「アンナちゃん、お風呂入ったら?」裕ちゃんが声をかけた。
「ありがとうございマス。ソースケお風呂入りマスヨ」アンナちゃんが宗介君に言った。
「いや、別にいちいち俺に断らずに勝手に入ってくればいいじゃないか?」宗介君が不思議そうに答えた。
「ハイ。だからお風呂場に行きまショウ」
「なんで姉ちゃんが風呂に入るのに、俺が風呂場に行かんとならんのだ」宗介君が不思議そうに言った。最もな疑問である。
「もちろん一緒に入るからに決まってマス」アンナちゃんが、この弟は何を言い出すのかというような顔をして言った。
「ちょっ、ちょっとアンナちゃん。一緒に入る気なの?」ボクが尋ねた。
「ハイ、ソースケは日本のお風呂に慣れてませんネ。だから一緒に入って教えてあげマス」さすがアンナちゃんだ。自らの決断に微塵の疑問も持っていない。
「ばっ、馬鹿を言うな、姉ちゃん。昔から男女七歳にして席を同じゅうせずと言ってだな・・・・」どうでもいいけど、どうしてカリーニン家の連中って、こういう難しい言い回しや格言は知っているのに、普通の日本語が限りなく怪しいんだろう?
「お風呂を同じゅうせずとは言ってませんネ」アンナちゃんは動じない。
「席すら一緒じゃいけないって言っているのに、風呂が同じで良い訳ないだろうが」
「男女じゃありません、姉弟です。『自らを省みて直くんば、千万人といえども我ゆかん』という言葉もありマス。何も恐れることはありマセン」いや、たかがお風呂に入るのに、そこまで壮大な決意をしなくてもいいと思うんだよね。
「恐れているんじゃなくて、恥ずかしがってるんだ」宗介君が叫ぶ。
「それならなおさらデス。いずくんぞ姉弟の間で何の隠し事がありましょうやデス。ちなみにこれは文法的に二重否定と言って・・・・・」
「そんな知識はいらん」
「あのね、宗介」復活した陽向ちゃんが宗介君に声をかけた。
「ひな姉ちょうどいい。アンナ姉ちゃんを止めてくれ」宗介君が陽向ちゃんにすがるように言った。
「いや、悪いけどアンナちゃんが決意したんだったら、誰も止めきれないと思うよ。時間の無駄だから、さっさとお風呂に入ってきな」陽向ちゃんが冷たく突き放した。
「寝言はもういいデス。後につかえてマスカラ、さっさとお風呂に入りマスヨ」宗介君の思春期男子の淡い恥じらいが寝言の一言で片付けられてしまったのは、同情を禁じ得ない。
「いや、俺はシャワーでいいから、姉ちゃん止めて・・・・・」アンナちゃんが宗介君の襟首を捕まえてお風呂へと引きずって言った。
「大丈夫かな、あれ。宗介君トラウマになるんじゃ・・・・・」ボクは陽向ちゃんに尋ねてみた。
「いいんじゃない?アンナちゃんの美乳Gカップを拝めるだけでも目福だよ。シスコンだし」陽向ちゃんが人事のように答えた。弟分のはずじゃなかったのだろうか?
「陽向ちゃん、言ってることが単なるエロ親父だよ。でも今までのところ宗介君にシスコンの気配が見えないんだよね」
「そうだね。どちらかというと超絶ブラコンの姉に振り回されている弟って感じで・・・・・」
「アンナちゃん、なんで宗介君がシスコンだと思ったんだろう」
「うーん、相対速度の問題じゃないかな」陽向ちゃんが不可解なことを言い出した。
「何で物理学が?」
「いや、例えば止まっている電車と時速300kmで走っている電車がすれ違ったとすると、時速300kmの電車に乗っている乗客からは止まっている電車の方が時速300kmで走っているように見えるというやつで・・・・・」
「つまり、超絶ブラコンを自覚していないアンナちゃんから見れば、宗介君の方が超絶シスコンに見えるってことかな」
「いや、そういう可能性もあるってこと。なんせアンナちゃんだし」
「アンナちゃん、だからねぇ・・・・・」かなりムチャクチャな理屈だけど、ボクは何となく納得した。
「愛ちゃんも今日は泊まって行きなさいな。ご自宅には私から電話しておくから」裕ちゃんが言い出した。
「ほへ?ボクも泊まるんですか?」
「ええ、だって明日アンナちゃん家族の観光に付き合うのに、明日また来るのは面倒でしょう」なぜか裕ちゃんは、アンナファミリーの日本観光にボクが付き合うと思いこんでいるらしい。
「あの~、観光にボクも付き合うんですか?」ボクは確認してみた。
「ええ、陽向と二人でガイドお願いね」
「久しぶりの家族団らんなんだから、3人で行かせてあげた方がいいんじゃないですか?」
「そうねぇ、第二次日露戦争開戦を覚悟するならそれでもいいんだけど。あの3人じゃどんな国際問題を起こすやら」裕ちゃんはあくまでも真面目だった。
「えーっと」ボクも頭の中でいろいろシミュレーションしてみた結果・・・・・
「ボク、どこに寝ればいいんですかね」結論が出た。
「陽向の部屋で寝ればいいわよ。まあ、別に康太のベッドで一緒に寝ても私は構わないけど」やっぱり本気の顔だった。
「じゃ、ソータ寝ましょうカ」アンナが言った。
「俺はどこに寝ればいいのだ」宗介が言った。
「もちろんお姉ちゃんと一緒にデス」アンナが当然という顔で言った。
「一緒にってベッドは一つしかないじゃないか」宗介が抗議した。
「ちゃんと2人寝れマス」
「風呂に一緒に入った上に、ベッドまで一緒でたまるか」
「ソースケはワタシと一緒に寝るのは嫌デスカ?」アンナが目をうるませて上目遣いになって言った。
「だっ、だからその目は止めろって言っているだろう」宗介はアンナのこの目に弱いのである。
「仕方ないなあ」渋々といった感じで、だがどこか嬉しそうな様子で宗介がベッドに入ろうとした。
「ドガっ!!」いきなりドアが蹴り開けられた。
「宗介なにしてんのさ。寝るよ」陽向が言った。
「いや、もう寝るところなのだが」
「なにバカなこと言っているのさ。今晩はあたし達姉弟の3人で一緒に寝て絆を高めるんだよ。そのために由美ちゃんからケンのお泊りの許可をもらってあるんだから」よく見ると陽向の傍らにはケルベロスが侍っていた。
「さあ、あたしの部屋に行くよ」陽向が部屋にズカズカと踏み込んで宗介の首根っこを掴んでひきずり出した。
「ワウ」ケルベロスがこっちだという風に顔を振った。
「いや、今日は久しぶりにアンナ姉ちゃんと。というより何で俺は犬に兄貴風を吹かせられなきゃならんのだ」
「そりゃ、あんたが末弟だからだよ」陽向が宗介を引きずりながら言った。
「えーっと、陽向ちゃん。ボクはどこに寝ればいいのかな」
「あっ、愛ちゃんはアンナちゃんと寝てね」
「そこの女、なんとかしてくれ」宗介君がボクに縋るように言った。
「いや、ボクに言われても困るなぁ。姉弟の問題は姉弟で解決してくれないと」
「姉弟じゃねぇ」宗介君はその言葉を残して陽向ちゃんの部屋に消えていった。
「なにがあったのデスカ」アンナちゃんが状況を理解できずに尋ねた。
「まあ、いろいろあるんだよ。もう遅いから寝ようか、アンナちゃん」これ以上問題をややこしくしたくないボクは言った。