これが土屋家の日常   作:らじさ

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第10話

工藤さんはキャアキャア言っているみんなの輪に加わった。

 

「ねえボクも混ぜてよ」

「そうね。土屋。愛子も入れて写真を撮りなさい」

 

ムッツリーニは文句も言わずに写真をパチパチ撮っていた。こういうところはさすがにプロだ。鼻に詰めているティッシュさえなければ。それから個人撮影に移った。どうせならこの際とばかりに女の子との2ショットを取りまくった。僕と姫路さん、僕と霧島さん、僕と工藤さん、僕と秀吉・・・・・は5枚ほど撮ってもらった。

 

ふー、こんなもんか満足満足。おや、僕の足に足が絡みつきもう一方の足が首の後ろに回されて身体が思い切り捻られて見事なコブラツイストが・・・・・イタタタタタ。

 

「美波ギブギブ。何するのさ」

「何するのさじゃないわよ。ウチとの写真がまだじゃない」

「いや、だってここにはオラウータンがいないし、美波が撮りたい相手がいないから」

「あんたまだあの話信じていたの。いいからウチと写真を撮りなさい」

「いや、もうすでにムッツリーニが撮っているよ」

 

奴がこのシャッターチャンスを逃す訳がない。僕が死んだら立派な証拠写真になるだろう。

 

「こら、土屋。こんな写真じゃなくてちゃんとした写真撮りなさいよ」

 

美波の強い希望で写真が撮り直されることになった。美波が僕の左に寄り添い腕を取っている。だが、見る人が見ればさりげなく関節を決めていることがわかるだろう。逃げだそうとした瞬間に僕の関節はヘシ折れるハメになる。身動きすらとれやしない。

 

「そろそろ工藤の撮影会をしたらどうかのう」と秀吉が提案した。

 

あやうく当初の目的を忘れるところだった。目的は工藤さんの撮影会だった。

 

「え、えへへへ。ボクの撮影会かあ。照れるなぁ」

 

いや、そもそも工藤さんが提案した撮影会なのだ、照れるもへったくれもないと思うのだが、これが乙女心という奴だろうか。

 

「じゃ、まず飛び込み台に座れ」パシャパシャパシャ。

「床に膝を抱えて座れ。もう少し顔を上げて」パシャパシャパシャ。

「寝っころがって視線をカメラに」パシャパシャパシャ。

 

なんだかんだ言ってもムッツリーニはプロだ。だんだん目が真剣みを帯びてきた。最初は照れていた工藤さんもムッツリーニの熱意に押されて真剣な顔で指示されたポーズを取る。でも思ったよりもムッツリーニにしてはエロポーズがない。奴のことだからここぞとばかりにエロポーズを指定して、ムッツリ商会で販売するものと思っていたのに。だけど、工藤さんにはエロポーズは似合わないよなあ。その辺は、ムッツリーニもやはりプロなのだろう。

 

「・・・・・よし、これで終わりだ」

「えっ、ボクこっ康太と一緒に写真撮りたいなぁ」

「・・・・・お断りだ。愛子・・・工藤愛子」

「そんなこと言わずに一緒に撮ろうよ。吉井君カメラお願い」

 

工藤さんがムッツリーニの腕を掴んで食い下がる。僕がカメラを受け取ろうと近寄った時だ。

 

「・・・・・離せ、愛子」とムッツリーニが腕を振りほどいたはずみで、工藤さんを突き飛ばしてしまった。

 

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 

あまりのことにみんな黙ってしまった。

 

「女の子に何しやがるこのやろう」雄二が激怒してムッツリーニに詰め寄った。

僕は慌てて雄二を押さえながら「雄二落ち着きなよ。ムッツリーニだってわざとやったわけじゃないんだから」と言った。

 

工藤さんが立ち上がって明らかに作り笑いとわかる声で「びっくりしたなあ。康太も彼女だからって照れなくてもいいのに」と言った。

 

「・・・・・彼女じゃない」ムッツリーニが気まずそうに言った。その瞬間、工藤さんが今まで見せたことのない大声で叫んだ。

 

「彼女だもん。ボっボクは康太の彼女だもん。名前で呼び合っているし、お昼だって一緒に食べたし、遊園地でデートだってしたもん」

 

最後の方は泣き声になっていた。

 

「康太がゴンドラの中でボクに待ってろと言ってくれた時には、とても嬉しかった。だから、ボクは待ったんだもん。1ヶ月も待ったんだもん・・・ずっとずっと待ってたんだもん」

「・・・・・いや、あれはそういう意味ではない」

「1ヶ月待ったからもういいかなと思って・・・・・そっ、そう思ったから勇気を出して」

 

工藤さんはだいぶ興奮しているみたいだ。取り乱しているようにも見える。どうしたらいいんだろうか。

 

「・・・・・愛子、落ち着いて」霧島さんが工藤さんの肩をつかんで言った。

「待ってたんだもん。だからボク、かっ彼女だもん・・・・・グス」

「・・・・・愛子」

「ずるいよ、今さら。彼女じゃないなんて・・・・・ずるいよ!」

 

パシッと軽い音が響いた。霧島さんが工藤さんの頬を叩いた音だった。みんなビックリしている。工藤さんもビックリして泣くのを止めた。

 

「・・・・・愛子のことは私が一番よく知っている。優しいところも恥ずかしがり屋のところも純情なところもそして一途なところも」

「代表、ぼっボク」

「・・・・・愛子の気持ちはすばらしいと思う。だけどそれを相手に押しつけちゃダメ」

「ちょっと待て翔子、よりによってお前がその口で言いやがるか」と雄二が叫んだ。

「・・・・・雄二、うるさい」

「ぐおおおおおお」

 

磨きぬかれた霧島さんの目つぶしが雄二の目を貫いた。うーん、今のは霧島さんが正しいと思うよ。

 

「・・・・・吉井、うるさいから雄二が邪魔しないように黙らせておいて」

「わかった。美波頼む」A組に霧島さんがいるならば、F組には美波がいる。

「わかったわ」美波が雄二に見事な腕ひしぎ逆十字を極めた。

「・・・・・騒いだら折っていい。腕2本までなら許すから」

 

僕の記憶では、人間って腕は2本しかないはずなのだが。

 

「・・・・・とにかく愛子。あなたの気持ちも勇気も認める。でも、相手には相手の気持ちがある。自分がいくら好きでも自分の気持ちを押しつけちゃだめ」

工藤さんはうつむいて「エグエグ」とえずいている。

「・・・・・そして土屋」急に矛先が向いたムッツリーニはビクっとした。

 

「・・・・・あなたの気持ちも分からないではない。でも、あなたは愛子の気持ちを知っていたはず」

 

そしてムッツリーニを見つめるとまた言葉を続けた。

 

「・・・・・愛子には愛子の気持ちがあるように、あなたにはあなたの気持ちがある。私はAクラスの代表だから愛子の味方。でも、だからといってあなたに無理矢理愛子を受け入れろとは言わない。あなたはあなたの気持ちのままにすればいいと思う。だけど、愛子の気持ちを知りながら、自分の気持ちをぼかすのは私は許せない。あなたが受け入れるにせよ受け入れないにせよ態度はハッキリさせるべき」

「俺の気持ちを聞いたことが・・・・・ギャア」

 

雄二が何かを叫びかけたが、美波が関節を締め上げて黙らせた。雄二はいいかげんに学習すべきだと思う。

 

そして霧島さんは工藤さんとムッツリーニを呼び寄せて諭すように言った。

 

「・・・・・二人とも。これ以上どうしろと私には言えない。だけど2人でキチンと話あってみるべきだと思う。見栄とか恥ずかしさとかカッコつけとか全部捨てて、本当の気持ちで話し合ってみるべき。そうすれば結果はどうであれ気持ちはスッキリするはず」

 

そしてゆっくりと僕たちの方に戻ってきて

 

「・・・・・みんな帰ろう。あとはどうなろうと2人だけの問題。私たちができることは何もない」と言った。

 

僕たちは、霧島さんにうながされるままにムッツリーニと工藤さんを残してプールを後にしようとした。

 

「・・・・・待て、明久」

 

ムッツリーニが僕に声をかけた。もしかして立ち会い人になれとでも言い出すのだろうか?やだなあ、そんなものになってムッツリーニが工藤さんを振った時に恨まれるのは僕じゃないか。ヘタしたら刺されてしまう。ここはキッパリ断ろう。

 

「・・・・・このカメラで俺を1枚撮ってくれ」

 

「断る!!!!」間髪入れず断った。よし、帰ろう。

「・・・・・いや、ちょっと待て。シャッターを押すだけだ」

「だからそんなことをして恨まれて、刺されるのは僕じゃないか」

「・・・・・何を言っているのかよくわからないんだが」

「だから立ち会い人は断ると」

「・・・・・そんなものはお願いしていない。写真を撮ってくれ」

「それならそうと最初から言ってよ」

「・・・・・最初からそれ以外言ってないのだが」

 

全く、紛らわしいことを言う男だ。僕はカメラを受け取ると写真を一枚撮ってやった。みんなのところに戻る時に振り返ると二人は床に座って話しあっていた。

 


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