「大丈夫か、陽向」颯太は疲れきった様子の妹に声をかけた。
「つっ、疲れたよ。一人で二人をディフェンスするのはキツかった」陽向が息も絶え絶えに言った。
「・・・・・それは大げさじゃないのか?」康太が言った。
「あのね、康兄。あの二人は「若奥さん」とか「颯太ちゃんの奥さん」とか声をかけられると勧められているものが何であれkg単位で買おうとするんだよ。危うくすき焼きにブロッコリーやワラビやパプリカが入るところだったんだから」
「想像したくもないな」
「商店街の連中もそれを知ってるもんだから、寄ってたかって何でも売りつけようとするし、それを阻止するのにあたしがどれだけ苦労したか」
「すき焼きとは別物の料理になるところだったわけだな。ともかく陽向よくやった」颯太が陽向を労った。
「甘いよ、兄貴。まだ調理という山場が残っているんだ」陽太が言った。
「すき焼きにそれほど複雑な調理過程はないし、そんなに問題はないだろう」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「お前たちの意見はよくわかった。調理の時にもディフェンスが必要だということだな」颯太が宣言した。
「あの、なんでこの位置取りなんですか?」愛子が言った。
「位置取りとは?」颯太が尋ねた。
「いや、何でボクの両側に陽太君と康太がいて、アンナちゃんの両脇に颯太君と陽向ちゃんがいるのかってことなんですけど」
「うむ、これはダブルチームと言って、陵南の仙道を止めるために湘北の流川と桜木が用いたという由緒正しき戦法だ。それだけ愛ちゃんとアンナの攻撃力が認められたということだな」
「何言っているのかよくわからないんですけど・・・・・」
「まあ、康太や俺だけでは愛ちゃんとアンナの攻撃は抑えられないということから採用された作戦ということだ」
「よけい分かりません。一体、ボクやアンナちゃんから何を守ろうって言うんですか?」
「いや、それは・・・・・(大きく言えば俺たちの命で、具体的にはすき焼きの鍋からなんだが)」
「はーい、お待たせ」そこへ裕ちゃんが具を載せた大皿を持って現れた。
「あっ、じゃボクが油を・・・・・」
「いやいや、愛ちゃん買い物で疲れているだろう。ここは僕が」と陽太君が牛脂を取り上げて鍋に広げていった。
「・・・・・」
「じゃ、先にお肉焼いてね」裕ちゃんが言った。
「じゃ、ワタシが焼きマス」
「何を言うんだ、アンナ君。嫁入り前の大事な体だ。ここは陽向に任せよう」
陽向ちゃんが手早く肉を広げて焼いた。いや、陽向ちゃんだって嫁入り前の体なはずなんだけど。
「・・・・・」
「もうお肉焼けたみたいね」
「じゃ、味付けはボクが・・・・・」
「ジャ、味付けはワタシが・・・・」
ボクとアンナちゃんが、それぞれ醤油と砂糖に手を伸ばしたら、颯太君と康太に横から奪われた。
「ははは、今日は土屋家の味付けを見せてやろう」颯太君が言った。
「・・・・・すき焼きは男の料理」康太が偉そうに言った。
「・・・・・」
「・・・・・」
気のせいだろうか?ねぎらいの言葉とは裏腹にボクたちの行動が邪魔されているような気がしてしょうがない。
「なんで料理な得意なボクたちに任せてくれないんですか?」
「(おい、なんかスゴいこと言い出したぞ)」
「(・・・・・あいつの自信は一体どこから湧いてくるんだ?)」
「(まあ、得意は得意なのかも知れないな。人に受け入れられるかは別にして)」
「(愛ちゃん的には美味しくできてるのかもね。ほら、フグは自分の毒じゃ死なないって言うし)」
「ははは、気にするな、愛ちゃん。ほら肉が焼けたから食べなさい」颯太君が肉を取ってボクとアンナちゃんの皿に分けてくれた。
「あの、お父さんたちも良ければ」陽太君が、アンナパパと宗介君の皿に肉を入れた。
「おお、これが有名なすき焼きですか。アンナが料理すると聞いて一時は野宿も覚悟していたのですが」アンナパパどうやらまた焚き火でマシュマロを焼いて食べるつもりだったらしい。
「また、逃げ出すつもりだったのか、オッサン」
「まあ、危うく肉屋で豚ひき肉2kg買わされるところだったんだけどね」
「ひき肉ですき焼きってのはかなり高難度だな」
「しょうがないよ。アンナちゃんが「颯ちゃんの奥さん」と呼ばれて、反射的に「2kg下サイ」って言ったんだから」
「かなり舞い上がってたよね、アンナちゃん」ボクが思い出し笑いした。
「笑っている場合じゃないよ。愛ちゃんだって「若奥さん」って言われて「そこのキャベツ全部」とか言っていたんだから」
「あっ、あれはギャグだよ」
「八百屋のおじさんのガッツポーズが忘れられないよ、あたしは」
「一体、俺達は今晩何を食わされそうになったんだ」颯太君が言った。
「それをディフェンスしながら、ちゃんとした買い物をしてきたんだから、兄たちはあたしをもっと褒めてもいいと思うんだけどなあ」
「まあ、とりあえず好き焼きになったんだから、陽向ちゃんご苦労様」裕ちゃんが褒めてくれた。
一方、颯太と陽向、陽太と康太のダブルチームは愛子やアンナが「味が薄い」だの「甘さがたりないだの」つぶやくたびに先んじて調味料を奪い、一度も主導権を愛子とアンナに渡すことなく食事を終えた。