これが土屋家の日常   作:らじさ

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ちょっと一休み回です。

落語の「本膳」みたいにしたかったんですが、
力量と知識が不足していました。

おかげでギャグ成分もちょっと少なめです。


第12話

「さて」由美子が対面に座って三人娘を見渡して言った。

「いよいよお茶なんだけど・・・・・」心なしか由美子の顔が暗かった。

「ボクたちは由美ちゃんの真似をすればいいんだよね」愛子が言った。

「いえ、私は主でお茶を立てて、お客様のみんなをもてなす側だから動作が違うの。陽向ちゃんはお茶ができると言っていたわよね」

「できるというか、ばあちゃんの自己流のお茶を教わったくらいだから」

「何でお茶飲むだけで、そんなに悩みマスカ?」アンナは相変わらず悩みが無さそうでなによりだ。

「そうね。じゃとりあえず最初のお茶は私が飲むから、それを真似して。その後の作法も真似してくれればいいわ」由美子は開き直ったように言った。

「じゃまず入ってくるところからね。席中に入ったら、まず床前に進み床正面に座って、扇子を膝前において一礼してから、両手を畳についたまま、掛物を拝見するの。次に、花と花入を拝見して拝見が済んだら、一礼して立ち上がって席についてちょうだい」

三人娘はにじり口の方に戻り、床の間に座って掛け軸を見た。

「これ何が書いてあるんデスカ?あまり上手じゃありまセンネ」アンナが何の躊躇いもなく酷評する。

「多分・・・・・白鳥なのかなぁ。随分薄汚いけど」愛子も同調する。

「これ多分、雁だと思うよ。月も書いてあるから。まあ、こういう下手なところが侘び寂びなんじゃないかなあ」

「あの、一応念のために言っておくけど狩野伊川院栄信という人の有名な絵なの。あと、できれば感想は心の中だけに留めておいてね」由美子が眉間を揉みほぐしながら言った。

 

「次に釜の拝見なんだけど、お点前をする人の入り口の踏込畳の前へ行って、道具畳へ進むの。道具畳では、炉の前に座って扇子を膝前において、両手を前についたまま、拝見してちょうだい。感想はくれぐれも心に留めてね」由美子が有無をも言わさぬ調子で言った。

「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」三人はいろいろと言いたいことを胸の中に収めて黙ったまま炉を眺め、その後席についた。

「次にお菓子の頂くの」由美子が和菓子の皿を4つ持ってくるとそれぞれの前に置いた。

「まず、懐から懐紙を出して・・・・・アッ」由美子がお菓子を皿からこぼすと部屋の隅に寝そべっていたケルベロスの前に転がしてしまった。犬はご褒美と思ったのか饅頭をペロリと平らげた。

「なるほど、こうかな?」陽向が皿を手に持って傾けると饅頭は皿からケロベルスの前に転がった。ペロリと犬は饅頭を食べた。

「ちょっとボクの位置からは難しいね」愛子をそういうと饅頭を楊枝で弾き飛ばした。狙いたがわず犬の前に落ちると犬はまたペロリと平らげた。

「ワタシの位置からケンが見えまセン」アンナは少し考えると、饅頭を手に持つと犬に向けて投げつけた。だが、犬はすでに3個の饅頭を食べてお腹がいっぱいになったのか、アンナの饅頭には見向きもしなかった。

それを見たアンナは立ち上がるとケルベロスの傍に行き、口をこじ開けて饅頭を押し込んだ。

「オマエが食べないと作法になりまセン」アンナは憮然として言った。

 

「あ、いや。そんな作法はないんだけど・・・・・」由美子が小さな声で言った。

「次にお茶の飲み方なんだけど。茶碗が運び出されて自分の正面に置かれたら一礼をするの。畳のへり内の前の客と自分との間に右手で茶碗を引き寄せ前の客にあいさつをしてね。

次に右手で自分と次の客の間に茶碗を置いて、次の客にあいさつをするの。右手で自分の正面の畳へり内ひざ正面に置き、主に「お点前いただきます」とあいさつをするのね。

茶碗を右手でとり左手にのせ、右手を添えて軽くおしいただき茶碗の正面を避けるために、時計の針の方向に二度まわしてからお茶を頂くの」

「ちょっと、ちょっと待って由美ちゃん。えーっと、茶碗が・・・・・」愛子が頭の中で一生懸命シミレーションし始めた。

「大丈夫よ、愛ちゃん。私の真似・・・・・(さすがにあんなことはもうないわよね)をしていれば」

「ソウです、アイコ。大丈夫デス」いつも脳天気に根拠のない自信に満ち溢れているアンナが言った。

「じゃ、今日つかう茶碗はこれね」と言って由美子が茶碗を箱から取り出した。

「由美ちゃんちのものだから、きっと高いんだろうね」

「割らないようにしないと」

 

「あら大丈夫よ。これは普段使いの奴だからそんなに大したもんじゃないわ」

「そっか、それなら安心・・・・・また随分見窄らしいというか小学生が作ったような茶碗だね」

「アッチコッチ歪みまくってマスネ」

「まあ、安いらしいからしょうがないのかな」

「ねえ、由美ちゃん。こういう茶碗っていくらくらいするのかな?」愛子が尋ねた。

「うーん、普段使っているものだからそんなに高くなくて二十万くらいかしら」

「にっにっ二十万・・・・・」愛子が思わず手から茶碗を落としそうになったのを、アンナと陽向が左右から手を差し伸べた。

「この小汚い小学生の工作みたいな茶碗が二十万・・・・・」

「黒楽茶碗というもので、渋くて好きなの」

「こういうのを渋いというんだね。あたしには侘び寂びって理解できないや」陽向が言った。

「普段使いで二十万というコトハ、ちゃんとした席ではどんなものを使っているんデスカ?」

「年一回の総茶会の時に出す、瀬戸の加藤唐九郎の茶碗かしら」

「値段聞いてもいい」愛子が恐る恐る言った。

「うーん、たぶん1500万円位かなあ」由美子が言いにくそうに言った。

 

「ねえ、お茶を花嫁修業に入れても無駄じゃないのかな。一生使う機会ないよ、多分」愛子が言った。

「ソータが理解できるとは思えまセン」アンナが自分たちの事は完全に棚に上げて同意した。

「颯兄は紙コップでお茶出しても気にしない人だしね」陽向が断言した。

 

「それよりさっそく始めましょう」由美子が促した。

二十万円の茶碗で飲むお茶は、不思議なことにいつもより美味しい気がした。

 


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