「とっ、とにかく。始めましょうか」由美ちゃんが言った。
「お花は自分の右側に広げてね。一応基本だけ教えておくとお花全体を3分割して、一番先を「真(人)」、上から1/3の部分を「副(天)」、下から1/3の部分を「体(地)」と呼ぶの。そこにアクセントを置くのがポイントね。お花の長さを調節するために、そこにある鋏で切って長さを調節するの。わかったかしら」
「「「は~い!」」」
「形とかいろいろあるんだけど、とりあえずは自由に活けて頂戴」
「「「わかりました~!」」」
ボクたちは由美ちゃんに言われたとおりに持ってきた、自分の好きな花をそれぞれ自分の左側に広げた。
「バチン!!!」豪快な鋏の音がした。
「ドスン!!!」更に豪快に花を剣山に突き刺す音が続いた。
「できマシタ」アンナちゃんが誇らしげに言った。
「できたってまだ10秒も経ってないよ」愛子が言った。
「それよりあれ見てよ、愛ちゃん」陽向が言った。愛子がアンナの方を見ると高さ30cmほどのヒマワリが一本剣山に突き刺されて聳え立っていた。
「あっ、あのアンナちゃん。これは何かしら?」由美子が恐る恐る尋ねた。
「ヒマワリです。日本人が桜が好きなように、ヒマワリはロシア人が一番好きなロシア人の魂デス」
「アンナちゃんらしい豪快さだね」
「さっき「可憐」とか言ってたよね。ロシア人はあれ見て可憐さを感じるのかな?」
「由美ちゃんが生け花は人となりが現れるって言ってたけど、ゴージャスな花とスリムなボディは確かにアンナちゃんそのものかもしれないね」
「他の何者も寄せ付けないというか、聞く耳持たないというか」
二人が言いたいことを言っているなか、由美子は頭を抱えていた。
「あのアンナちゃん。他にお花は持ってきてないのかしら?」
「ハイ、ヒマワリだけデス。何か問題でもありまスカ」
「問題というか、何をどこから説明していいものやら・・・・・」由美子は額を押さえて考え込んだ。
「由美ちゃんが悩んでいるね」
「そりゃあの豪快すぎる生け花をみたら、あたしだって悩むよ」
「まあ、ボクたちはボクたちのお花を生けよう。陽向ちゃん何もってきたの」
「あたしは百合と花菖蒲。お店の人のお勧めだったんだ。愛ちゃんは」陽向が言った。
「ボクはかすみ草が好きだからかすみ草と草を少し」
「へえ、かわいい花が好きなんだね」
「本当はスミレが好きなんだけど、生け花用に売ってなくて鉢植えしかなかったんだ。引き抜くのもかわいそうだから」
「なるほど、じゃあたしたちもやろうか」
二人はそれぞれの水盤に向かって花を生けだした。由美子がアンナに掛かりきりになっていたため、自由に活けることができた。
パチンパチンと鋏の音が静かに響く。
アンナに掛かりきりになっていた由美子が二人を放っておいたことに気がついて声をかけた。
「ふたりとも調子はどうかしら」
「うん、バッチリだよ。ボクらしさが出せたと思うんだ」愛子が自身満々に答えた。
「うーん、一応生けてみたけどあまりうまくいかないや。自由に生けるってのも難しいね」陽向が自身無げに答えた。
「ふふふ、別に正式にやっているわけじゃないのだから、好きに生けていいんですよ」由美子が二人の方に向き直って、固まった。
「あっ、あの。愛子ちゃんこれは何かしら?」
「何って生け花だよ。ボクの好きなかすみ草と色が寂しいから草を少々」と愛子は答えた。
「なんか草むしりを忘れて雑草が伸びたグラウンドの片隅といった雰囲気なんだけど・・・・・」由美子が遠慮がちに答えた。
「え~?酷いなあ由美ちゃん。ちゃんと教わったとおりに人、天、地と三段階に高さを調節したのに」
「・・・・・そのせいで虎刈りの丸坊主みたいにも見えるわね」由美子は再び額を押さえた。
「だってかすみ草自体がそんなに高さがないから仕方ないんだよ。それを補うために草を長めにしてアクセントをつけたわけ」
「その草がかえって雑草感を強調してくれているわ」
「そうかなあ、侘び寂びがあっていいと思うんだけど・・・・・」
「適度の侘び寂びは必要だけど、お花だからある程度の華やかさは必要なのよ」
「愛ちゃん、侘び寂びってのは貧相ってことじゃないんだよ」陽向が非常にも確信を突いた発言をした。
「・・・・・ぐぐぐ、ボクとしてはいいできだと思うんだけどなあ」愛子は悔しそうに言った。
「アンナちゃんと愛ちゃんを足して2で割ればちょうどいいと思うんだけどな」由美子も思わず本音を漏らした。
「とりあえず、愛ちゃんのは高さが足りないから、私のお花を加えればいいと思うの」由美子はそういって愛子の作品の手直しを始めた。