これが土屋家の日常   作:らじさ

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今回はつなぎの回でギャグ成分控えめです。すいません。
ちなみに作中に出てきた「多田武彦」は実在の人物で、
男声合唱の名曲を多数作曲しておられます。
「柳川」、「富士」、「父のゐる庭」(いずれも組曲)も
実在します。ぜひ一度お聞き下さい。



第14話

「という訳で改めて紹介します。私の兄の三宮龍一郎です」由美ちゃんが言った。

「どうも初めまして三宮龍一郎です。由美子の彼氏に一度挨拶したいと思ってたんです。なにしろ僕の後輩ですから」

「え、後輩ってじゃ龍一郎さんもT大だったんですか?」愛子が言った。

「そうです。もっとも僕は文Ⅰでしたけど。その後、ハーバードのビジネススクールを出て今の会社に入りました。と言ってもそれだけじゃないんです」

「というと他にも何か」

「僕も男声合唱をやってたんですよ。サークルの先輩でもあるわけです」

「えっ」今度は陽太が驚いた。

「指揮は今でもハゲヒゲかい?」

「そうです。しょっちゅう多田武彦を歌わされてます」

「ははは、多田武彦マニアは相変わらずだなあ。僕たちは「柳川」と「富士」だったけど、陽太君たちは何を歌ってるんだい」

「僕たちは「父のゐる庭」です」

「ああ、「紀の国」は名曲だよね」

陽太君は龍一郎さんが先輩ということですっかり緊張も解けたようだ。

 

「Yuki・・・・・」颯太君がYukiさんに声をかけた。

Yukiさんは、龍一郎さんを見ながら、何か考え込んでいる様子だ。

「おい、Yukiどうした。大丈夫か?」こんどはAtsushi君が声をかけた。

「えっ、ああ大丈夫よ。ちょっと考え事してたの。あの、龍一郎さん。失礼ですけど姓が三宮ということでしたけど、三宮グループと何かご関係があるのかしら?」とYukiさんが言った。

三宮グループならボクも知ってる財閥グループだ。銀行から商社、電機、造船、流通、サービス業に至るまでカバーしている。三井や三菱などの三大財閥には及ばないものの中堅財閥といった位置づけのグループだったはずだ。

「ははは、よく分かりましたね。まあ、昔風に言えば本家の若旦那、総領の甚六ってとこです」龍一郎が隠すでもなく自慢するでもなく嫌味なく答えた。こういうところが育ちの良さなんだろう。

「やっぱり、そうでしたか。いつも祖父がお世話になっております」Yukiが膝を正して頭を下げた。

「え、お祖父さんをお世話っていいますと、あなたは?」

「自己紹介が遅れました。私、結城紘一の孫の結城香と申します」

「えっ、結城のお殿様の・・・・・」龍一郎は慌てて膝を正して頭を下げようとしたのをYukiが押しとどめた。

「いえ、私はもう結城の家を勘当になっていますから関係はありませんので、どうぞそのままで」

 

「(なんか話が随分大きくなってるぞ・・・・・)」

「(何だ結城の殿様ってのは?)」

「(Yukiのところの祖父ってAtsushiが庭の池で鯉釣ってたら、日本刀振り回して追いかけ回したジジイのことだろ?)」

「(Yukiん家に遊びにいく度に一列に正座させられて、中国戦線で戦友おぶって敵中突破30kmの話を毎回聞かせやがった、あのジジイか?)」

「(あの話、今考えたら年齢があわねえんだよな)」

「(あのジジイ確か、国会議員で何とか大臣やってたって聞いたぞ)」

「(あの血の気が多いジジイがか?国会開くたびに流血騒ぎ起こしてたんじゃねえか?あのジジイ)」

 

「なあ、おいYuki」颯太が耐えかねたように言った。

「なによ」

「その、結城の殿様ってのは何のこった?」

「ああ、あたしの先祖は紀伊辺りに所領のある大名だったの」

「「「「なっにぃ~」」」」」五馬鹿に取っても初耳だったらしい。

「そこの出入り商人が、三宮さんのご先祖様で、確か備前屋とかいったかしら。で、どういう訳か家の歴代の当主と備前屋の当主が妙に気が合ってまあ幕末まで仲良くやっていたって言う話よ」

「いや、それだけじゃないですよ。明暦の大火で全財産失くしたうちの先祖に、結城の殿様が十万両を無利子無期限でポンっと貸してくれて、それでうちは立ち直ったそうですから」

「でも明治維新で殿様止めて医者になった曽々祖父の学費、留学資金から開業の費用まで三宮さんが出して下さったって聞いてるわ」

「そんなことなんでもないことです。家の家訓の第一は「結城家にことあらば全力をあげてこれに助力せよ。三宮家がツブれても構わん」ですから」

「まあ、三宮家のお蔭でうちもソコソコやれているし、今は祖父の選挙の時に応援を頼むくらいの付き合いなんだけどね」

「それくらいのお手伝いしかできないのが、歯がゆいです。これでは先祖に顔向けが・・・」

 

「「「「「「「ははぁ~」」」」」」一同はいきなり始まった日本史レベルの話に圧倒されるばかりであった。

 

「あれっ、ちょっと待って。それじゃ由美ちゃんはお嬢様ってこと?」陽向がそういうと一同の目が一斉に由美子に集中した。

「えっえ、いえ全然お嬢さまなんかじゃないですよ、私。うちはもう本当に一般家庭で・・・」

「別荘4つも持ってる一般家庭はないよ、由美ちゃん」愛子が言った。

「・・・・・一般家庭の兄はフェラーリなんか持ってない」康太も追い打ちをかける。

 

「そりゃあ実家はお金があるかもしれないけど、私はバイトでお小遣いを稼いでいるただの大学生です」由美子が言った。

「え、由美ちゃん。家からお小遣いをもらってないの?」

「ははは、我が家の方針でお金を稼ぐ大変さを身を持って知るために、大学生になったら小遣いはないんですよ」とお兄さんが愉快そうに笑った。

「そうかあ、ボクお嬢様って月100万位のお小遣いをもらって、学校の行き帰りはボディーガード付きの黒塗りの車で送ってもらうと思ってたよ」

「愛ちゃん、ライトノベルじゃあるまいし、現実にそんな人いるわけないじゃない」

 

             「ぐにゃ」

 

「なんだおい、一瞬空間がゆがまなかったか?」颯太が言った。

「・・・・・アイデンティティ・クライシスが起きたのだ。これ以上この話題に触れない方がいい」康太が警戒するように言った。


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