「そんなことはないよ。程よく怖がりつつ、ここぞという場面で女の子らしく『キャー』と抱きつくという目標のために頑張ったんだよ」
「……アホな本音がダダ漏れになっているのはともかくとして、映画本編を観ていないのでは何も変わらん」
康太がボクの真摯な努力を踏みにじるような発言をした。
「僕はそれに巻き込まれたんだがな」
「あら、陽太くん。ホラーに強くなったのね。今度、私と一緒に廃病院の心霊スポット巡りに行きましょうよ」
由美ちゃんがとんでもないことを言い出して、陽太くんが涙目になっている。
「そっ、そんなことより、康太たちはどんなデートをしたんだ」
「康兄、商店街から家まであっちこっちに血だまりができていたけど、ちゃんと掃除しておいてよね」
「誰も康太の体の心配をしないんですね」
「まあ、いつものことだし。それに今回はデートの相手がアンナちゃんだったから、予想どおりというかなんというか」
「康太は、本当に姉萌えですネ」
「・・・人に勝手な属性をつけるんじゃない」
どうやらアンナちゃんは「弟というものは例外なく姉萌えである」と信じ込んでいるようだ。
「とにかく、これだけ大騒ぎしたんだが、何か得るものはあったのかな、愛ちゃん」
陽太くんがボクに聞いてきた。
「はい、やっぱりホラー映画は避けるべきだと思い知りました」
「いや、それは最初から君たちだけで解決できた問題じゃないかな。奥様のいらいらまで持ち出して、その結果か」
「だって、あの映画館、ボクには絶対にホラーしか観せないというマーケティング戦略で運営されているんですよ」
「ずいぶん壮大な八つ当たりだな。映画を観ないという選択はないのかね?」
「それはデートのプロトコール違反になります」
颯太くんったら何を言っているんだろう。映画を観ないデートなんてあり得ないのに。
「・・・お前のそのアホな拘りのせいで毎回墓穴を掘っていると気がつけ」
「いや、こうなったもうボクとあの映画館との戦いだね」
「愛ちゃん、何と戦っているの?」
「陽向ちゃん、愛は戦いなんだよ」
「・・・それは誰のセリフだ」
「うちにあった「愛と誠」って漫画のセリフなんだけど」
「ほとんどの読者は知らんぞ、それ」
それから1時間ああでもないこうでもないと大騒ぎした結果、「デートはそれぞれ本来の相手とするのが一番いい」ということで話はまとまった。
もっとも、「じゃ、俺はデートなんぞしなくてもいいんだな」と言った颯太くんは、そのあとアンナちゃんに正座させられて説教されていたけど。
◇◇◇
ほう、ここがラブホテルという所か。初めて来たけどなかなか広いじゃないか。
「お部屋も広くてキレイですね。これで3500円なんですよ」姉さんはこの期に及んでも、なおお得感を強調している。
渋谷駅からこのラブホまで、姉さんとペアルックのウェディングドレス姿でパレードするという、今じゃテレビの芸人だって、コンプライアンスを盾に拒否できそうな罰ゲームを僕はなんとかくぐり抜けてきた。だが、本当の問題はこのあとだ。
「いやぁ、暑かったね、姉さん」
「本当ですね。でも熱くなるのはこれからですよ」ちょっと何を言っているのかわからない。
「とりあえず汗を流した方がいいんじゃないかな」
「そうですね。姉さんは初めてですし・・・」
「なにが初めてなの、姉さん」
「アキくんは、そんなことを姉さんに言わせたいのですか」
姉さんは乙女のような恥じらいを見せた。道玄坂をウェディングドレスでラブホまでパレードした人が今さら何を恥じらうことがあるんだろうか?
「とりあえず僕がお風呂を入れてくるよ」
「ふふ、親切ですね。大丈夫ですよ、姉さんはどこにも逃げませんから」
僕が逃げたいんだと叫びたい声を押し殺して、湯船に湯をためる。
「そうだ、こんなにお風呂が広いんですから、昔練習したアワ踊りを・・・」
「じゃ、ごゆっくり」
姉さんが余計なことを思い出す前に風呂場から飛び出して、一刻も早くこの部屋を脱出ようとドアノブを回したが、鍵がかかっていて開かない。
そういえば、僕の持っている大人の参考書には、ラブホテルへ入る場面はあったが、出る場面は載っていなかった。なんて役に立たないんだ。
仕方ない。最初の予定どおり、トイレに籠ることにしよう。
「・・・・ガチャ」
「・・・・・・・・・」
「アキくん、どこですか」
姉さんの声がする。どうやらお風呂からあがったようだ。僕は物音を立てないように息を殺した。
「ふふふ、アキくんってば照れているんですね。隠れんぼですか」姉さんの足音がゆっくりと近づき、トイレの前で止まった。
「・・・・・・・・・」
「アキくん、無駄な抵抗はやめなさい」
見つかった――と思ったが、ドアノブは動かなかった。やがて足音はトイレの前を通り過ぎ、遠ざかっていった。どうやら、ここにいることはバレていないようだ。なんか「シャイニング」って映画みたいだ。この部屋には斧はないことを祈ろう。
「アキくん、姉さんが大人しく言っているうちに出てきた方が身のためですよ」
また声が近づいてきた。足音がトイレの前でぴたりと止まる。
「・・・・・・・・・」
僕は再び息を殺した。しばらくすると、足音はまた遠ざかっていった。
「アキくん、本当にどこに隠れてしまったんでしょうか。これは姉さんに対する挑戦ですね」
そう言いながら、姉さんの足音が三度こちらへ近づいてくる。そしてトイレの前で立ち止まると、また何事もなかったように遠ざかっていった。
もうやだ、この人。この狭い部屋で何度もトイレの前を往復している時点で、絶対に僕がここにいると分かっている。わざと見つけずに、僕が恐怖に耐えられなくなって自分から出てくるのを待っているんだ。
僕に構わずに、蜘蛛の安藤さんと仲良くしてほしいと思っていたら、また足音が近づいてきた。
「・・・・・・・・・」
僕はまた息を殺す。
「そういえばアキくん」
「?」
「そろそろボス戦の時間じゃないですか?」
「あっ、そうだった。ありがとう姉さ・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
五時間の「ご休憩」は、まだ始まったばかりだ。
やっと完了しました。
構想12年、実働2週間程度の堂々の大作でしたw
これまで11年間もエタっていたにも関わらず、お読み頂けた皆様。新たに読み始めて下さった皆様に御礼申し上げます。
時間を見つけて、また新話を投稿できればと考えておりますので、お付き合いのほどよろしくお願い致します。
今度は初期のような甘酸っぱい話が書けたらいいなぁと思っております。