これが土屋家の日常   作:らじさ

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第5話

「夫婦コントはもう終わったの、雄二」

「夫婦じゃねえし、コントでもねえ」

「坂本君と翔子ちゃんはいつも仲良しで羨ましいです」

「・・・・・そんなことはない(ポッ」

「姫路、悪いことは言わんから眼科へ行って来い。翔子、お前もテレるような行動じゃねえ」

「まあ、それより早く食事をした方がいいと思うがのう、雄二」

「ち、しょうがねぇ。・・・・・翔子、箸がないぞ」

「・・・・・箸はここにある」

「そりゃ、お前の箸だろう。俺の箸はどこだ」

「・・・・・箸はこれしかない」

「フォークで食えってのか」

「・・・・・そんなものは持ってきていない」

「じゃ、スプーンか」

「・・・・・それでは食事ができない」

「まさか俺に手で食えと」

「雄二、いいかげんに現実と向き合いなよ」

「現実?現実ってなんだ」

「霧島が弁当を二つ持ってきてるのに、箸が一膳しかないとなったら答えは一つしかあるまいに」

「あー、あー。聞こえない。俺には何も見えない」

 

雄二は両手で耳をふさいで、叫びだした。馬鹿な男だ。

そんなことで霧島さんから逃れられると思っているのだろうか。

 

霧島さんは、鳥の唐揚げを箸でつまむと雄二の口元まで運んだ。

 

「・・・・・はい、雄二。あーん」

「これは夢だ。現実の俺は、今ベッドの上で寝ているはずだ」

「・・・・・雄二、口を開けて」

「もうすぐ朝だ。そうしたらこの悪夢から逃れられる」

「・・・・・雄二、お食事」

「耐えろ。耐えるんだ、俺」

 

霧島さんは、箸を置くと雄二の後ろに回り・・・・・見事なチョークスリーパを決めた。

 

「ぐうう、止めろ、翔子」

「・・・・・早く食事して、雄二」

 

「ねえ、康太。今度は何を始めたの?」

「・・・・・首のマッサージだろうな。雄二は肩こりだから」

墓穴を掘っている気がしないでもないが、とりあえずは眼前の危機から逃れることが最優先だ。

 

「なにも食事の途中でやらなくてもいいと思うんだけど」

「・・・・・痛みが我慢できなかったんだろう」

霧島も言い訳を考えるこちらの身になって、少しは考えて行動して欲しいと心から思う。

 

「ぐうう、バカ。むっ胸が背中に・・・」

 

少女は少し顔を赤らめると両手で自分の胸をサラっと撫でた。

「パッ、パットを3枚、ううん4枚入れれば何とか・・・・・」

「・・・・・そういう聞いてて哀しくなるような悪巧みは一人でいる時にしてくれ。

というか、いきなりパット4枚入れて胸が大きくなったら、俺より先にAクラスが大騒ぎになるだろう」

「大丈夫だよ。Aクラスのみんなは優しいから見てみないフリしてくれるよ」

「・・・・・なんで最初から計画がバレることが前提になっているのだ。それにそれは可哀想な子扱いされているだけだ」

 

「ぐぐぐ、息が・・・・」

「・・・・・雄二、早くしないと昼休みが終わる」

「ねぇ、霧島さん?」

「・・・・・なに?吉井。止めても無駄。雄二にはお仕置きが必要」

「いや、止める気は全くないんだけどさ。雄二のお弁当の唐揚げが美味しそうだから、

僕のトンカツと交換してくれないかなと思って」

「・・・・・1個だけならいい」

「ありがとう」

「相変わらず、鬼畜じゃなお主は」

「あんたよくあの状況でオカズの交換なんか言い出せるわね」

 

はて?僕の行動のどこかに何か問題があっただろうか?

雄二と唐揚げだったら僕は何の迷いもなく唐揚げを選ぶというだけの話じゃないか。

 

「ハハハ、何を言ってるのさ二人とも。Fクラスだったら、雄二と唐揚げが

車に引かれそうになったら迷わず唐揚げを助けるに決まっているじゃないか」

「いや、そこをFクラスでくくられても困るのじゃが」

「あんた達と一緒にしないでよね」

 

なんて強欲な二人だろう。

「わかったよ。トンカツと雄二ならトンカツを選ぶと言いたいわけだね」

「いや、そういう問題じゃないと言っておるのじゃ」

「本物の人非人ね、あんたは」

 

なぜこんなに身に覚えのない非難を受けなければならないのだろう。

どうやら雄二を助けないことがお気に召さないようだ。

えーっと、雄二の方を選ぶシチュエーションというと・・・・・

 

「何を言うのかなあ二人して。僕だって梅干しと雄二だったら、5分くらい考えた上で雄二を助けるよ・・・多分。」

「それでは雄二は既に車に引かれておろうに」

「5分も考えた上に多分って、あんたどれくらい坂本を助けたくないのよ」

「坂本君って梅干しくらいの価値しかないんですね」

 

そりゃ、姫路さんや工藤さんの料理と雄二だったら、速攻で雄二を助けると言いたいけれど、

まさか本人を目の前にして言うわけにもいかない。

 

「それより霧島よ、いいかげんにせんと雄二が死ぬぞい」

「・・・・・まだ大丈夫・・・・なはず」

「自信がないのか。でも昼休み終わっちゃうよ」

「・・・・・仕方ない、これくらいにしてあげる」

「坂本の命よりも昼休み終わることの方が重要なわけね」

 

霧島さんは再び箸を取ると唐揚げを雄二の口元に運んだ。

「・・・・・はい、雄二。あーん」

雄二はもはや抵抗する気力もないのか、大人しく唐揚げを口にした。

 

「あれが理想のカップルなんだね」

「・・・・・いや、愛子ちょっと待て。あれはかなり特殊例だ。参考にはならない」

少年の必死の説得を、当然のごとくナチュラルに聞き流して、少女は言った。

「はっ恥ずかしいけど、ボク頑張るよ」

「・・・・・頑張らなくていい。というか俺の話を聞いてくれ」

その時、昼休みの終了を告げるチャイムがなった。

 

「あ、お昼休み終わっちゃった。代表にバレる前にボク教室に戻るね」と少女は言い残して駆けていった。

 

「・・・・・俺はこのセリフを言い続けなければならないのか?」

 

一人取り残された少年は、茫然としてつぶやいた。

 

 

 


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