【土屋陽向の場合】
「・・・・・っていうことが昨日あってね」陽向が机に顔だけ出しながら言った。
「・・・・・・・・・・」
「で、マコちんにクリスマスデート誘ってもらおうと考えたわけ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「他に親しい男の子もいないし、マコちんもその方が嬉しいだろうなって思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「マコちん、何で無視してるのさ」
「・・・・・おい、アホ」
「いくらマコちんでも由香リンのことアホ呼ばわりしたら許さないよ」
「お前のことだ」
「あんたのことよ」
陽向の頭に二方向からゲンコが飛んできた。
「ダブルは痛すぎるよ、二人とも」頭を抱えて屈みながら陽向が言った。
「そんなことはどうでもいい。お前、俺が今何をやってると思ってんだ」
「椅子に座っているだけじゃん」
「何で椅子に座っていると思ってんだ」
「・・・・・えっと、立つと疲れるから?」
「授業中だからだ、バカ者」誠が思わず叫んだ。
「竜崎、うるさいぞ。授業中に騒ぐな」教師が注意をした。
「先生、俺に注意をする前に授業中にAクラスからFクラスまでやってきて騒いでいるこのアホを注意して下さい」
「ん、ああ土屋はいいんだ。授業御免状を持ってる」
「授業御免状?何ですかそれ」誠が思わず聞き返した。
「これだよ。学園長がくれたの。これ持ってると授業出なくてもいいんだって」と言って陽向は誠に紙を差し出した。
「なんだこれ?
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| 『授業御免状』 |
| 勝手にしな。 |
| 文月学園学園長 |
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あのババア、教育を放棄してやがる。こんなもの先生たちは反対しなかったんですか」
「というか、先生たちの要望で出されたんだよね」と涼しい顔で陽向が言った。
「どういう意味だ」
「あたしの機嫌が悪い時にする質問に先生たちが答えられなくってさ。みんな恐がっちゃって、できれば授業に出て欲しくないと・・・・・」
「あんたたち、それでも教師か」誠は教壇に立つ教師に向かって怒鳴った。
「竜崎これにはちゃんとした理由があるんだ」教師が厳かに言った。
「どんな理由ですか」
「俺たちは教師である前に人間でありたいんだよ」
「いいこと言ってるように聞こえるけど、全力疾走で後ろ向きに逃げてるだけじゃねえか」
「まあまあ、マコちん先生たちを責めちゃいけないよ」陽向がなだめるようにいった。
「なんでそんなに上から目線なんだ、お前は。一体どんな質問してんだ?」
「うーん、それほど大したこと聞いてるわけじゃないんだけどね。数学の先生には『フェルマーの最終定理における谷山・志村予想の位置づけ』とか、世界史の先生には『キリスト教グノーシス派におけるプラトン哲学の影響』とか、古典の先生には『連体修飾構造における主格助詞の歴史的変化について』とか」
「何を言ってるのかすら、わからんのだが」
「大丈夫。マコちんもそれぞれ大学院の博士課程で専門を取れば分るようになるから」
「そんなもんを高1の授業で質問するんじゃねぇ。ほとんど嫌がらせじゃねぇか」
「たまにはあたしも授業に参加したいんだよ」
「普通に従業受けろ、普通に」
「だって全部知ってることなんだもん。それで学園長が授業御免状をくれたわけ」
「お前の事情はわかったが、城ヶ崎はなんだ?」
「わたしは、先生がこの子野放しにすると何しでかすかわからないから付いて行けって。本当にいい迷惑よね」
「お前も授業御免状とやらを持ってるのか?」
「そんなの持ってるのは、陽向くらいよ」
「じゃ授業抜け出しちゃマズいだろう」
「やだなあ、マコちん。よく読みなよ」と言って陽向が授業御免状を差し出した。
「えっ、なになに・・・・・『一枚につき三人様までご利用可』。どこのクーポン券だ、これは」
「ああ、土屋」教師が声をかけた。
「何ですか、先生。あたしの質問を受けてくれる覚悟ができたんですか?あたし『チョーサーのカンタベリー物語に見られる中世英語におけるオイル語系統のフランス・ノルマン語の語彙の影響』について聞きたいことがあるんですけど」陽向の顔が輝いた。
「先生に脅しをかけてるんじゃないわよ、あんたは」由香子が陽向にゲンコを見舞った。
「いっ、いや。そうじゃなくて、お前は授業御免状を持っていても、竜崎は授業中だから・・・」
「大丈夫です。あたしが後で補講しときますから」
「そうか、ならいいんだ」
「いいわけあるか。なんで俺がこのアホから補講受けなきゃならんのだ。あんたもビシっと注意しろよ」
「竜崎、俺にも家庭があるんだ」
「生徒見捨てといて、何だその「俺、いいこと言った」風の顔は」
陽向がいるせいで、結局Fクラスの授業は全く進まないのであった。