本当にいつ帰ってくれるんだ、カリーニン一家。
すき焼きは本当に美味しかったけど、ボクの胸に何か釈然としないものが残るのはなぜだろう?
「・・・・・」アンナちゃんが黙りこんですき焼きの鍋を見つめている。
「アンナちゃん、どうしたの。すき焼きは口に合わなかったのかな?」とボクが尋ねた。
「イエ、とっても美味しかったデス。ロシア風すき焼きにするにはどうすればいいか考えていまシタ」アンナちゃんが答えた。
「お前たちの○○風というのはイヤな予感しかしないんだが、何を考えているか言ってみろ」颯太君が言った。
「ハイ、具体的にはココアパウダーと味噌をどのタイミングで入れればいいのかという・・・」
「おい、親父。ロシア料理ってのは、何にでもココアパウダーと味噌が入ってんのか?」颯太君がアンナパパに怒鳴った。
「いや、ロシア料理というよりは私の妻、つまりアンナの母の味だな」アンナパパが答えた。
「それを再現してアンナに教え込んだのは、あんただろうが」
「私が教えたのはボルシチだけだ」
「それを喰うのを嫌がって昨日野宿しやがったクセに何を威張ってやがる。はた迷惑なもの再現しやがって」
ボクたちが大騒ぎしている間に、宗介君が静かに立ち上がりそ~とリビングから出て行こうとした。
「ソースケ、どこへ行きマスカ?」もちろんフルスイングのブラコンであるアンナちゃんがそんな宗介君の行動を見逃す訳がない。
「あっ、いや。ご飯も食べたし先に風呂に入ろうかと思って」
「ソースケは甘えん坊デスネ。そんなに早く姉さんとお風呂に入りたいのデスカ」
「いや、一人で入りたいから抜けだそうとしたのだが」宗介君が必死に言い訳をする。
「照れなくてもいいデス。シスコンは個性だと偉い人も言ってます」
「姉ちゃん、もう高校生なんだからいいかげんに人の話を聞くという技能を習得してくれ」
「じゃ、一緒に入りましょうカ」
「言い方が悪かった。頼むから人の言うことを徹底的に自分の都合のいいように解釈する機能を脳から外してくれ」
「本当にソースケはお姉ちゃんのことが好きなんデスネ」アンナちゃんはご機嫌である。
「ヒナ姉、助けてくれ」アンナちゃんに言っても埒があかないと思ったのか、宗介君は陽向ちゃんに助けを求めた。
「なに?あたしと一緒にお風呂に入りたいの?別にいいけど」
「お前も人の話を聞け。なんで他人と2人で一緒に風呂に入らにゃならんのだ」
「2人じゃないよ。ケンも一緒だし」
「ワン!」
「立ち上がるんじゃない、バカ犬」宗介君が怒鳴った。
「まあ、舎弟の背中を流してやるのも、姉貴分の仕事だよね」
「おい、ソータ。あんたの妹に何とか言ってくれ」
「うん?と言われても陽向はもうお前の管轄下だしなあ」颯太君がお茶を啜りながら人事のように言った。
「あんたが妹を俺に厄介払いしただけだろうが。高校生が他人と一緒に風呂に入ることを問題視しろ」
「ははは、何だそんなことを心配しているのか。大丈夫、陽向は幼児体型だからヌリカベと一緒に入っていると思えば恥ずかしくも・・・・・グワ」颯太君の顔面に分厚い雑誌が命中した。
「あたしは本当は中学生なんだから、まだ未来の可能性があるんだからね」陽向ちゃんが怒鳴った。
「・・・・・そうはいうが陽向、胸の大きさってのは、ほぼ遺伝で決まるらしいぞ。お袋を見ている限りはあまり過大な期待は・・・・・」颯太君の顔面を掠めて菜箸が後ろの壁に突き刺さった。
「あら、ごめんなさい。手が滑っちゃったわ。何か遺伝がどうたらとか・・・・・」裕ちゃんが微笑みながら言ったが、目が全然笑ってないのが怖い。
「いやだなあ、ママン。そのお歳でスーパーモデルのようなスレンダーな体型を維持しているのを褒めただけじゃないですか」
「(よくもまあ、瞬間的にあれだけの口から出まかせが出るもんだね)」ボクは感心して康太に囁いた。
「(・・・・・子供の頃からお仕置きされ続けているからな。言い訳の才能だけが伸びたらああなる。四馬鹿全員そうだ)」
「(伸びた才能がケンカと言い訳のスキルって。普通に勉強してりゃいい大学行けたんじゃないの?)」
「(・・・・・進化論で言うところの環境適応の好例だな)」
「(随分壮大に話が広がったけど、セコイ環境適応だね)」
「じゃ、ヒナタ。3人でお風呂にはいりまショウ」アンナちゃんが名案とばかりに言った。
「ああ、それはいい案だね。姉弟でお風呂で親睦を暖めようか」陽向ちゃんも同意した。
「バカいうな。俺はいやだぞ。一人で入るんだ」宗介君が怒鳴った。
もちろんアンナちゃんと陽向ちゃんがそんな叫びに耳を貸すはずもなく、宗介君の首根っこを2人でひっ捕まえてお風呂に引きずって行くのを、ボクたちは見送るだけだった。