これが土屋家の日常   作:らじさ

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第13話

【アンナちゃんの花嫁修業 忍術編】

 

翌日四人は道場の板の間に合気道の道着みたいなものを着て立っていた。

「あの由美ちゃん、ここなに?」愛子が尋ねた。

「三宮流古武術の道場よ。わたしのお祖父さまが師範をやっているの。今日は、陽向ちゃんが忍術を教えてくれるというので貸してもらったの」

「由美ちゃんのお祖父さんっていうと、三宮グループの当主なんじゃ」

「先代の当主だったの。今は父に後を譲って好きな武道をやっているわ。わたしはそのお祖父さまに小さい頃から手ほどきを受けていたわけ」

「まあ、アンナちゃんは宇宙CQC 2nd Edition Version 2.07の使い手だから、忍術なんてすぐ覚えられるよ」陽向が言った。

「なんデスカ、ソレハ?」アンナが不思議そうに言った。

「薄々そうじゃないかとは思っていたんだけど、あの時は思いついたことをそのまま言っただけだったんだね」確かこの娘はクリスマスに街で颯太が不良に殴られそうになった時に不良を吹っ飛ばして誇らしげに「宇宙CQC 2nd Edition Version 2.07」と宣言してはいなかったか?

「ああ、ソウデス、ソウデス。宇宙CQC 2nd Edition Version 2.06デシタ」

「思い出してくれて何よりだけど、なんかバージョンダウンしているよ」愛子はツッコむのも面倒くさくなってそう言った。

 

「じゃ体慣らしに由美ちゃんとアンナちゃん、組手してみたら?」陽向が言った。

「じゃあ、軽くお願いしようかしら」由美子も武道家の血が騒ぐらしい。

「ハイ、お願いシマス」アンナが言った。

道場の中央に二人が進み出ると1mほど離れて正対し、礼をして構えた。

 

アンナが踏み込んで右掌底を打ち込んできたところを由美子が半身になってかわしながら、右手でアンナの手をつかみ左掌底を外側から肘に叩き込もうとした。それをアンナは左足を踏み込んで右肘を曲げて衝撃を肘で受け止める。続けて掴まれた右手首を回して由美子の腕を掴むと飛び上がって腕に飛びついた。由美子は腕を振り払って一歩後ろへ飛びのいた。

 

「なっなんか目にも止まらない攻防だね。ボク何が起こっているのかすら分からないよ」愛子が言った。

「アンナちゃんの宇宙CQCって基本的には、コマンドサンボだね。それに八卦掌を取り入れているみたい。由美ちゃんのは、古流柔術だね。立ち関節なんて今どき認められてないよ」

「なるほど・・・・・・」

「念のために聞くけど愛ちゃんわかってる?」

「いや、全くわからない。何か凄そうだなぁってのだけは伝わった」

「・・・・・まあ、いいけどさ。要するに両方とも基本技は関節の取り合いってことだよ。だから欠点といえば接近してないと戦えないってことかな。だからアンナちゃんの技は「近接格闘術」なんだよ。Version 2.07っていうのはよく分からないけど」

「そこはあんまりツッコまないであげてくれるかな、アンナちゃんだし」

「はい、終了~」しばらく二人が戦っていたら陽向ちゃんがそういって試合を止めた。

「アンナちゃん、スゴい強いわ。わたしこれでも師範代クラスなのよ」

「由美子もスゴいです。今までここまでやりあえた相手は、パパ以外にいません」

うんうん、武道家同士の清々しい称え合いだね。

 

「じゃ、アンナちゃん。忍術を教えるから開始線に立って」と陽向が言った。

「ハイ」とアンナは素直に従った。

「アンナちゃんの欠点は、まさにCQCにあるの。接近しないと戦えない。だから遠くから攻撃する忍術の技を教えてあげる」そういうと陽向は手で印を結びながら、何やら詠唱を始めた。

「鉄砂の赤壁、僧形の劣塔、灼鉄熒熒、 湛然として終に音無く。黒白の羅、 二十二の橋梁、六十六の冠帯、白狼の骸、黒鴉の朧、淵明・白峰・断地・伏犬・雲海・蒼き隊列、太円に満ちて地に縛られるべし 縛道の七十 七条空羅」そう言うと手を挙げてからアンナに向けて振り下ろした。

「・・・・・・陽向ちゃん、今のなに?」恐る恐る由美子が尋ねた。

「縛道という忍術だよ。呪文で相手を動けなくするの」胸を張って陽向が答える。

「え~と、何も変わってないように見えるんだけど」愛子が言った。

「ウっ動けマセン」アンナが泣きそうな声で答えた。

「「「ええ~っ」」」三人が同時に叫んだ。

「え~っと、ボクたちはともかくとして、なんで陽向ちゃんまで驚いているの?」

「(・・・・・いや、実は「縛道」なんて忍術ないんだよ)」

「「はぁ?」」愛子と由美子が同時に叫んだ。

「(それじゃ、今のは何だったの?)」

「(いや、ツカみのギャグでプリーチの鬼道の詠唱をやって、「なんでやねん」ってツッコみを期待してたんだけど・・・・・)」

「(この状況でツカみとかツッコミとかを期待するかなぁ?)」愛子が感心したように言った。

「(じゃ、なんでアンナちゃんは動けなくなっているのかしら?)」由美子が不思議そうに尋ねた。

「(あたしの推測なんだけど・・・・・)」陽向が言った。

「「(フムフム・・・・・)」」

「(アンナちゃんが素直すぎて、自己暗示にかかっちゃって動けなくなったんじゃないかと・・・・・)」

「(それはもしかしてバカ・・・いや、ものすごく単純っていうことじゃ?)」

「(愛ちゃん・・・・・素直って言ってあげようよ)」陽向がおばあちゃんが孫を見るような眼差しで言った。

「助けてクダサ~イ」アンナの泣きそうな声が聞こえた。

「(早く助けてあげた方がいいんじゃない?)」

「(そんな無茶な。なんでかかったのかわからないのに、どうやって助ければいいのさ)」

「(自己暗示で動けなくなったのなら、それらしいことやれば自己暗示が解けるんじゃないかしら?)」と由美子が提案した。

「(それは名案だね。やってみるよ)」

 

「じゃ、アンナちゃん。縛道を解くための解道をかけるよ」陽向がアンナに正対して手で印を結びながら再び詠唱を始めた。

「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ、蒼火の壁に双蓮を刻む大火の淵を遠天より歩むべし。散在する獣骨、尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪、動けば風、止まれば空、槍打つ音色よ、天空を駆けよ。 解道の十三 双連雷吼下」そういうとさっきと同じように両手を上に突き上げてからアンナちゃんに向かって振り下ろした。

 

「どう、アンナちゃん?」陽向が言った。

「はい、動けるようになりまシタ。陽向の忍術スゴいデス」アンナは忍術のスゴさを目の当たりに見て興奮が抑えられないようであった。

「いや、ある意味スゴいのはアンナちゃんなんだけどね」

「世界中でアンナちゃんにしか効かない忍術だわね」

 

陽向は、忍術の神秘を目の当たりにして狂喜したアンナに抱きしめられて複雑そうな笑顔を見せていた。

 


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