それでも何とかかんとか電車を乗り継いで中野にやってきたボクたちだった。その途中で颯太君が4回ほど頭に銃を突きつけられたのは、まあ大したことじゃないだろう。人間は何事にも慣れる生き物なのだ。
「うわぁ~、このビルいっぱいにオタク臭が漂っているね」
「まあ、大元はこの店というかこの店群なんだけどね」陽向ちゃんがいう。
そう、ボクたちは知らなかったのだ。アンナちゃんが気軽に「せんだらけ」というから、単なる一軒のお店だろうと思っていたら、ジャンル別に20を超えるお店が、ビルの1階から4階まで散らばっていただなんて。
「オタクというのは業が深いものなのだな」颯太君がしみじみと言う。
「それにしても・・・・・あれどうすんの?」
律儀に各店舗でたっぷりと捕まっていたカリーニン家御一行様が、冬の昆虫のようにへばりついて動かなくなった場所。そう「フィギュア」の展示棚の前である。
「アンナちゃんはまあ予想がついていたけど、アンナパパや宗介まで黒人少年状態になるってのは想定外だったね」陽向ちゃんが言った。
「一体何を見ているんだ」颯太君が偵察に向かった。
「もう、ドキドキプリキュアがフィギュアになってマス。まだプリキュア5もコンプリートしていないノニ・・・・・」アンナちゃんがつぶやいている。
「・・・・・俺の記憶じゃ、あれ全部で10人以上いるんじゃないのか?全部集めるつもりかよ」もちろんそんなツッコみがアンナちゃんの耳のフィルターを通過するはずもない。
「ふむ、やはり『真希波・マリ・イラストリアス』が一番ですね。特にこの真中のものは、腰のくびれ具合といいバランスといい至高と言える。原型師は右藏さんに違いありません。制服姿も捨てがたいのですが、やはりプラグスーツが・・・・・」アンナパパが何やら真剣にフィギュアを凝視している。
「いい歳してどんだけエヴァに詳しいんだ、あんたは。何だその原型師ってのは」
「・・・・・ペカチュウ」宗介君がツブやきながらポキモンのフィギュアを凝視している。
「なんのかんの言ってやっぱり10歳のガキなんだな。人の頭に銃を突きつけやがるが」
「どうだった?」ボクが尋ねた。
「まあ、いろんな意味で日本文化を堪能しているようだ。というか俺より遥かに詳しいぞ、あの連中は」颯太君が答えた。
「いや、そういう意味じゃなくて。もうこのビルだけで2時間以上時間を使ってるんだよ。放っておいたら1日ここで終わっちゃうよ」陽向ちゃんが言った。
「冷静に考えたらこの後、乙女ロードに秋葉だろ。ここで観光の全日程を済ましても大して変わりないんじゃないか?」
「そんなことしたらただでさえカオスのカリーニン家の日本のイメージがますます酷いことになるよ」ボクが主張した。
「乙女ロードと秋葉で修正できるとは思えんのだが、というかカオスに拍車をかけるだけじゃないか?」
「とりあえずあの3人を引き剥がすよ。愛ちゃんはアンナちゃん。颯兄はパパ。あたしは宗介を引き剥がすから」陽向ちゃんが宣言した。裕ちゃんのオールコートマンツーマンの威力が発揮する時がやってきたのだ。
「・・・・・あの」颯太君が言った。
「「「・・・・・・」」」
「お三人様。ご堪能中のところ申し訳ありませんが、そろそろ次に行かないとお時間が・・・」
「「「・・・・・」」」
「なんでそんなに卑屈なのさ」陽向ちゃんが言った。
「ほぼ100%の確率で、頭に銃を突きつけられるからだ、バカ者」
「「「・・・・・・」」」
「しょうがない。やるよ・・・・・ソレ」とボクが号令をかけて、3人を棚の前から引き剥がした。
「待ってくだサイ。まだ、ゆっくり見てまセン」アンナちゃんが叫んだ。
「30分以上も見ていれば十分だよ」ボクが答えた。
「待ちたまえ。今。『真希波・マリ・イラストリアス』の制服がいいかプラグスーツがいいか決めていたところなのだ」
「買うつもりだったのかよ、おっさん」
「・・・・・ペカチュウ」
「あとでコンビニでカード買ってあげるから」
何だか異国で外人さんを拉致するギャング団のようなボクたちだった。
ブツクサ言いながら後ろをついてくるカリーニン一家を無視して、僕たちは電車で池袋に向かった。
「で、その乙女ロードとはどこなんだ?」颯太君が言った。
「ボクも知らないんだけど、何となく人に尋ねちゃいけない気がする」ボクの中のゴーストがささやいている。
「アンナちゃんが知っているんじゃない?」陽向ちゃんが言った。
「みんなこっちデスネ」陽向ちゃんの言う通りだった。あの迷路のような池袋の駅をアンナちゃんは自分の家の庭のように全く迷いなく進んでいった。
「ところで前から気になっていたんだが、なんで『乙女ロード』なんだ?」
「女の子がいっぱいいるからじゃないですかね」
「少女漫画の専門店がいっぱいあるのか?」
「さあ?それはなんとも」金魂が愛読書のボクに聞かないで欲しい。
「それはね」陽向ちゃんが胸を張っていった。
「少女漫画というよりも腐女子専門のBL本のお店がいっぱいあるからなんだよ」
「婦女子?」
「BL本?」
「婦女子じゃなくて、腐った女子と書いて『腐女子』、BLってのはBoys Loveの略で、簡単に言えば美少年の同性愛物の同人誌のことだね」
「どっ、同性愛ってお前。そんなの需要あるのか?」颯太君が驚いたように言う。
「バカだなぁ、颯兄は。『ホモが嫌いな女の子はいない』んだよって」
「そうなのか?愛ちゃん」ボクはヘッドバンキングのように首を横に振った。
「いや、由香リンが力説してたんだけどね。おまけにこれは名作だからぜひ読めとか言って『桜の木の下で貴様を待つ』とかいう本まで貸してくれた」なんか優子がその本のことをどうこう言っていた気がするんだけど。
「お前の数少ない友達をどうこう言うつもりはないが、友達は選んだ方がいいぞ」颯太君が言った。
「それよりまさかアンナちゃん、そのお店にパパたちを連れて行くつもりじゃ・・・・・」
「あの全く迷いのない足取りはそうなんだろうな」
「そんな店にパパたち連れていったら、パパショック死しちゃうよ」
「これはいかん」颯太君が3人に近づいていった。
「そういえば近くに大きな水族館があるんですよ、そこに行きましょう」
「ソータ、乙女ロードはどうしマスカ?」
「ええぃ、お前は勝手に行って腐ろうが発酵しようが好きにしてこい」
「BL本の素晴らしさをぜひパパたちに教えようと・・・・・」
「親の寿命を縮めたり、弟を違う道に進ませたいのかお前は。とにかく2時間後にいけふくろうの前で待ち合わせだ」
ボクたちは強引にアンナちゃんとパパたちをわけた。アンナちゃんはブツブツ言いながらも嬉しそうに人混みの中に消えて行った。