・・」Yukiが唖然としてツブやく。

 

「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」なぜか食卓がさっきよりも静まり返ってしまった。

 

「どっどうしたのかな、みんな?せっかくの陽太君の誕生日なんだから景気良くやろうよ」

「そっそうだな。パーっとやるぞ、お前ら」

「おっおう。誕生日だしな」

「ここで祝わなきゃどこで祝うってんだ」

「そうだそうだ、一思いに殺しやがれ」

なんでこの連中はヤケクソになっているんだろう?不思議に思っているところにアンナちゃんがボルシチを運んできた。

 

「そうだ、俺達にはまだボルシチが・・・あっ・・・た・・・・・」とAtsushi。

「ボルシチボルシ・・・チ・・・・・ボルシチってこんな色だったか?」とGon

「色、なに言ってんだお前。そんな些細な問題より表面に浮かんでいるあれってもしかして納豆じゃねぇか?」Guuが指摘する。

「なっ納豆が熱せられて匂いが倍増してる・・・俺納豆食えないのに」Youが泣きを入れる。

「イッパイ作りましたカラ、たくさん食べてくだサイ」アンナちゃんが邪心のない笑顔で答える。

 

「ことここに至らばしょうがない。みな覚悟を決めて食事を頂こう。その前に食前のお祈りを・・・・・」颯太が言った。

「(この家いつからそんなことやるようになったのさ)」愛子が康太に尋ねた。

「(・・・・・たぶんカレーがテーブルに並んだ瞬間からだろう)」康太が答えた。

 

颯太が立って手を組んで頭をたれてお祈りを始めた。

 

「天主にまします御身を我ら称え、主にまします御身を讃美し奉る。永遠の御父よ、全地は御身を拝みまつる。全ての御使いら、天つ御国の民、万の力ある者、ケルビムも、セラフィムも、絶間なく声高らかに御身がほぎ歌を歌いまつる」

「アーメン。さあ、食べよう」愛子がスプーンを握った。

 

「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の天主、天も地も、御身の栄えと御霊威とに充ち満てりと。誉れに輝く使徒の群れ、褒めたとうべき預言者の集まり、潔き殉教者の一軍、みな諸共に御身を称え、全地に遍き聖会は、御身、限りなき御いつの聖父を、いと高き御身が真の御独り子と、また慰め主なる聖霊と、共に讃美し奉る」一段と大きな声で颯太がお祈りを唱えた。

「アーメン。ずいぶん長いお祈りだね。さあ、食べよう」愛子が言った。

 

「御身、栄えの大君なるキリストよ、御身こそは、聖父の永久の聖子、世を救うために人とならんとて、処女の胎をもいとわせ給わず、死の棘に打ち勝ち、信ずる者のために天国を開き給えり。御身こそは、御父の御栄えのうちに、天主の右に坐し、裁き主として来りますと信ぜられ給う。願わくは、尊き御血もてあがない給いし・・・・」

「ちょっちょっと待って下さい。そのお祈りあとどれくらい続くんですか?」

「うん?普通にやれば30分くらいで終わるが」颯太が言った。

「いいかげんにしてください。日々の糧を感謝しますアーメン。はい、これで終わりです。さあ食べましょう」

愛子が強引にお祈りを打ち切った。

 

「・・・・・ずーっとブツブツ言ってたのは、これを覚えてたのか」康太がボソっとツブやいた。


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