これが土屋家の日常   作:らじさ

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最終話

「これからカラオケでも行って、もっとお互いのこと知り合おうよ」大久保はそういうと工藤さんの腰に手を回した。

「えっ、キャア止めて」

 

その時ムッツリーニが静かに立ち上がって二人の方に向かって歩きだした。自分の方にムッツリーニが来るのに気が付いた工藤さんは、大久保を押しのけると、顔を真っ赤にして

 

「ちっ違うんだよ、康太。これはなんでもないの」と叫ぶように言った。

「・・・・・いい」

「えっ?」

「・・・・・何も言わなくていい」

 

「・・・・・そっそれってどういう意味なの。ぼっボク、言い訳もさせてもらえないの」

工藤さんは俯くと涙声でつぶやくように言った

「・・・・・言い訳は必要ないという意味だ」

「そっそうだよね。ボク最低だよね。康太に内緒で他の男の子と会っていて、それを康太に見つかっちゃったんだから。・・・・・ボクたちこれで終わっちゃうんだろうけど、きっきっとそうなんだろうけど、でも最後にこれだけは聞いておいてほしいの」

「・・・・・」

「・・・・・あっあのね、康太。言い訳だと思うかもしれないけど、先週大久保君から告白受けた時に、すぐに康太に相談しようと思ったの。でっでもね、ボクまだ康太から好きって言ってもらったことも、彼女だって言ってもらったこともなくてね。とても不安だったの」

 

工藤さんの声はもう泣き声になっている。姫路さんも美波ももらい泣きしている。秀吉をみると二人を凝視はしてたけど別に泣いてはいなかった。秀吉の乙女心には響かないのだろう。

 

「あのバカ。工藤があそこまで言っているのに。ちょっと一発殴ってくる」雄二が飛び出そうとした。

「ダメ、雄二。ここは土屋にまかせて」と霧島さんが止めていた。

 

「もし康太に相談して康太の口から「大久保君のところに行けよ」って言われたら、

ボク耐え切れなくて絶対に壊れちゃうって思ったの。だから、だから・・・ボク怖くて相談できなかったんだ。 隠そうとしたわけじゃないよ。自分だけで解決すれば、またいつものボクたちに戻れるって思ったの。だから今日、自分だけでここにきたの。でも康太に見つかるなんて・・・最低だよ。最低だよねボク。康太に内緒にしようとしたバチが当たったんだ。ゴメンね。ゴメンね。ゴメ・・・・・」

 

とうとう工藤さんは本格的に泣き出してしまった。ムッツリーニはしばらく工藤さんを黙って見た後でわざとらしく大きなため息をついた。

 

「・・・なあ・・・・・愛子」

 

工藤さんの肩がビクっと震えた。

 

「・・・・・俺はあと何十回お前に同じことを言わなければならないんだ?」

「えっ?」

 

思いもかけない言葉をかけられて工藤さんが涙でグシャグシャになった顔をあげた。

 

「・・・・・俺はお前にいつも言っている「俺の話を聞け」と」

「それって?」

「・・・・・俺は別れるとも終わりとも言った覚えはないし、言い訳は聞きたくないと言った覚えもない。言い訳など必要ないと言ったんだ」

「どっどういう意味?」

「・・・・・そのままの意味だ。この場面をみればどういう状況なのかはすぐにわかるし、その状況でお前がどう答えるかも知ってる」

「ボクを信じてくれるの」

「・・・・・信じてるんじゃない、知ってるんだ」ムッツリーニは静かにキッパリと断言した。

 

「おい、邪魔するなよ」大久保がイラだったように声をかけた。

 

そりゃ自分が女の子を口説いていたら、突然現れた奴がその子といい雰囲気になったら腹立つよね。虫は好かない奴だけど、気持ちはわかる。

 

「お前Fクラスの三馬鹿の土屋だな」

 

「あいつ、雄二と秀吉になんて失礼なこというんだ」

「三馬鹿といえばお前と秀吉とムッツリーニに決まってだろうが」

「まあ、アキは絶対に入るわよね」

「そんなことないよ。このところ成績がよくなってきたとお茶の間でもご好評を・・・」

「お主らいいかげんにせい。ムッツリーニの声が聞こえん」

 

「・・・・・それがどうかしたか」

「いきなり現れて人の告白邪魔しやがって。お前工藤とどういう関係なんだ」

 

ここにいる全員が唾をのみ込む音が聞こえた。霧島さんに目をやると顔はいつもの無表情のまま爪が手のひらに喰い込むほど拳を握りしめている。

 

ムッツリーニは工藤さんにチラリと視線を走らせた。工藤さんは死刑判決を待つ被告のように俯いて唇を噛み締めていた。

 

「・・・・・愛子か。ここにいる工藤愛子は、俺が一番好きな女で大切な彼女だ」

「えええぇぇー!!」工藤さんが大声で叫んだ。

「・・・・・なんで大久保じゃなくて、お前が驚いているのか意味が分からんのだが」

「だって初めて「好き」って言ってくれたんだもん。ねえねえ、もう一回言って」

「・・・・・好きな女で彼女だ」

「ワンモア」

「・・・・・・・彼女だ」

「もっと大きな声で」

「・・・・・・・・・・彼女だ」

「もう一声」

「・・・・・いい場面なんだ。頼むから邪魔しないでくれ」

 

大久保君(可哀そうなので君付けにした)は、アッケにとられてこの夫婦漫才を眺めていた。

 

「・・・・・ごほん、じゃあ悪いが愛子はこれから用があるんで連れていくぞ」

「えっ、用ってなに?」

「・・・・・忘れたのか。兄貴がツアーから帰ってきたら手料理をご馳走してやる約束」

「ええ、いいの?ごめんね大久保君。ボクはこっ康太の彼女だから、君の彼女にはなれないんだ」

 

後に取り残された少年は「なんだったんだ?」と大きな独り言をつぶやいた。

 

霧島さんはこころなしか微笑んでいるように見えた。というかFクラス代表の雄二よりもAクラス代表の霧島さんの方がムッツリーニを信用していたというのはいかがなものか。

 

 

数時間後、少年はリビングの床に正座させられていた。

 

「とりあえず、何をどうすればああなるのか言い訳を聞こうか、康太」

「康太、お父さんは勉強はできなくてもいいから人に迷惑をかけない人間になれと教えてきたはずだ」

「ツアーから久しぶりに家に帰ってくるなり大したもてなしだなおい、康太」

 

緊迫した雰囲気のリビングとは対称的に台所から楽しそうな鼻歌が聞こえてきた。

 

「愛ちゃん、愛ちゃん。凄く嬉しいことがあったのは分かったから、お願いだから包丁を振り回すのは止めて、キャア」

 

長かった一日はまだ終わらない。

 

 


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