電車を降りて家へと向かう。途中で騒動が起きないことを祈っていたが、存外大人しかった。アンナが途中途中で店などの説明をしているのを大人しく聞いていた。
「ただいま~」陽太がドアを開けてアンナ一家を家の中に案内した。
「ほほう、これが君の部屋か」
「なかなか、大きい。日本は家が狭いと聞いていたが、そうでもないようだな」
「いえ、これ丸ごとで家族の家です」
「・・・・・・なかなかいい家だ」
「必要なものにすぐ手が届く」
その時に母の裕子が台所から出てきた。
「あら~もう着いた・・・・・ハッ」
いきなり出てきた母に驚いたカリーニン父子が反射的に胸のホルスターから銃を引き抜いて向けた。だが、その時には既に母は横っ飛びに飛んで射線を外し、手にしていた菜箸を二人に向けて投げ放っていた。
「・・・・・うう」菜箸が手に刺さり二人は銃を取り落とした。
「わわ、お母さん。何するのさ」
「だっていきなり銃向けられたら普通はああするでしょ」
「・・・・・普通の人間は立ち尽くすか叫ぶと思うんだが」
「アンナちゃんのお父さんと弟さんの手に箸が刺さっているよ」
「まぁ、大変絆創膏を・・・・・」
「絆創膏じゃどうにもならんだろう」
「後、うちにあるのはイモリとナメクジを煎じた軟膏くらいだけど、外人さんにも効くのかしら」
「日本人でも遠慮したい薬だね」愛子がボソっと言った。
「とりあえず絆創膏でいいから貼りましょう」話が進まないので由美子が強引に話を進めた。
「本当にすいませんね。いきなりマテバとベレッタを突きつけられたら驚いちゃって、気がついたら体が勝手に動いちゃいまして」
「・・・・・あの瞬間に銃の種類まで」
「だからと言っていきなり菜箸投げるなよ」陽太が怒って言った。
「だって、追い忍かと思ったんだもの」
「あのねぇ。母さんたちが伊賀と甲賀の里を駆け落ちしてきた話は何百回も聞かされてきたけど、今更追い忍なんてかかるわけないだろ」
「そんなことないわよ。伊賀の追い忍係の鈴木さんはたまにいらっしゃるじゃない」
「鈴木さんは公務員で住民課なの。東京出張のついでにうちに寄ってるだけだろう」
「甲賀から来るかもしれないわよね」
「実家とお中元お歳暮のやり取りして盆に里帰りして、法事にも律儀に出ているのになんで今更追い忍飛ばすんだよ。俺たちが小学生の頃は伊賀と甲賀で交互に夏休み過ごしてたんだぞ」
「それもそうねえ」母はのんびりと言った。
「裕ちゃん凄いなあ。人間技じゃないよ」
「そりゃお母さんは甲賀で100年に1人の忍者と呼ばれていて将来を嘱望されてたから」
「え、そうなの?」
「そりゃ頭領候補の最筆頭だったんだから」
「女性なのに?」
「伊賀は嫡子が継ぐけど、甲賀は実力主義だから女でも頭領になれるの」
「なんで駆け落ちを・・・・・」
「駆け落ちというか、頭領になりたくないからお父さんを引きずって東京に逃げてきたんだけどね」
「無理やりロマンチックな話にまとめちゃったわけだね」
「あたしには他にあった道があるんだとか言ってたらしいよ」
「コンビニ首になったニートみたいなセリフだね」
「そういえば裕ちゃんと圭君ってどうやって知り合ったの?伊賀と甲賀じゃ水と油だと思うんだけど」
「愛ちゃん、古いなあ。今どきそんなこと言ってたら忍者の里も生き残れないんだよ。お父さんたちは「忍術協会の青年部」で一緒に活動してたんだって」
「何をする団体なのか、想像もつかないんだけど・・・・・」
「まあ、サークルみたいなもんじゃない?」
「忍者がサークルって・・・・・」
「出会いが少ないからねぇ。あたしもこっち出てきてよかったよ」
「何かいい出会いがあったの?」愛子が目を輝かせて尋ねた。
「いや、可能性は広がったかなあって」
「いや、それにしても奥さんの技術はすばらしい」父が手当を受けながら言った。
「別に考えてやってことじゃなく、体が勝手に動いたことですから」
「戦場では、それこそが大事なのです。ぜひ我が部た・・・校で教官をやって頂きたいものです」
「それは褒めすぎですわ。お父様こそ銃を抜く手の早かったこと。射線を外すのがあと0.1秒遅れていたら打ち抜かれていましたわね」
「いやいや、お恥ずかしい」
「あれはなに?」愛子が尋ねた。
「よくわからないけど達人同士の腹の探り合いじゃないのかな?」陽向が答えた。