雄二はしばらくドアの付近で様子を伺っていたが、工藤さんが階段を昇っていったのを確認すると「よし、行ったな」と呟いて、「すぐに戻る」と言って玄関に向かった。
「雄二まさか一人だけ逃げるつもりじゃ」と僕が咎めると、
「馬鹿野郎、俺を信用しろ」と全く持って信用のないセリフを吐いた。
入学以来のこの男の行状を思い出してみても信用なんて成分は1mgたりとも見いだせない。
「お前らだけならともかく、翔子までいるんだ逃げ出したらどんな目にあうか」
それは裏を返せば霧島さんがいなかったら逃げ出すという意味じゃないだろうか?
一体、どの口から「信用しろ」なんてセリフがでてくるんだ、この男は。
「とにかくすぐに戻ってくる。工藤が戻ってくる前にカタをつけないとな」そう言って雄二は外へ出て行った。
僕たちはというと、工藤さんの自称シーフードカレーを前にして全員黙りこんでいた。
「アキ、せっかく愛子が作ってくれたんだから、さっさと食べなさいよ」美波が無茶を言う。
「そんな紐無しバンジーをするようなマネを要求しないでよ。そういえば秀吉はカレーが好きだったよね」
「おぬしはこれをカレーの範疇にいれるのか?それより姫路は好き嫌いがないと言っていたのう」
「食べ物なら、好き嫌いはないんですけど」
工藤さんのカレーは、とうとう食べ物のカテゴリーから外されてしまったようだ。
そういえば、そもそも工藤さんはAクラスなんだから、ここはAクラス代表の霧島さんが責任をとるべきではないだろうか?
僕は霧島さんに声をかけてみた。
「ねぇ、霧島さん」
「・・・・・・・・・・」
「霧島さん?」
「・・・・・・・・・・」
「霧島さん大丈夫?」
「・・・・・何?吉井。土屋の家はそこの角を右」
だいぶ記憶が巻き戻っているようだ。このカレーを全部食べたら前世の記憶までさかのぼれるんじゃないだろうか?
僕たちが醜い押し付け合いをしている間に、雄二が両手の袋いっぱいにミネラルウォータのペットボトルを下げて戻ってきた。
「お帰り雄二。水をそんなにどうしたの」
「どうしたもこうしたも、一口食うたびにトリップしてたんじゃ、いつ喰い終わるかわからん。工藤がムッツリーニに飯を食わせている間にこれで流し込む」
そう言って雄二はペットボトルの水を全員に配った。
「いいか、口の中にカレーを5秒以上いれておくな。噛むな。とにかく口に入れたら水で喉に流し込め」
「この干物はどうするのさ」
「水を5口ほど飲んで、とにかくムリヤリ流し込め」
恐ろしいムチャを言う。
「とにかく時間がない。工藤が戻ってくる前に片付けろ」
僕たちはいっせいに食事、いや作業に取り掛かった。