これが土屋家の日常   作:らじさ

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第4話

「あっあの、ボクちょっと康太の様子見てきます」

なぜか魂が抜けたようになってしまったお兄さんを見かねたのか工藤さんはそう言って階段を駆け上がっていった。

お兄さんは力なくソファーに座り込むと小声でブツブツ言い始めた。

 

「あの料理を俺一人で・・・どう考えても絶対無理だ。だが、食べないと愛ちゃんが・・・

そうだ、康太に全部押し付ければ、そもそもあいつの彼女の手料理なんだし・・・」

お兄さんの思考が何やら人間として進んではいけない方向に走りだしたようだ。

 

「ねぇアキ、土屋のお兄さんの様子が変じゃない?」と美波がいう。

無理もない。美波たちは工藤さんの料理の破壊力を知らないのだ。

しかし僕たちも前に食べたことはあるけど確かに殺人的に不味かったけど家庭崩壊まで

引き起こすほどの料理だっただろうか?

 

「工藤は努力したんだろうな」雄二が言う。

「努力したのなら上達して美味しい料理が作れるようになるんじゃないのかな」

「明久、上達にはいい方向の上達と悪い方向の上達があるんだ」雄二が姫路さんの方をチラっと見た。

なるほど、確かに姫路さんの料理も彼女の努力に比例して破壊力を増しており、

今や兵器と呼べるレベルにまで達している。

 

「つまり工藤の料理は努力の結果あれから更に不味くなっているということかの」

「ああ、この家の人間の怯え具合をみているとそう判断せざるを得ないな」

 

屋上ランチの時ですら殺人的に不味かったというのに、あれから研鑽を積んで更に不味くなっているなんて、

もう日本語の語彙では表現できる言葉がないじゃないか。

 

「ねぇ雄二、ムッツリーニの顔みて、さっさと帰った方がいいんじゃないかな」

「奇遇だな。俺もそんな予感がしていたところだ」

「じゃあ土屋君をお見舞いしましょう」

 

「あの~お兄さん、僕たちムッツ、いや康太君の様子見て帰りますので」

雄二が、まだブツブツ言っているお兄さんに声をかけた。

お兄さんは、初めて僕たちの存在に気が付いたかのようにうつろな顔を向けたが、

突然何かを思いついたように立ちあがり雄二の肩を両手で掴んだ。

 

「そうだ君たちがいたんだ。えーっと・・・」

「坂本です」

「そうか、坂本君。確認するが君たちは康太の友達だね」

「えーと、何ていうか・・・」質問の真意を測りかねて雄二が口ごもる。

「ト・モ・ダ・チだね」両肩がギューっと力いっぱい掴まれる。

「イテテ、はい友達です」

「うむ、友達と言えば一蓮托生、一心同体だ」

 

いや、実際のところ僕たちの友人関係はというと、敵対九割・険悪一割といったものなのだが、

目が血走っているお兄さんにそう告げる勇気はない。

 

「詳しい事情は話せないが、今康太にはある危険がせまっている。実は風邪は1日で治っていたんだが、

愛ちゃんのおかゆのお蔭で更に2日休むハメになってしまった」

いや、お兄さん。興奮のあまり話せない事情を全部話してるんですけど。

 

「で、今日康太に更なる危険が迫っている。よりにもよってお袋が家族の食事を作るよう

に愛ちゃんにお願いするという暴挙にでた。それを聞いた親父も兄貴も逃げ出した。この

ままでは康太が一人で家族全員分を食べるハメになる。」

 

ようするに、工藤さんがムッツリーニの食事を作っているうちは笑ってみていたが、

自分たちに矛先が向いたとたんに逃げ出したわけかこの家族は。

FFF団以上の外道さと言えよう。

 

「いや、お兄さんが食べればいいんじゃ・・・」

「ぜひ、そうしたいところだが俺はこれから大学の補習授業がある」

 

「「「補習授業~ぉ?」」」大学にも補習授業があるなんて知らなかった。

 

「あの~、お兄さんって確かT大でしたよね?」と姫路さんが恐る恐る尋ねる。

T大と言えば確か日本一の大学だったはずなのだけど。

「ああ、だけど俺は恥ずかしながらFクラスなんだ」

大学もクラス制とは知らなかった。でもT大のFクラスというのは、頭がいいのか悪いのか判断に苦しむところだ。

 

「という訳で俺はこれから大学に行かねばならない。だけどせっかくの愛ちゃんの手料理を無駄にしたら愛ちゃんが悲しむ。

というわけで、君たちがぜひ晩御飯を食べて行ってくれ」

 

「いや、俺たちは・・・」

「頼むぞ。し・ん・ゆ・う・・・」再び雄二の肩が締め付けられる。

いつの間にか友人から親友にグレードアップしている。

 

「イテテ、分かりました」

「よし、お、いかん。こんな時間だ補習に遅刻してしまう」

お兄さんはそのまま玄関から飛び出していった。

 

「T大学にもFクラスがあるなんて知らなかったよ」

「それよりお兄さん、カバンも持たずに飛び出してったわよ」

「そんなわけあるか。ありゃ俺たちに押し付けて逃げたんだ」

 

雄二が肩をさすりながら忌ま忌しげにつぶやいた。


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