言い争いどころか今や徒手格闘にまで発展した颯太とアンナが玄関先でドタバタやっているのを聞きつけたのか由美子がリビングから姿を見せた。
「あの~アンナちゃんがお兄さんが遅いから呼びに行くと言っていたはずなのになんで格闘になっているんですか」目の前でアンナの攻撃をかわす颯太を見ながらものんびりとした口調で由美子が尋ねた。
「おお、由美ちゃん一年半ぶりだな」颯太が由美子の方を振り返りながら懐かしそうに言った。
「いえ、お兄さんがリビングから出て行ってから10分も経ってないですし、何より同じネタを3回も引っ張ったらガンジーでも金属バットで夜の校舎の窓ガラス壊して回ると思いますよ」由美子がインド人に聞かれたら宣戦布告をされそうなセリフを心配そうに言った。
「そんな80年代の不良みたいなガンジーはおらん」颯太が答えた。
「とりあえず何をしているんですか」由美子は颯太の言葉をさりげなく聞き流して尋ねた。
「いや、仏教とキリスト教における「赦し」の概念の違いについて、アンナ君と議論していたらつい白熱してしまってな」颯太が自信満々と答えた。
「おい、「チェンジシステム」とやらはそんな高尚な話だったのか?」誠が陽向に向かって尋ねた。
「あのお兄さんにしては難しい言葉を知っているわね」由香は失礼な感想を口にした。
「うーん、颯兄のことだから200%意味は理解していないと思うんだけど、口からでまかせでそれらしい言い訳をするスキルは子供の頃から鍛えられているからね」陽向が答えた。
「それで悪さを誤魔化していたわけか」
「でもお母さんは最初から颯兄の言うことなんか聞いちゃいないから、結局殴られるだけで言い訳する意味はないんだけどね」
「何の役にも立たないスキルね」
「でも初対面の人には効くんだよ。2回目からは全く信用されないけど」
「どんだけ底が浅いんだ、お前の兄貴は」
「じゃ、マコちんは颯兄の言うこと信じれる?」
「全く信用せん」誠がキッパリと断言した。
「逆の意味でスゴい信頼度だわね」由香も納得した様子であった。
「我が家では「颯兄の言っていることは聞き流せ。どうせ大したことは言ってない」というのが家訓になってるんだよ」
「お前の家に家訓が必要な意味がわからん」
「だから伊賀忍者の頭領の家系だから代々の家訓が伝わってるんだってば」
「私が聞いた限りでは家訓のほとんどが忍者とは関係ないことばっかりだったんだけど」
「土屋一族はフレキシビリティが高いんだよ」陽向が胸を張って言った。
「まあ、あなたのとこのスットコドッコイな一族のやりそうなことではあるんだけど」由香は何となく納得したようであった。
「ユミ子、ユミ子は「チェンジシステム」を知ってますカ?」アンナが由美子に尋ねた。
「バカ、由美ちゃんまで巻き込むんじゃない」颯太が慌てて言った。
「ユミ子も日本人なら仏教のことのついて知っているはずデス」
「私も仏教について詳しいわけじゃないけどあまり聞いたことはないわね。そもそも「チェンジシステム」って言葉は英語じゃないかしら?」由美子が本質を突く発言をした。
「・・・・・・ソータ」再びアンナが颯太の方に向き直った。
「おっ、落ち着くんだアンナ・マリア・カリーニン君。俺は神社仏閣巡りが趣味で仏教については由美ちゃんより詳しい。「チェンジシステム」とはサンスクリット語で「仏の無限なる慈悲」という意味で・・・・・ウォっ」颯太は無言で放たれたアンナの突きをかわしながら焦ったように答えた。
「お前の兄貴も大概ムチャクチャ言うな」誠が感心したように言った。
「「無限の慈悲」なら「チェンジ」なんてしないんじゃないかしら?「チェンジシステム」というのが何なのかは知らないけど」由香は呆れたように言った。
「颯兄の言い訳はサッカーで言えば「10-1」システムだから、一度ボールを取られたらほとんどキーパーと1対1になって得点されるんだよ」
「それはシステムとは言わん。ほとんど口からでまかせじゃないか」誠が怒鳴った。
「スキル向上してそのレベルじゃ元はどれだけ酷かったのよ」
「いや、だから誰も颯兄の言うことはまともに聞いてないから、気にしてないんだけどね」陽向が涼しい顔で言った。
「お前の兄貴は本当に忍者の頭領一族の嫡子なのか?」
「歴代の土屋正蔵がどんな人間だったか大体想像つくわね」
三人は全くの他人ごととして成り行きを冷静に批評しあっていた。