これが土屋家の日常   作:らじさ

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ちょっとしたネタのつもりだったのに吉井家だけで3話も使ってしまった。

今のうちに謝罪いたします。ノープロットが悪いんです。


第11話

「わざわざ渋谷まで「ご休憩」しに行かなくてもいいんじゃないかなぁ」僕はできるだけ姉さんが変なことに感づかないように婉曲に言った。余計なところで異常にカンが働くとてもはた迷惑な姉なのだ。

「アキ君は何を心配しているのですか?大丈夫ですよ、姉さんはその日はちゃんと危険日ですから」

「一体何をするつもりなの、姉さん」

 

もうやだこの人。ちゃんと「ご休憩」の意味を知っているんじゃないか。もし、僕が「ご休憩」の意味を知らなかったら何をしでかすつもりだったのだろう。というか、そういうセリフを弟に言っていいかという大問題はこの際置いておいて、僕の持っている参考書では「安全日だから大丈夫」というセリフはよく出てきたけど、そもそも日本語的に「危険」という単語と「大丈夫」という単語を結びつけていいものなのだろうか?

 

「カソリックは避妊禁止なのです」

「いや、本当に何を言っているのかわからないんだけど」

 

おかしい。確か去年のクリスマス前に我が家はシスコンニウス派という怪しげなキリスト教派で、弟は姉にプレゼントする義務があるとか全くよけいなカミングアウトしてくれた上に、恐ろしいことにこの姉は僕の1年分の小遣いに相当する指輪のプレゼントを強要したのだ。おかげで僕は危うく腎臓を1個売りとばされかけたはずだ。

 

「カソリックって、我が家がシスコンニウス派だという話はどうなったのさ」

「あれは12月限定教派なのです」

「そんな年末バーゲンセールみたいな教派って存在する意味があるの?」

「シスコンニウス派は懐が広いと教えたはずですが」

「懐が広いにも程がありすぎ。大体姉さんにしかメリットがない教派だよね、それ・・・・殺気」僕は危険を感じて素早く上体をひねった。

「ドシンっ」一瞬遅く姉さんの足が、さっきまで僕の頭があったところを踏み抜いていた。本気《マジ》だ。本気で殺る気だぞ、この人は。

 

「アキ君はいつから、そんな聞き分けのないいけない子になったのですか」

「世界の全方位各方面の皆様方から素っ頓狂と評価されている姉にラブホテルに連れ込まれそうになって、抵抗しない弟はいないと思うんだけど」

「わかりました」姉さんがシュンとした様子で言った。

「いや、わかってくれればいいんだ。僕も強く言い過ぎたかもしれないね」

「つまり、アキ君はお家でする方がいいと言っているんですね」

 

どうしてだろう。日本語で会話をしているはずなのにお互いの言っている意味が全く通じていないような気がする。ここは落ち着いて一歩ずつお互いの認識を確認しあうべきだろう。コガネムシのご夫妻をお友達として会話しているというような人と意志の疎通ができるのかは、とても不安なのだけど。

 

「ちょっとお互いの認識に食い違いがあるようだから、最初から話しあおうよ。まず、姉さんは渋谷のホテルに行きたいわけだね」

「はい、お二人様3500円のご休憩プランがとてもお得なのです」

一見、お得だから行きたいということを強調しているが裏にある本音が見え隠れしてしょうがない。

「うん、で「ご休憩」の意味を姉さんはどう思っているの?」

「アキ君はそんなに記憶力が悪かったのですか。さっき、説明した通り仕事や運動などを一時やめて・・・」

「ストップ。よし、ここまではお互いの認識は一致しているね。それでその次は?」

「姉さんは危険日だから大丈夫ですよと・・・・・」

「そこだぁぁぁ~!!」僕は大声で叫んだ。

「何ですか、アキ君。急に大声を出したらビックリするじゃないですか」姉さんが驚いたように言った。驚いたのは僕の方だ。

「いや、そこにフォッサマグナというか、次元の断層並の亀裂を感じるんだ。姉さんの言う「ご休憩」と「危険日」とどういう関係が・・・・・」

「アキ君はあんなにエッチな本を集めている割には、何も知らないのですね」

「ちょっと待って、姉さん。どうしてそんなことを、いやこの際それはどうでもいいとして」

 

単独で発生していたとしたら1つだけでも僕にアイデンティティ・クライシスを起こしかねないほどの大問題が次々と露呈しているにも関わらず、雄二の命の危機並に軽いレベルで後回しにされてしまっていく。とにかくこの巨大な溝を埋めなければ、僕のいろんなものが失くなってしまいそうな気がする。

 

「危険日じゃないと受精しないじゃないですか」姉さんがシレっと言った。

「なんで受精する必要があるのさ」

「だって、受精しないと赤ちゃんができないのですよ。アキ君は普通の勉強だけじゃなくて、保体も成績が悪いのですか?」

「それはムッツリーニというエキスパートがいて・・・・・いや、問題はそこじゃなくて、何で姉さんと僕で赤ちゃんを作らなければいけないのさ」

 

なんだか人間の倫理としてのもっと大きな問題があるような気がするんだが、この歳で父親にされようとしている今の僕の立場では、そんなことに構っている場合じゃない。

 

「まさか、アキ君は忘れたというのですか」姉さんが両手で口を覆って驚いたように目を丸くして言った。

「忘れた?」

「そうです。アキ君は、姉さんと結婚すると約束したのですよ」

「ちょっちょっと待って・・・・・」

 

僕は必死に記憶をたどってみた。この2年間は姉さんは留学していたから、そんなことはなかったはずだ。3年前は・・・・・・姉さんが留学の準備で、荷物として僕を運ぼうとトランクに詰め込まれた。5年前は・・・・・「アワ踊りの練習をしましょう」と風呂場に連れ込まれてとあれやこれやを。7年前は・・・・・思い出せば思い出すほど、記憶の奥底に封印してあったトラウマが蘇ってくるような気がするんだが。だが、この姉さんとの結婚の約束なんて原爆級のトラウマなら、自我と集合的無意識の境界面くらいの奥底に閉じ込めてあるのかも知れない。

 

「ごめん、姉さん。全然記憶にないんだけど、いつそんな約束したの?」僕は正直に言ってみた。

「本当に忘れてしまったのですね」心なしか寂しそうな表情で姉さんが言った。

「いや、本当に思い出せないんだ。ごめん」

「よく思い出してごらんなさい。あれはアキ君が生まれて、父さんに連れられて初めて病院に面会に行った日でした」姉さんが遠い目をして言った。

「???」突然何を言い出すのだろう、この人は。

「新生児室のベッドにいた可愛いアキ君を見た姉さんは「将来は姉さんをお嫁さんにしてくれますか?」と尋ねたのです。その時、アキ君はしっかりと頷いてくれましたよ」

「いや、約束を覚えているどころか自分が生まれたことにすら気がついてないんじゃないかな、その日数だと」

 

さすが素っ頓狂という評価に絶対的安定感のある姉さんだ。そんな小さな頃から全く変わっていない。

まさか、生後数日の赤ん坊との結婚の約束(たぶん僕は何かの拍子で顔を動かしただけだと思うのだけど)を今まで信じていたなんて。


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