これが土屋家の日常   作:らじさ

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第8話

由美子の先導で三人と一匹は後に続いた。

「(どうでもいいけど腹が立つくらいに広い家だね)」

「(あたしもう何回角曲がったか覚えてないよ)」

「(ボクたちって色々と持たざる者に入れられてるみたいだね)」愛子はそう言うと、由美子とアンナの背中を見つめた。

「(思わず税務署に電話したくなっちゃうよね)」陽向が割りと本気に聞こえる声で言った。

やがて一同は渡り廊下へ出た。

「あの、由美ちゃん。外でやるの?」愛子が尋ねた。

「いえ、この廊下は生け花の部屋に行くためのものなの」

「「「生け花の部屋?」」」三人は驚いて声を上げた。

「ゆっ、由美ちゃん。生け花専用のお部屋があるの?」

「どれくらいお金持ちでも、いくらなんでもそれは・・・・・」陽向が絶句した。

「あ、勘違いしないでね。母がお花の先生をやってるから、その教室として使ってる部屋なの。生け花のためだけに部屋を造るほど贅沢じゃないわ」由美子は慌てて言った。

「そっか、ビックリしちゃったよ」

「そうだよね。専用の部屋造るなんて贅沢だよね」二人は安堵したように言った。

「でも、お兄さんはガンプラ展示用の部屋を作ったけど」由美子は小さな声でボソっとつぶやいた。

「えっ、由美ちゃん。何か言った?」

「ううん、何でもないわ。着いたわ、ここよ」由美子が部屋のドアを開けて三人を招き入れた。

 

「あまり広くナイ普通の6畳の和室デスネ」アンナが言った。

「そうだね。でも体育館みたいに広い所の真ん中で四人でチマチマ生け花するのもかえって侘しいから、これぐらいでちょうどいいんじゃないかな」愛子が言った。

「ケン、どさくさまぎれに一緒に入ってこようとしないで外っで待ってな」陽向が犬に注意を与えていた。

部屋には既に四人分の水盤や剣山、鋏などの生け花用具が準備されていた。

「じゃあ、私はここに座るので三人は対面に座ってちょうだい」由美子が座布団に座りながら言った。三人は言われた通り由美子の対面に正座した。

「三人とも生け花は初めてかしら?」

「「「初めてで~す」」」

「そう。でも堅苦しく考えなくていいのよ。なにもお免状を取ろうって言うんじゃないから私も厳しく教えるつもりはないわ。ある程度の基本は教えるけど、自由に活けてくれればいいから」由美子が諭すように言った。

「「「は~い」」」小学生のように素直にハキハキと返事をする三人であった。

「でも大事なことがあるの。お花はその人の人となりがそのまま映し出されるの。だからお花を活ける時は、集中して無心に活けてね」

「人となりデスカ。じゃあ、ワタシのお花はきっと可憐デスネ」アンナが少し恥ずかしげに言った。

「(今、アンナちゃん何か恐ろしいことを言わなかった?)」愛子が陽向にささやいた。

「(あんだけゴージャスな顔とスタイルしているのに可憐ってのは、ベルサイユ宮殿を侘びと表現するようなもんだよね)」陽向もつぶやいた。

「(ロシア人基準じゃ、アンナちゃんレベルが可憐て言うのかな?)」

「(もしかして可憐じゃなくてカレリンって言ったんじゃないかな?)」

「(カレリン?それ何て意味なの?)」

「(いや、人の名前でアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・カレリンって人)」

「(早口言葉みたいな名前だね。で、誰なのその人)」

「(ロシアの130kgレスリングチャンピオンで、オリンピック3連覇した人。「霊長類最強の男」ってあだ名がつくくらい強かった人だよ)」

「(種を超越して類レベルで強かったんだね。とりあえず凄い人だってのは分かったけど、17歳の女子高生が頬染めるくらいに憧れるかな?)」

「(だって、あのアンナちゃんだよ。宇宙CQCと狙撃の達人で、戦車運転できて、クリスマスプレゼントにお人形よりもAK47突撃銃をおねだりしたアンナちゃんだよ)」

「(そう言われれば可憐よりもカレリンの方が、アンナちゃんにはお似合いのような気がしてきたよ)」

「(でしょう?絶対にカレリンだって)」陽向が自信満々に答えた。

その時愛子とアンナの目があった。

 

「早くそうなれるといいね、アンナちゃん」愛子がニッコリ笑って言った。

「ワタシは可憐じゃないデスカ?」アンナが少し傷ついた様子で言った。

「うーん、カレリンにはまだ遠いかな」愛子が言った。

「ソウですか。どうしたら可憐になれマスカ?」アンナが尋ねた。

「今はまだ「土屋家最強の女」くらいだからね」

「???なぜ土屋家がでてきマスカ?」

「千里の道も一歩からだよ、アンナちゃん」

「なるほど、少しずつ努力して可憐になるのデスネ」

「そう、そしてオリンピック代表になって金メダルをとらなきゃ」

「???オリンピックにそんな競技ありましタカ?」

「まあ、3連覇もしてるんだからカレリンが代名詞になってるんじゃないかな?」

「わかりました。ワタシはオリンピックでロシア代表目指します」

「頑張って。ボクも応援してるよ。そしてアンナちゃんがオリンピック3連覇できたら、みんながアンナちゃんのことを「女カレリン」って絶対に呼ぶようになるよ」愛子がキッパリと断言した。

 

「あの、愛子ちゃん」由美子がオズオズと言った。

「ん、どうしたの由美ちゃん?」

「今の会話、咬み合っているように見えて、もの凄くズレていたように聞こえたんだけど」

「そんなことないよ。アンナちゃん、カレリンになりたいんでしょ」愛子がアンナに尋ねた。

「ハイ、可憐になりたいデス」アンナがニッコリと答えた。

「ほら、息はバッチリじゃん」愛子が胸を張って言った。

「・・・・・もしかしてやっぱりカレリンじゃなくて可憐だったかも」陽向が小さくつぶやいた。

 


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