「ははは、何を言うんだ愛ちゃん。弟の彼女にそんなことさせられるわけないじゃないか。
お袋ももうすぐ帰ってくるし、俺たちに気をつかわなくていいんだよ」声が震えていた。
この反応をみるとお兄さんは既に工藤さんの「あの」料理を食べた経験があるようだ。
「あ、でも裕ちゃんは今日遅くなるからみんなの食事お願いねって、昨日頼まれちゃったんですけど」
「・・・・あの、ババア。ちょっとゴメンね愛ちゃん。お袋叱っておくから」
お兄さんは部屋の隅に行くと携帯を取り出し凄い勢いでボタンをプッシュした。
「・・・・・ババアてめえ何してやがる。早く帰ってきて晩飯を・・・無理?何でだ。ハアッ今札幌にいる?
あんた何してるんだ。えっ、SWAPのコンサート?いい歳してアイドルの追っかけなんかしてんじゃねぇよ。
晩飯どうすんだよ。愛ちゃんにお願い・・・いや、それを問題にしてんだよ。
そりゃ、愛ちゃんはとってもいい子だけど、あの料理だけはいくら何でも(小声で聞こえなかった)。
愛ちゃん泣かすなって泣きたいのはこっちだ。えっ、キモタクがそろそろ部屋に戻ってくるから切る?
あんた一体何をしてんだ?ちょっと待てババア俺の話を・・・・・」
よく話が聞こえなかったが、ムッツリーニの才能がお母さん譲りだというのがなんとなく分かった。
お兄さんの顔色がこころなしか青くなっているのは気のせいじゃないことは、
あの屋上ランチで地獄をみた僕たちがよく知っている。
工藤さんの料理は何と言うか、姫路さんとは別の意味で個性的なのだ。
「あ、お腹空いているなら、すぐに・・・」
「大丈夫!!」お兄さんは間髪入れず力強く断言した。
「俺は全然お腹空いていないから、愛ちゃんは愛しい康太の食事の準備を最優先してくれ」
何か良いこと言ってるようだけど、今確実に病気の弟を生贄にしたぞ、この人。
「親父が帰ってくるまでまだ時間があるからゆっくりでいいよ」
「あの、圭君は今日接待で遅くなるから、残念だけど晩御飯はいらないって」
「接待ぃ~?」
「はい、買い物前に圭君から電話があってボクがでたら「おぉ、今日も愛ちゃんが来てるのかぁ。
じゃ、おじさん残業無しで速攻で帰らなきゃな、ワハハ」って言ってたんですけど。
「晩御飯、圭君の好きなもの作りますから、何がいいですかって聞いたら、しばらく沈黙があって、
おどおどした声で「・・・あっちゃ~、忘れてたわ。今日は大事な接待があったんだ。
愛ちゃんごめん今日は遅くなるから晩御飯はいらないわ。外で食べてくるからくれぐれも
僕の分なんか作らなくていいからね。じゃあ」と言ってすぐに電話切っちゃいました。」
再び、お兄さんの顔が険しくなった。
「愛ちゃん、ちょっとごめんね」というと、また部屋の隅に行くと携帯をプッシュした。
「・・・おい、親父あんた何してんだ。接待?経理部が誰を接待すんだよ。
愛ちゃんが料理を作るからって逃げてんじゃねえよ。とっとと帰って来い。このままじゃ
一人分が増えるじゃねえか。日頃家族は助け合うことが必要だって言ってただろ。
えっ?もう一つの家訓に自助努力がある?嘘つくな。今、作っただろう。大体あれは努力
してどうなるもんでも・・・おい、もしもし、もしもし・・・」
何やらいろいろと大変そうだけど、どうもこの家族は仲がいいように見えて基本的なところで
Fクラスに似ているような気がする。自分が助かるためには、平気で仲間を売るところなんかそっくりだ。
「はぁ~」お兄さんは魂が抜けたような様子でフラフラとソファーに座り込んで頭を抱えた。
「俺と兄貴だけかよ」
「あ、いえお兄さんは・・・」事情を全く理解していない工藤さんが明るく言った。
「あっ兄貴まで何かあったのか?」既に顔面が蒼白になっているけど大丈夫だろうかこの人。
「いえ、何かあったという訳じゃないんですけど、ボクが食材の入った買い物袋下げて帰った時に会ったんですけど、
「俺はしばらく旅に出る」って言って玄関から出て行っちゃいました。」
「・・・兄弟の縁を切ってやる」お兄さんはそう言うのがやっとのようだった。
姫路さんの料理は食べた人間の命を危なくするだけだが、工藤さんは料理をするというだけで
一つの家庭を崩壊させてしまった。さすがは工藤さんと言わざるを得ない。