これが土屋家の日常   作:らじさ

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第4話

吉井明久が登校してきた時、教室はリフォームの真っ最中だった。

 

「えーっと、これはいつものあれかな?」

「毎度のことながら一糸乱れぬ動きじゃのう」と秀吉が感心したように言う。

「で、今日の対象者は誰だ?」と雄二ものんびりと言った。僕たちに目もくれないところを見ると、今日のFFF団のターゲットは僕たちではないようだ。

 

「ふむ、しかし別段教室に変わった様子はないようじゃが」

そこに団長の須藤君が通りかかったので尋ねてみた。

「ああ、今日の異教徒は土屋だ」と須藤君は忌々しげに答えた。

「ムッツリーニたって今日はまだ来てないじゃないか?」

昨日に何かあったなら昨日のうちにカタをつけているはずだ。処刑を翌日に伸ばすなんてそんな我慢の聞く連中じゃない。犬の方がまだ「待て」がきくくらいだ。

 

「ふふふ、奴は今朝工藤と一緒に登校したらしい。早飛脚が知らせてきた」

「お前らの通信手段はどうなってんだ?」雄二が呆れたように言った。

「やつの工藤への接近はこのところ目に余るものがあるからな。FFF団の恐ろしさを骨身に叩き込んでやる」

 

いや、接近というか巻き込んでいるのはいつも工藤さんの方で、ムッツリーニはどちらかというと一方的に被害にあっているだけなんだが、

連中にとってはどうでもいいことなのだろう。FFF団は結果しか評価しないというと聞こえがいいが、要するに他人の幸せは許さないのがFFF団なのだ。

まさに修羅である。奴らだったら仏だろうが神だろうが女の子を連れていたら何のためらいもなく叩き切ることだろう。

だが、僕だって美波がベタベタしてくることがあるが懲罰の対象になったことはない、ということはつまり

・・・・・おや、首筋に冷たいものが押し当てられている。うん、これはカッターだね。

 

「アキ、何かいいたいことがあるなら最後に聞くだけは聞いてあげるわよ」

「やあ、おはよう美波。朝っぱらから首筋にカッターの刃を押し当てるというのはドイツ流の挨拶なのかな」

「教室に入ってきたら、あんたからよからぬ考えの波動が感じられたのよ」

本当にFクラスにいると学力は上がらないどころか下がる一方なのに、いらない技能は嫌と言うほど身についてしまう。

「いや、そんなもんで殺されちゃ割に合わないんだけど。危ないからそのカッターをしまってくれるかな」

「仕方ないわね。ところでこれは何の騒ぎ」

「いつものアレだよ」

「またなの。本当に飽きない連中ね。で、今日のターゲットは誰なの」

「どうやらムッツリーニが工藤さんと一緒に登校したらしいんだ」

「え?愛子ならさっき目を真っ赤にして教室に走っていったわよ」

「ムッツリーニは?」

「見てないけど・・・そろそろ始業だし、来るんじゃないの」

「一緒に登校というのはガセネタじゃったのかの」

 

その時、教室のドアが開いてムッツリーニが入ってきた。

 

「やあ、おはようムッツリー・・・・」恐ろしい程の不機嫌オーラが出ている。声をかけるのもはばかられるぐらいだ。

 

だが空気を読めない奴はどこにでもいる。須藤君がムッツリーニに近寄って処刑を宣言しようとした。

「待ってたぜ土屋。お前最近工藤と」

「・・・・・うるさい」ムッツリーニが大きな声ではないが、ハッキリと叫んだ。

「・・・・・いや、だから工藤」

「・・・・・俺の前でその名前を口に出すな」

 

「えーと、あれはどういうことかな」

「大方、工藤とケンカでもしたんだろう」

「あの二人のケンカの原因というのが想像つかんのう」

「大丈夫でしょうかあの二人。別れるなんてことには・・・」

「まあ、それも青春よ」

美波の背中の羽が今日は天使の羽になっている。なんて楽しそうなんだ。

「心配するな。どうせ大した理由じゃないだろう。夫婦喧嘩は犬も食わないといってな」

「お主が言うと説得力があるのう」

「まあ、雄二たちの場合はケンカというよりも霧島さんの一方的な虐殺だけどね」

「坂本君に選択権はありませんしね」

「ケンカになりようがないわね」

「ちょっと待てお前ら。俺のことはいいからムッツリーニのことを心配してやれ」

さっき心配ないといった口からこのセリフが出てくる男だ。本当に信用できない男だ。

 

ムッツリーニと須藤君はまだ対峙していた。

「まっまあ、そのゴニョゴニョさんとお前が一緒に登校してきたという報告があってな。FFF団の規約によりお前の処刑判決が下ったんだ」

「・・・・・今日の俺に構うな。手加減できない」

「こっちは20人もいるんだ。やれるものならやってみろ」

「・・・・・・俺一人でも半分は殺れる。が、今日の俺は機嫌が悪い。やるというのなら徹底的に相手をする」

そういうとムッツリーニは胸に手をいれると小型のマイクのようなものを取り出した。

「何だそりゃ武器か?飛び道具とは卑怯じゃねえか」

たった一人を釘バットやバールを持った20人で取り囲んだ連中の言うセリフではないと思うのだが、さすがFFF団だ。

 

「・・・・・このマイクは全校放送に直結している。これで「ムッツリ商会はFFF団の妨害により閉店する」と放送したらどうなるかな」

「どっどうなるんだよ」須藤君が気圧されていった。

「・・・・・ムッツリ商会は、全校生徒の8割だけでなく教職員のほとんどを顧客に抱えている。それがFFF団によってツブされたとなったら、お前たちは全校を敵に回すことになる」

FFF団に動揺が走った。というか彼らのほとんどもムッツリ商会の大口客なのだ。まず、困るのは連中のはずなのだ。

「・・・・・それだけじゃない」

「まっまだあるのか」

「・・・・・ムッツリ商会には女性客も多い。なくなったらお前らは全校の女生徒から相手されなくなるだろう」

 

ムッツリーニの逆審判だった。全校女生徒に相手されなくなるということがよほど彼らにはこたえたのだろう。

 

「おい、そりゃまずいだろう」

「このままじゃ、彼女無しのまま高校生活が終わっちまうぞ」

「それだけは避けたい」

「何しろ全校女生徒に相手されないというのが一番マズい」

 

冷静に考えてみれば、今までだって全く相手にされていなかったのだから、今更「相手されなくなるぞ」と改めて宣言されたからと言って何かが変わるわけではないのだが、彼らは未来の可能性を捨てきれないようだ。

 

「・・・・・わかったら大人しく席につけ。俺は別に戦いたいわけじゃない」

 

ムッツリーニはそういうと静かに自分の席について、机に肘をついて外を眺めていた。


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