【アンナちゃんの花嫁修業 華道編】
土曜日の午後、愛子、アンナ、陽向の三人は三宮家の門前で呆然と立ち尽くしていた。
「これ本当に個人の家なの?」
「公園じゃないんデスカ?」
「まるまる2ブロックは占めてるね。こんな家が本当にあるんだ。お金持ちとは聞いてたけど、こんな家ライトノベルの中に出てくる生徒会長の家くらいかと思ったよ」
「グニャリ・・・・・」空間が歪んだ気がした。
「ダメだよ、陽向ちゃん。ライトノベルの話題はタブーだよ」愛子が注意した。
「なんだか色々と変なルールがあるんだね」書く人にも事情というのがあるのである。
「色々と大人の事情というのがあるんだよ」
「で、どうすればいいんデスカ、アイコ」アンナが尋ねた。
「ここにインターホンがあるから、押してみようか」愛子が恐る恐るインターホンを押してみた。
「・・・・・はい、三宮でございますが」落ち着いた初老の男性の声がした。
「あっ、あのボクたち由美ちゃ・・・由美子さんの友達で1時に伺うことになってるんですが」
「お嬢様のお友達の方ですね。承っております。どうぞ」
「どうぞって言われてもどうすりゃいいのさ?」陽向が言うと同時に、重々しい木製の扉が自動的に開いた。
「入れってことだよね」愛子が言った。
「庭で遭難するんじゃないの?」陽向が不審げに中を覗いた。
「道があるから大丈夫デス」三人はこわごわと敷地の中に入って行った。
家の前で由美子が微笑みながら待っていてくれた。
「スゴいね、由美ちゃん。門から家まで5分もかかっちゃったよ」陽向が言った。
「あら、あたしは陽向ちゃんの家くらいが好きだな。いつも大好きな旦那さんの近くにいられて・・・・・アッ」
「「「ほほう~」」」
「いや、べっ別に陽太君のことじゃないのよ。ごく一般論で・・・・・」
「「「ほほう~」」」三人はニヤニヤしながら由美子を眺めた。由美子は顔を真っ赤にしていた。
「ところで、さっきインターホンに出たのはもしかして執事さん?」愛子が尋ねた。
「やあね、愛ちゃん。ライトノベルじゃあるまいし執事なんて日本にいるわけないじゃない」
「グニャ」再び空間が歪んだ。
「そりゃそうだね。じゃ誰なの?」陽向が尋ねた。
「あれは爺やよ。お祖父さまの代から家で働いていて、家の中のことを全部取り仕切ってくれてるの」由美子がこともなげに答えた。
「(それ執事とどう違うの?)」陽向が小さな声で愛子に言った。
「(よく分からないけど、タキシード着てるのが執事で紋付着てるのが爺やなんじゃないかな)」愛子が答えた。
「で、ユミコ。メイドさんはどこデスカ?」アンナが遠慮なく尋ねた。
「みんなして一体何なの?そんなもの普通の家にいるわけないじゃない。本当にライトノベルの読みすぎよ。うちには住み込みのお手伝いさんが3人いるだけよ」
「グニャ」再び空間が歪んだ。
「何かさっきから空間がグニャグニャしているような気がするんだけど」由美子が不思議そうに言った。
「いや、ライトノベルの話をするとそうなるんだよ、由美ちゃん」愛子が言った。
「そうか、こんな大きな家なのにメイドさんはいないのか」陽向が残念そうに言った。
「(でもメイドって、よく考えれば西洋のお手伝いさんのことじゃないのかな?)」
「(もしかして由美ちゃんって、メイド服着なければメイドじゃないと思ってるんじゃ)」
「そんなことより、早く入って」由美子が大きな玄関の入口を開けて、四人が家の中に入った。
「ワンワンワンワンワン」何か黒いものが陽向に飛びかかった。
「ひやぁ~」陽向がその黒い物体に押しつぶされた。
「あ、だめよケルベロス」由美子が言った。陽向が黒い大きな犬に押し倒されていた。
「あっ、あたし犬ダメなの。早くどけてどけて」陽向が叫んだ。
「あら、そうなの。ケルベロスが家族以外にこんなになれるのは初めてなのよ。ほら尻尾振ってるわ」
「いや、由美ちゃん。そんな悠長なこと言っている場合じゃなくて、牙向いてるよ、この犬」
「それは笑いかけているのよ、陽向ちゃん。ケルベロスが笑うなんて滅多にないのよ。よっぽど気に入られたのね」
「それはいいから、お願いだからこの犬どけて」
「あらあら、ケルベロス。こっちおいで・・・・・陽向ちゃんの上から全然どかないわね」
「顔を舐めまわすな、バカ犬」陽向が叫んだ。
由美子、愛子、アンナの3人が力を合わせてやっとのことで陽向から引き剥がした。
「ぜえぜえ・・・・・エラい目にあったよ」陽向が息を荒くして言った。
「それにしてもこの犬、ケルベロスっていうの?」愛子が尋ねた。
「ええ、子犬でもらってきて名前を決める時に、ケルベロス、バスカーヴィル、ロンダーニーニの3つの候補の中から一番可愛い名前にしたの」
「(かわいいって・・・・・・3つとも魔犬の名前だよね)」
「(ロンダニーニってブリーチの呪文に出てくる名前だよ)」
「(それを言うならケルベロスは冥界の番犬の名前デス)」
「(由美ちゃんって、ほとんど欠点がないけど致命的にネーミングセンスがないね)」
「あのさ、由美ちゃんがお店持つときには絶対にあたしたちに相談してね」
「えっ、それはいいけどどうしてかしら」由美子が不思議そうに言った。
「いいかげんにあたしの頭から足をどけろ、バカ犬」
陽向に異常に懐いてしまった大きな黒犬は後ろ足で立って、前足を日向の頭の上に乗せて嬉しそうに「ハッハッハッハ」と口を開けていた。