これが土屋家の日常   作:らじさ

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第7話

【吉井明久の場合】

 

姉さんがリビングから僕に声をかけた。

「アキ君、ちょっとここにきて土下座しなさい」

「ちょっと待って、姉さん。いろいろと文脈がおかしい」

「ですがアキ君の顔を見てると情熱的なチュウをしたくなります」

僕は速攻でリビングの床に土下座した。ああ、背骨が伸びて気持ちがいいなぁ。

「アキ君ももう大人なので言っておくことがあります」

「なんでしょうか」

「実は我が家はキリスト教徒なのです」

これはビックリ。生まれて初めて聞いた話だ。

「初めて聞いたけど、カトリック?それともプロテスタント?」

「いえ、もっと古いシスコンニウス派という教派です」

「聞いたことないというか、いろいろと怪しげな教派だね」

「ギリシャの聖人シスコンニウスが開いた教派で、イエス様がシスコンであったと主張する一派です」

「滅ぼしてしまえ、そんな教派」

「その斬新な教義ゆえに325年のニケア公会議で異端とされた教派です」

 

なんで1700年前に異端とされたキリスト教の教派が日本に伝わったのかとか、我が家がピンポイントでそんなものの信者なのかとかツッコミたいところは山ほどあるが、話がややこしくなるのは必至なので、黙っておくことにした。

 

「何でそんな大事なことを今まで黙っていたのさ」

「バチカンのイスカリオテ機関の目を欺くためです。もしシスコンニウス派が日本に生きていると知れたら、アレキサンドル・アンデルセン神父がスキップしながらやってきちゃいます」

「いや、あの人はイギリス方面で忙しいからそんな心配はいらないんじゃないかなぁ?」

「よく分かりませんが・・・・・それはそうと、もうすぐクリスマスですね、アキ君」

「そうだね。冬休みだね」

「アキ君はクリスマスがどういう日なのかは知っていますか?」

「えっ、イエス・キリストの誕生日じゃなかったっけ?」

「それは他派の解釈です。我がシスコンニウス派では、イエス様が初めて大好きな姉さんにプレゼントをした日とされています」

「ストップ、姉さん。イエスはマリアが処女懐胎したから神の子って言われてるんで、姉さんがいたら処女もヘッタクレもないんじゃ」

「アキ君はやっぱり子供ですね。この世には処女膜再生手術というのがあるのですよ」

「キリストの奇跡を根本から否定しちゃったよ。今のは全世界のキリスト教徒を敵に回す発言だよ、姉さん」この人は、今あるものは2000年前にもあったと思ってるんじゃないだろうか?

 

「他派のことはどうでもいいのです。シスコンニウス派にとってクリスマスとは、イエス様が最愛の姉さんにプレゼントをしたことを記念して祝う日なのです」

「最愛の姉さんって」

「イエス様は姉萌えだったのです」

「そういう性癖は、そっとしておいてあげようよ」

「というわけで、シスコンニウス派はニケア公会議で異端とされたのです」

「その教派が公会議までの300年間近くも弾圧されなかったっていうことの方が驚きだよ」

「ですからシスコンニウス派にとってクリスマスとは、イエス様が姉萌えであったことをお祝いする大切な行事であり、弟から姉さんにプレゼントをする風習があるのです」

「妹しかいなかったり、一人っ子や男兄弟だったらどうするのさ」

「そんな不信心者は破門です」

「ばっさり、切り捨てちゃったよ。でも死後2000年近く自分がシスコンであったことを、世界規模で毎年祝われた日にゃあ、いくらイエス様でも人類滅亡させたくなるんじゃないかと思うんだけど」

「シスコンニウス派は懐が広いのです」

「そうなの?」

「ですから姉さんは、結婚式は白無垢を着て神前式でやるつもりです」

「いくらなんでも懐広すぎ。それ教派どころか宗教をまたいでいるから」

「アキ君がウェディングドレスがいいというなら、ウェディングドレスにしますけど」

「いや、別にそういう意味じゃないんだけど」

 

「というわけでクリスマスが近づいてきましたので、アキ君にこれを渡しておこうと思いまして」そういうと姉さんはパンフレットを僕の方に放った。

「え~っと、これって」

「アキ君が姉さんへのプレゼントを悩まないように、姉さんの方からリクエストしてあげます。姉さんは、そのカルティエの三連リングが希望です」

いろいろと人とズレてるところも多い姉さんだけど、指輪が欲しいだなんてやっぱり女性だったんだなあ。どれどれ三連リングとやらは・・・・・

「ちょっ、ちょっと姉さんこれ・・・・・」

「綺麗ですよね。やっぱり最愛の人から指輪を送ってもらうというのが、女の子の夢ですから・・・・・」姉さんは遠い目をして言った。

「いや、そんなことじゃなくて、これ僕の小遣いのほぼ1年分」なんか不穏なことを言っていたような気がするが、そんな些細な問題に構っている場合じゃない。

「ちゃんと貯金しておいて下さいね」

「無理。クリスマス4日前にいきなりこんなの見せられて1年分の小遣い貯金しろって言われても絶対無理だから」

「お黙りなさい。アキ君は、姉さんがその程度のことも考えずにプレゼントをねだったと思っているのですか?」

「何か方法があるの?」

「大阪のミナミの萬田銀次郎という偉い人が「身体で2つあるものは、1つくらい売ってもどうっちゅうことはないんじゃ」と言っておられます」

「何でそこまでしなけりゃいけないんだ」この調子ではイベントのたびに僕は身体を切り売りするハメになってしまう。

「姉への愛に生き、姉への愛に殉じるのが、我がシスコンニウス派の教義です」

「それはもうキリスト教関係ないよね」

「アキ君がいい子にしてたら、イエス様が何とかしてくれますよ」姉さんは、そう言ってニッコリと微笑んだ。

 

イエス様にそんな力があるならば、主食が塩水になってしまっている僕の食生活からなんとかしてもらいたいと、心から願った。

 

 

【坂本雄二の場合】

 

ドアに空いた窓からトレイが差し出された。

「・・・・・雄二、食事」

「翔子か。今日は何日だ」下校途中に布で口を塞がれて、気がついたらこの部屋にいた。あれから何日過ぎたのだろう。

「・・・・・そんなことはどうでもいい。大事なのはクリスマス」

「家は連休に家族で旅行に行く予定だったんだが」

「・・・・・オバ様の許可は取ってある」

「拉致の許可か?」

「・・・・・「よろしくね」って言っていた」

「あのババア。少しは心配しやがれ」

「・・・・・大丈夫、雄二は私が守る」

「俺を襲うなんて奴はお前しかいないんだが」

「・・・・・ここにいれば安全」

「ここが一番危険な場所なんだよ、いろいろと」

「・・・・・じゃ」そういうと翔子は戻っていった。

「おい、翔子。だから今日は何日なんだ」雄二の声が虚しく響いた。

 

 

【四馬鹿の場合】

 

「おい、クリスマスどうすんだ」Atsushiが言った。

「クリスマスって、誰か予定があるのか」Gonが尋ねた。

「「「・・・・・・」」」

「しょうがない、また「クリスマス記念桃鉄大会」だな」

「その前日は「天皇陛下ご生誕記念桃鉄大会」とか言ってなかったか?」

「日本人として陛下の誕生日を祝うのは当然のことだな」

「じゃあまた勝負だな。現在のところ俺が821勝、Youが754勝、Guuが608勝、Gonが121勝だな」とAtsushiが言った。

「何で俺だけそんなに勝率が悪いんだよ」Gonが言った。

「お前が毎回、水戸黄門のようにキングボンビー引き連れて歩いているからだよ」Youが答えた。

 

既に「女にモテるぜ」というバンド設立の目的を誰ひとりとして覚えていない四馬鹿であった。

 

 

そして全ての者の上にクリスマスは平等に訪れる・・・・・

 


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