これが土屋家の日常   作:らじさ

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最終話

「ラ~ラ、ラ~ラ、ラララララ~ラ」アンナが上機嫌でリビング中を縦横無尽にハタキをかけて回っていた。

「あの曲は「カチューシャ」ね。ねぇ、なんでアンナちゃん、あんなに上機嫌なのかしら」由美子が言った。

「完全に舞い上がってますね」愛子が言った。

「気をぬくとメリー・ポピンズみたいに浮き上がっちゃいそうだよね」

「やっぱり「あれ」のせいじゃないですかね」

「あたしも「あれ」のせいだと思う」三人はじっ~っと「あれ=左手の薬指に光る指輪」を見つめた。

「おい、アンナ。みんながお茶している時にハタキをかけるのは止めろ。お前もお茶でも飲め」颯太が言った。

「ハイ、わかりまシタ」アンナは素直にそういうと颯太の横に寄り添うように座った。

「積極性も出てきているみたいね。そんなに嬉しいのならあたしたちに教えてくれてもいいのに」

「たぶん自分から言うのが恥ずかしいので、ボクたちに気づいてもらいたいんじゃないですかね。ほら、今だって膝の上で手を合わせる時にさりげなく左手を上にして指輪見せてるし」

「乙女魂大爆発だね。下手にツッコむとトルーキンの指輪物語並みの大叙事詩を聞かされそうだよ」

「でもここまでされて聞かないのも悪い気がするわね」

「そうは言っても、地雷と知って踏みつける勇気はボクにはないよ」

「さっきから、ちらちらとこっちを見ているんだけど・・・」

 

「アンナちゃん、それ綺麗な指輪ね、どうしたの?」由美子が緊張に耐え兼ねて尋ねた。

「ヤダ、ユミコ。ワタシ恥ずかしいです」アンナが顔を手で覆った。

「ほとんどセリフ棒読みだったね」

「指の隙間からこっちを見てるよ。もっとツッコめって意味じゃないかな」

「アっアンナちゃん。それ誰かからのプレゼントなの?」

「ハイ、ソータからの結婚指輪デス」待ってましたとばかりにアンナがきっぱりと答えた。

「ブーっ」颯太が盛大に紅茶を噴き出した。

「お、お前はいうにことかいて何を言ってやがる」

「だって、ソータがリングをはめてくれましたね」アンナが左手の甲を颯太に向けて指輪を突き出した。

「お前がはめて欲しいと言ったからだろうが」

「ねぇねぇ、颯兄。左手の薬指の指輪って意味知ってる?」陽向が聞いた。

「指によって意味が違うのか?」

「そんなことだろうと思っていたけど、颯太君。左手の薬指って結婚指輪の意味だよ」

「アンナお前俺を騙したな」颯太が叫んだ。

「私は何も言ってません。どこにはめたいかと聞かれたから左手の薬指と言いマシタ。それにはめる時にソータに「本当にいいんデスカ?」と確認しまシタネ」

「ぐぐぐ・・・・・」

「まあ、どうあがいてもアンナちゃんとの結婚は規定事項だったとは言え、兄貴も思い切ったよなぁ」陽太が感心したようにいった。

「何の話だ?」

「だって、アンナちゃんと結婚するということは、あのパパが義父さんになるということだよ」

「なにぃ、あのとんでも親父がか」颯太は今更ながらに驚いていた。

「・・・・・できればロシアで生活してくれると助かる」康太が言った。

「アンナ、まさか親父に言ってないだろうな」

「昨日、Skypeで報告しました」

「なんでお前はどうでもいい時に限って、無駄に行動力を発揮するんだ。で、何と言っていた」

「トテモ喜んでくれマシタ。興奮して持っていたコップを握りつぶすクライニ」

「そりゃあ、激怒してんだ、バカ者。他に何か言ってなかったか」

「お祝いに来るそうデス」

「なにい、あのとんでも親父をロシアから出すのは、ワシントン条約違反じゃないのか?で、いつ来ると言っていた?」

「各地で活動しているスペツナズ2個中隊を集めるノニ、2日かかるから明後日の夜には家にいるヨウニト」

「特殊部隊集めて何をしにくるつもりだ、あの親父は」

「お祝いデスネ」

「お前は黙ってろ・・・・・いや、アンナ君。指輪がちょっと汚れているようだ。拭いてあげるから僕に渡したまえ」

「キッパリとお断りシマス」

「なにぃ、夫が信じられんというのか」

「妻だからソータが何を考えているかくらいわかりマス」

「(どうでもいいけど、夫婦というのはもう疑問の余地はないんだね)」

「(リミッター外れるとそうなるんじゃない)」

 

「こうなってはしょうがない」颯太がリビングの入口に向けて駆け出した。

「あ、ソータ。待ってくだサイ」アンナは手で印を組むと両腕を天に突き上げた。

「南の心臓、北の瞳、西の指先、東の踵、風持ちて集い、雨払いて散れ。自壊せよ ロンダニーニの黒犬、一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るべし 縛道の十九 追覇疾縛」詠唱を終えると両腕を颯太君に向かって振り下ろした。

「ぐおぉ、アンナ何をした。体が動かん」颯太が叫んだ。

「ふふふ、花嫁修業の成果 縛道デスネ」アンナが不敵に微笑みながら言った。

「どこの新婚家庭にこんな技が必要なんだ」

「少なくとも我が家では、必要です。ソータは都合が悪くなるとすぐ逃げマスカラ」

 

「ねぇ、陽向ちゃん」愛子が言った。

「なに?愛ちゃん」陽向が答えた。

「「縛道」って忍術、本当に無いの?これで身近にその術にかかる人が3人も出たんだけど」

「いや、本当に無いはずなんだけど、あたしも自信なくなっちゃった。こんど伊賀に帰った時に、秘伝書をひっくり返してみるよ」

 

「とりあえずこの術を解いてくれ、アンナ君」

「時間がなかったので解道までは修業してまセン」

「なにぃ?どうするんだこれ」

「とりあえず、明々後日パパが来るまでそのままでいてくだサイ」

「ばか言うな。とっとと解け~」

 

颯太の喚き声を完全に聞き流しながら、アンナは左手の指輪にウットリと見とれていた。

 


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