これが土屋家の日常   作:らじさ

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第17話

2時間後、ボクたちはいけふくろうの像の前でアンナちゃんを待っていた。

アンナちゃんは5分くらい遅れて、手に一杯の本の詰まった紙袋を下げて現れた。

「遅い、どれだけ待たすのだ」颯太君が言った。

「時間どおりデス」アンナちゃんが答えた。

「待ち合わせから5分も遅刻しているぞ」

「ロシアでは1時間からを遅刻といいマス。日本人は神経質すぎます」

「お前らが大まかすぎるのだ」颯太君が怒鳴った。

「豪快にも程があるね」陽向ちゃんが言った。

「で、そんなに一杯、何を買い込んできたのだ?」

「やおい本です。新作が沢山出ていて選ぶのが大変でした」

「やおい本だぁ?」

「やおいとはヤマ無し、オチ無し、イミ無しの頭文字で、主にBLを・・・・・」アンナちゃんが得意げに言った。

「やおいの解説しろとは言ってない」颯太君が袋の中から一冊を取り出して頁を開いた。

 

「おっ、お前これは」思わず落とした本を取り落としたのを、アンナパパが拾って目を通し、これまでに見たことが無いような厳しい顔をして言った。

「アンナ、こんなものを買ってくるなんてどういういつもりだね」そう言って銃を取り出すと・・・・・颯太君の頭に突きつけた。

「ちょっと待て、親父。なんでアンナを怒るのに俺の頭に銃を突き付けてるんだ」

「いや、これは失礼。つい、条件反射で・・・・・」アンナパパが言い訳をする。

「条件反射になるくらいに人の頭に銃を突き付けてるんじゃじゃねぇよ」颯太君がブツブツと言う。

「アンナ、パパはお前をこんな本を買うような子に育てた覚えはないぞ」アンナパパの厳しい叱責の声が響く。

「すみマセン・・・・・」アンナちゃんがしおらしくシュンとして言った。

「何だ、この本は。肌色成分は少ないし、バックのヌキも甘い」

「ちょっと待て、親父。そんなこと以前にもっと他に注意する点があるだろうが。何だその編集者が新人マンガ家にするようなマニアックな説教は」颯太君が怒鳴った。

「デモ木上イ憂子先生の本はストーリーが毎回素晴らしいんデス」

「木上イ憂子って・・・・・もしかして優子とか、アッハハ、まさかね」ボクが乾いた笑いを出す。優子の趣味のど真ん中の雑誌というところに一抹の不安を感じたのだ。

「それより、ヤマ無し、オチ無し、イミ無しの本のストーリーってなんだろうね?」陽向ちゃんが言う。そりゃそうだ、ストーリーがあったら意味があるものね。

「宗介はどう思う」アンナパパが宗介に本を渡した。

「そっ宗介君にはちょっと早いんじゃないかな」ボクが慌てて止めたが遅かった。宗介君は興味なさげにパラパラとめくると

「Bチームのディチャーチンとイワンみたいなことやっているだけじゃないか」と言った。

「あんたの部隊はどんだけ風紀が乱れているんだよ。本当にロシア最精鋭部隊なのか?」

「部隊とは何のことかな?私は教師で、学校で教えているだけだが」アンナパパは動ぜずに言った。

「何がどうあってもその設定を最後まで引っぱるつもりなんですね」ボクが呆れて言った。

 

「とにかく親として娘がこんな本を買っていることを怒れ」

「颯太君、人の趣味にとやかく文句をつけるのは野暮というものだ」

「趣味の範囲が広すぎるだろうが。アンナの場合、野球やっているのにストライクゾーンがサッカーゴールぐらいあるぞ」

「まあ、どんなものであれ趣味を持つのはいいことだ。無趣味で無骨な私には熱中できるものがあるアンナが羨ましいよ」アンナパパが言った。

「さっき、せんだらけで『真希波・マリ・イラストリアス』のフィギュアを買うのに30分も悩んでたろうが、あんたは。ナチュラルにプラグスーツなんて専門用語まで口に出しやがって」

「あれはあの人形の造形美に魅せられていたのだ」

「単にフギュアに興味を持った奴が、造形師とやらだ誰かまで見抜けると思ってるのか。どんだけフィギュアを見倒してれば、そんなの分かるんだよ」

「紳士の嗜みに対する日ロ間の文化の違いだな」アンナパパも負けてはいない。

「いきなり比較文化人類学レベルに話を大きくしてんじゃねぇ。小僧、お前はどう思う」いきなり宗介君に話をムチャ振りする。

「・・・・・ペカチュウ・・・・・欲しかった」

「アンナが人の話を全く聞かないのは、家系だということだけはよくわかったよ」颯太君は呆れたように言った。

 

「で、アンナこの後はどうするんだ?」颯太君がアンナちゃんに聞いた。

「ハイ。そろそろお腹も好きましたので、秋葉でお昼を食べまショウ」アンナちゃんが満面の笑顔で即答する。

電車の中で颯太君が、頭に拳銃を6回くらい突きつけられていたけど、もはや見慣れたボクたちにとっては、見慣れたいつものほのぼのとした車内風景に過ぎなかった。

 


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