「・・・・・克服?」
「そうです、克服です」
「・・・・・・・・・・・」分からない。結構長く付き合っているが、この娘の発想だけは全く分からない。
「フッフッフ、ボクのあまりにも的確なテーマ選択に感心して声も出ないんですね」
「いや、というか俺は兄貴みたいにアンナちゃんへの気持ちを誤魔化しているということもないし、康太みたいに女性に触れると鼻血が出ることもない。そりゃ、今でも女性は苦手だけど、由美ちゃんだけいればいいし・・・・・何を克服すればいいのかなと」
「さりげにノロケましたね。その考えは甘いです。陽太君には致命的な弱点があります」少女はビシっと陽太の顔を指差して言った。
「弱点?」
「そうです。それは「ホラー映画に弱い」ってことです。男として致命的な欠点です」
「いや、それは愛ちゃんも一緒だろう」
「ボクは女の子だから、そういうところもカワイイんです」
「同じ弱点を、俺は「致命的欠点」で自分は「美点」と主張するところは、実に愛ちゃんらしいが・・・・・。だけど、美点だったら愛ちゃんは克服する必要ないだろう」
「程度問題です。ボクの場合、映画館が暗くなった瞬間から固く目をツブって映画が終わるまで耳を塞いでいますから」
「それを「映画を観た」と言っていいのか疑問は残るが、結局どうしたいの」
「ホラー映画に慣れて、ほど良く怖がりつつここぞという場面で「キャー」っと彼氏に縋り付けば、父性本能を刺激すると雑誌に書いてありました」
「本音がダダ漏れのテーマだな。俺はどうなわけ?」
「そもそも男が女の子よりも、ホラーに弱いというところが大問題ですから、陽太君はそれを克服する必要があると思うんです」
「いや、一般論ではそうかもしれないけど、相手はあの由美ちゃんだよ」
「そこが問題なんですが・・・・・」
1週間前のことだった・・・・・
「ということで、お友達から聞いた「ここは100%幽霊が出る」っていう廃病院にこの間兄と行ってきたの」由美子が言った。真面目な彼女だったが、意外とオカルト好きで幽霊を見てみたいと兄である龍一郎と心霊スポット巡りをするのが趣味だという。
「由美ちゃんはともかくとして、龍の奴は一流会社の副社長だろう?そんなことして祟られて死んだなんていったらスキャンダルじゃないのか?」颯太が言った。
「それが二人とも今まで一度も、幽霊を見たことがないんですよ。だから今回はとても期待して行ったんですけど」由美子が言った。
「うんうん、それで」陽向がワクワクしながら先を促した。
「三階建ての廃墟を上から一部屋づつ見て行ったんですけど、何もいなくって」
「いなくていいと思うんだけど」愛子が震えながら言った。
「で、地下に降りてみたら正面に「霊安室」って書かれた部屋があったので、そこのドアを開けてみると・・・・・」
「「「「「「「・・・・・(ゴクリ)」」」」」」」一同は息を飲んだ。
「そしたら、部屋の中に白いワンピースを着た髪の長い女の人が頭から血を流して立っていたんですよ」
「キャーっ」愛子が叫びながら耳を塞いだ。
「私もうビックリしちゃって・・・・・」
「そっそりゃ、驚くだろう」颯太の声も震えていた。
「すぐに携帯を取り出して119番したんですけど・・・・・」
「「「「「「「・・・・・・?」」」」」」」
「地下だから圏外で携帯が通じなくて、兄に見ててくれるようにお願いして1階に上がって救急車を呼んだんです」
「・・・・・・・・・・・」
「で、救急車が来る前に部屋に戻ったら、兄が部屋の中を探しまわっていて、「いや、お前が遅いから一度上まで上がって部屋に戻ったらあの人いなくなっちゃってたんだよ」って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あんな大怪我で動き回るのは心配だから、兄と二人で病院の中と周囲を探したんだけどもどこにも見つからなくて、そのうち救急車が来ました」
「おい、やっぱりここだよ」救急車から降りてきた救急隊員が顔を見合わせた。
「あ、すいません。ケガ人がいたんで私たちが呼んだんですけど、ちょっと目を離した間にその人いなくなっちゃって」龍一郎が救急隊員に説明をした。
「それはいいんですけど、もしかしてそのケガ人って白いワンピースを着た髪の長い女の人じゃありませんでしたか?」若い救急隊員が尋ねた。
「そうですけど、何で知っているんですか?」
「いや、よくここで見かける人が多いもんですから。救急車まで呼んだのは、あなた方が初めてですけど」救急隊員が言った。
「髪が長くて白いワンピースだと何か祟られてケガするのかしら?よかったわ、私今日はGパンで」由美子が自分の服を見ながら言った。
「・・・・・そういう問題ではないような気がするのだが」康太がツブやいた。
「まあ、とにかくいないんだから戻りましょう。あなた方も早く帰った方がいいですよ」救急隊員が言った。
「でも、こんな場所で女の人がケガなんて、何かの事件じゃないですか?警察にも電話した方がいいんでしょうか?」由美子が尋ねた。
「ああ、私たちが連絡しておきますから大丈夫です。とにかく帰りましょう」救急隊員が二人を急かすように言った。
「わかりました。じゃ、後をお願いします」龍一郎が言った。
「あ、それと。一応、帰ったら家に入る前に体に塩を振りかけておいた方がいいですよ」年配の救急隊員が心配げに言った。
「はい、どうもありがとうございます」二人は車に乗り込むと帰宅路を走りだした。
「ああ、今日も結局幽霊は見れなかったな。由美子の友達の情報も当てにならんな」
「でも、あの女の人本当に大丈夫なのかしら」
「救急の人に任せたから大丈夫だろう。そういえば何か変なこと言っていたな」
「「家に入る前に体に塩を振りかけろ」って、まるでお祓いみたいね」
「まあ、この辺の風習なんだろう」
「ああ、今夜も見れなかったわね。幽霊って本当はいないのかしら?」
二人を乗せた車は深夜の道を家へと急いだ。
「(・・・・・おい、どう思う?)」颯太が囁いた。
「(どう思うもこう思うも・・・・・)」陽太が言った。
「(・・・・・幽霊も災難だな)」康太が幽霊に同情するように言った。
「(取り憑かれたりしなかったのかな)」愛子が震えながら言った。
「(取り憑いたって出てくる度に救急車呼ばれたんじゃ幽霊だって気兼ねするんじゃない?)」陽向が答えた。
「(そこらの神社の魔除け札より強力だな、この2人は)」颯太が言った。
「・・・・・というような武勇伝を持つ由美ちゃん相手に、いまさらホラー映画が観れるようになったところで、ゴジラにチワワが挑むようなもんじゃないのかな?」陽太が言った。
「だっ、大丈夫ですよ。ホラー映画の10本も見ればスピッツくらいにはなれるんじゃないかと」愛子が由美子の話を思い出して震える声で言った。
「余り意味があるとは思えないんだが」陽太が納得できないかのように首をひねった。