工藤さんはドアノブを握ったまま、たっぷり10秒はフリーズしていた。
その間に顔がたちまちイチゴのように真っ赤に染まっていった。
「やっやあ、みんな。偶然だね」工藤さんがやっとのことで声を振り絞って言った。
「偶然と言えば偶然だが何してんだ、工藤」
「・・・・・このところ終業チャイムと同時に消えると思ったけど」
「愛子、いつの間に・・・」
「愛子ちゃん、そのエプロン凄くかわいいです」
いや、姫路さん。ツッコむべきところはそこじゃないと思うんだ。
その時、奥から「おーい、愛ちゃん。お客さん誰?」と声がした。
「「「「「あっ愛ちゃん?」」」」」
背の高い男性が玄関に現れた。確かこの人はムッツリーニの2番目のお兄さんだ。
「あ、康太の友達か。愛ちゃん玄関じゃなんだから上がってもらったら?」
「そっそうですね。じゃ、みんな遠慮なく上がってこっちきて」と言って工藤さんは奥へ消えて行った。
「あれはどういうことだ」
「恐ろしい位に馴染んでいるのお」
「愛子ちゃん、なんかイキイキしてます」
「・・・私と雄二をみているみたい」
「うん、それは確実に気のせいだ。ムッツリーニは拉致監禁はされてないからな」
「まさかもう結婚したわけじゃないよね」
「そんなこと許され・・・いや、ある訳ないじゃない!!」
何でだろう。時々、美波の背景に燃え盛る炎が見えるんだけど。
「そんなことより愛ちゃんって何よ。愛ちゃんって」
「工藤さんの名前の愛子の愛称だろうね」
おや、美波の腕が僕の首と股間に回されて、そのまま首の後ろに僕の体が持ち上げられて
脊椎が限界まで曲げられる。うん、これはアルゼンチン・バックブリーカーだね・・・なんて
冷静に解説している場合じゃない。
「いたたた。ギブギブ。何するのさ」
「ウチが聞いてるのは、何で愛子が土屋のお兄さんから愛ちゃんなんて呼ばれているのかなのよ」
「そんなこと僕に聞かれても知らないよ」それより、そろそろ離してくれないと背骨が90度近くまで曲がりそうなんだけど。
美波は僕を床に放り投げた。いったい僕が何をしたというんだろう。
「まあ、玄関でこうしていてもしょうがない上がろうか」
僕たちは工藤さんの後に続いてリビングへと入っていった。
「康太なんかのお見舞いにきてもらってすまなかったね」
「ムッツ…いや土屋君が風邪で三日も休むなんて珍しいものですから」
「風邪で三日…いや、確かに三日休んではいるんだが…」
お兄さんは何とも形容し難い表情で言った。
「何かあったんですか?」姫路さんが心配そうに尋ねた。
「いや、何にもないよ。風邪だよ風邪」お兄さんが額に冷や汗をにじませながら答えた。
どうもこの兄弟は嘘を堂々とつく割には隠すのが苦手なようだ。
その時工藤さんがリビングに入ってきてお兄さんに向かって言った。
「あ、お兄さん。康太のおかゆ作ったらすぐに夕食の支度しますから」
「えっ?」お兄さんの動きが止まった。