これが土屋家の日常   作:らじさ

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最終話

食器を洗い終わった少女は、リビングの片付けを始めた。やがてそれも終わるとソファーに腰をおろした。

友人はみんな帰り、家族は誰もいない。家の中が怖いくらいに静かだ。

そうだった、今この家には自分と少年だけだったのだ。その事実を改めて考えると顔が赤くなってきた。

 

「もう8時か、そろそろ帰らなきゃ」名残惜しそうにつぶやいてみる。

「じゃ、康太の様子を見てから帰ろう」と独り言をいうと、ソファーから腰を上げて階段を昇って少年の部屋へ向かった。

ドアをノックする。返事はなかった。寝ているのだろう。

「康太入るよ」一応声をかけてからドアを開けて部屋に入った。やはり少年は寝ているようだった。

机の椅子に腰かけて寝ている少年を眺める。

「どうしようかな。寝ているのをワザワザ起こして「ボク帰るから」っていうのも可哀そうだしなあ。書置きしておこうかな」

そういうと机の筆立てからペンを取り出そうとして、その後ろにある写真立てが目につき手に取ってみた。

「この写真イヤなんだけどなあ」

それはかつて少女と少年がケンカした後、二人の付き合い方のルールを決めて仲直りした時に撮った写真。

プールの側で泣き笑いしている水着姿の自分の写真だ。泣き笑いの顔が恥ずかしくて何度も別の写真に変えてくれとお願いしたり、

自分的にお気に入りの写真を代わりとして持ってきたりしたのだが、少年はガンとしてこの写真にこだわって変えてくれない。

 

「何がいいんだろ」机に顔を乗せて写真立ての中の泣き笑いの自分とにらめっこした。

自分としては可愛く写ってないのであまり好きな写真じゃないけど、少年がこの写真に

こだわって大事にしてくれているというのが、理由はわからないがとても嬉しい。

少年の方を見てみる。まだ寝ているようだ。ベッドに近寄り少年の顔の側に肘をついて

顔を覗き込むように見つめてみる。

このところ寝る前に毎日30分は少年の写真を眺めたり、話しかけたりしているが、やはり生は違う。

思わず「うへへへ」と笑い声がこぼれてしまう。

 

どれくらいの時間そうしていただろう。少年を見つめる少女の中にある考えが浮かび、浮かんでは打消し、そしてまた浮かぶのだった。

「・・・康太、起きてる?」様子を伺うかのようにそっと聞いてみる。返事がないところをみるとまだ寝ているのだろう。

「・・・寝ていたら襲っちゃうよ」そう言って少女は顔を真っ赤にした。だが、やはり返事はなかった。

少女は顔を真っ赤にしたまま立ち上がると、「そろそろ、帰らなくちゃ」と独り言を言った。

「あ、でも帰る前に康太の熱計らなきゃ」といいながら入口の方に向かい、なぜか部屋の電気を消した。

電気が消えても街灯の明かりでわずかながら部屋の中は照らされている。少女は再び少年の枕元に戻ると

「正確に熱を計るにはおでことおでこを合わせて計るのが、いっ一番いいんだよね。体温計がないから、

しっしょうがないんだもん」と誰に聞かせるつもりなのか、独り言にしては大きな声で言った。

 

「こっ康太、熱を計るよ?」念を押すように確認した。そして返事がないのを確かめると、そっと額と額をくっつけた。

どれくらいの時間そうしていただろう?少女は意を決するかのように小声で「うん」というと

 

・・・・・・街灯の薄明りの中で二人の影が重なった。

 

 

 

少年は静かに目を開いた。家の中は静かだった。どうやら誰もいないようだ。

愛子が来ていたが、いなくなっているところを見ると、自分が寝ている時に帰ったのだろう。

今、何時だろうか?

 

その時、少年は自分の唇に甘い違和感がするのを感じた。

唇を舌で舐めてみた。なぜか微かにカレーの味がした。

 

 

「キャァキャァ」少女は抱き枕を抱きしめながらベッドの上をかれこれ2時間あまりころげ回っていた。恐らく今夜は眠れないだろう。

 

 

翌日の土屋家の食卓には、3人の男が沈痛な面持ちで腰かけていた

「親父、これはもしかして」

「想像の通りだ」

「やっぱり愛ちゃんのか」

「なんでまだあるんだ」

「カレーを3日分作ってくれたらしい」

「そんなに作ったのか」

「母さんが3日留守にするとお願いしたらしい」

「あのババア、てめえは気楽にアイドルの追っかけなんかしてやがるくせに」

「事ここに至ってはしょうがない覚悟を決めよう」

「俺はいやだ、まだ死にたくない」

「落ち着け。土屋家家訓改定三版の第一条は何だ」

「・・・・・愛ちゃんを泣かせてはいけない」

「我らに万一があっても、康太が残っている。土屋家は康太が守るだろう」

「へへへ、そうだな。じゃ、みんなで一斉に愛ちゃんのカレーを食べようぜ。そして見事に散ってみせようじゃないか」

 

悲壮な決意の夕食が始まろうとしていた。


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