翌朝、二人は霧島家の門の近くの電柱に身を潜めていた。
「・・・・・で、俺たちはここで何をやってるのだ?」不本意そうに少年が尋ねた。
「いまさら何を言ってるのかなぁ。昨日、理想のカップルを観察するって決めたじゃない。
今から代表と坂本君の行動を夜までボクたち二人で観察するんだよ」
「お前が決めただけだ」と思わずツっこみそうになった。
少女が一方的に宣言しただけで、話し合いで決めたわけではない。
最近気が付いたのだが、この少女はとにかく思い込みが激しい。
それだけでなく、とても頑固な上にそもそも少年の話を全く聞かない。
これで話し合いをしたと主張するのだから大したものである。
「あ、代表が出てきた。今日も綺麗だなぁ」
「・・・・・雄二の家の方に向かっている」
2人はそっと後をつけた。ターゲットの少女は一軒の家の玄関に立つとチャイムも鳴らさずにドアを開けて家の中に消えていった。
「すごいね。自分の家みたいにしてる」
「・・・・・いや、あれは二人が幼馴染だからできることだ。おまえが見習おうとしても無駄だ」
「えっ、できるよ?」
「・・・・・何を言ってる?」
「この前、裕ちゃんが「いつでも遠慮なく勝手に入ってきてね」って、家の合い鍵くれたもん」
「・・・・・何をしてくれてるんだ、お袋は」
二人でスッタもんだしていると、突然「ぎゃぁー」という叫び声が聞こえてきた。
「あれって坂本君の声だよね。どうしたんだろう?」
「・・・・・恐らくは」
「バカやろう翔子。朝起こすのにいきなりエビ固めする奴があるか」
「・・・・・朝起こすのにはエビ固めで起こすのか・・・康太、エビ固めって何?」
「・・・・・知らん」嫌な予感がしたので誤魔化した。
「康太も知らないのか。後で美波にでも聞こうっと」
エビ固めを知らないと言いながら、なんでそうピンポイントにプロレス技のエキスパートの名前が出てくるのかまったく理解できない。
しばらく待ってると翔子が玄関のドアを開けて出てきた・・・・・左手で雄二を引きずりながら。
「・・・・・じゃあ、オバさま。行ってきます」
「毎朝、悪いわね翔子ちゃん」
「・・・・・夫を起すのは、妻の勤め」
そう言うと雄二を引きずりながら歩き出した。
「坂本君が起きれなかったから、ああやって運んであげてるんだね。さすが代表優しいなあ」
「・・・・その無駄に前向きな評価を何とかしろ。あれは霧島に気絶させられただけだ」
「そんなことあるわけないじゃない。代表はお淑やかなお嬢さまなんだよ」
お淑やかなお嬢さまは、彼氏を起すのにいきなりエビ固めはしないと言いそうになったが、
よく考えれば翔子がああいう態度をみせるのは雄二の前だけである。普段の自分を隠しているとまでは言わないが
他の人間は全く眼中にないから大人しくしているだけだろう。
もっとも、雄二の周りにいる自分は嫌でも翔子の恐ろしさを見せつけられることになっているのだが。
100mほど引きずっていると、雄二が目をさました。
「てめえ翔子、毎朝毎朝何しやがる」
「・・・・・雄二は本当に寝起きが悪い」
「寝起きが悪いんじゃねぇ。起きた後でお前に気絶させられてるんだ」
「・・・・・そんなことでは結婚してからが心配」
「人の言うことをマルっと無視しやがったな。お前が起こしにこなけりゃ、普通に起きて登校できるんだよ」
「・・・・・それはできない」
「なんでだ」
「・・・・・夫を優しく起こすのは妻の勤め」
「優しさなんぞ1mgも感じたことはねぇぞ」
「・・・・・時には厳しくするのも愛情」
「さすが代表。深いなあ・・・・・」
「・・・・・愛子、言っておくがあれをやるために朝から家に侵入するんじゃないぞ」
ギクっとして慌てて少女は言った。
「やだなあ康太。そっそんなことするわけないじゃない・・・・・」
「・・・・・(絶対するつもりだったな)」
どうやら部屋のセキュリティを強化する必要があるようだ。
やがて彼らは学校に到着した。