これが土屋家の日常   作:らじさ

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第2話

そこへ話題の主が息を切らして帰ってきた。

「愛ちゃんお待たせ。新鮮なケーキを買ってきたよ」

「あ、ありがとうございます。わざわざすいませんでした」

受け取った箱を開けてみると、ケーキが10個入っていた。

 

「あの~、お兄さん。みんなまだ帰ってきてませんよ」

「ははは、何言っているのさ、愛ちゃん。女の子は甘いもの好きなんだろう?これくらいは大丈夫だよ」

「はぁ、じゃお兄さんはどれがいいですか?」

「・・・・・えーっと、俺は甘いもの苦手なんだ。それ全部愛ちゃん用だよ」

「甘いもの苦手なのにこんなに毎日毎日大量のケーキを買ってきてるんですか・・・・・」

うーん、これはどう考えればいいんだろう、感心すべきか呆れるべきか少女は悩んだ。

 

そういえばと少女は思い出し、突然表情を変えて兄へ言った。

「それはそうと陽太君、ちょっとそこへ座って下さい」

「えっ、急に厳しい顔してどうしたの愛ちゃん」

「いいから、さっさと座る」

「・・・・・キャラが変わっているぞ、愛子」

「ついでだから康太も座って」

「(おい、康太。愛ちゃんどうしたんだ?)」

「(・・・・・いや、よく分からん。急に変貌した)」

 

少女は、ソファーに座った二人を眺めると腰に両手を当てて説教を始めた。

「だいたいの話は、康太から聞きました。ボクは情けないです。大好きな陽太君がそんなヘタレだっただなんて」

「(お前、一体何を話したんだよ康太)」

「(いや、兄貴がケーキを毎日買ってくる理由をちょっと)」

「(そんだけであんなに変貌するか?何かがのり移ったとしか思えん)」

「(モンブラン食ってたが、酒でも入ってたかもしれん)」

 

「はい、そこ。勝手に喋らないでちゃんとボクの話を聞く。今時、女の子の一人や二人

デートに誘えないようでは立派な男の子とは言えません。

あ、康太にはもうボクという立派な彼女がいるから他の女の子を誘っちゃダメなんだよ」

「・・・・・お前の言うことはいちいち矛盾しているんだが」

「そもそもの問題点は、土屋兄弟が女心に疎いところにあるとボクは思うのです。

そこで、恋愛のエキスパートのボクが二人に女心を教えてあげようと思います」

「・・・・・いや、お前だって俺が初めての彼氏で、デートだってまだ2回しか経験がないのでは」

もちろん少年の言うことなど当然のようにスルーした。

「ということで、明日から「工藤愛子プレゼンツ女心講座」を開いて陽太君を

恋愛のエキスパートにしてあげますから、ぜひ参加して下さい」

「・・・・・イヤな予感はしてたんだ・・・」

 

 

なぜかこの家の兄弟は、この少女に逆らえない遺伝子を持っているらしい。

翌日、兄弟は二人並んでソファーに座って、講義の始まりを待っていた。

 

「お待たせしました。では講義を始めます」

「・・・・・その前に聞きたいことがあるんだが」

「質問は手をあげてから。何ですか?土屋康太君」

「・・・・・いちいち土屋をつけるな。それより、その眼鏡と白衣はどこから持ってきた?」

「あ、これ?今日、二人に講義をするっていったら代表が「女教師プレイにはこれが必需品」って言って貸してくれたんだよ。似合う?」

「・・・・・女教師プレイって、雄二たちは普段なにをしているんだ」

「さあ?代表が坂本君に勉強教えてあげているんじゃないかなぁ?そんなことより講義を始めます」

 

そういうと伊達眼鏡をクイっと持ち上げ、得意げに講義を始めた

「まず、ヒトにはX染色体とY染色体の2種類の性染色体があり、XX染色体を持つものを女性と言います」

「・・・・・ちょっと待て愛子。そんなところから始めるつもりか?」

「いちいちウルサイなあ康太は、これは基礎だよ」

「・・・・・基礎すぎるだろ。東大予備校に通ったら授業が足し算から始まったようなもんだ。もっと実践的なことはないのか」

「ワガママだなあ。ボクが昨日一生懸命講義ノートを作ったのに」

「・・・・・お前の感性がおかしすぎる」

 

「じゃあ、もっと実践的なやつにするね。えーっと、ネットや携帯などで出会い系サイトいうのがありますが、

相手は大抵サクラな上に、後で高額な利用料を取られたりしますので利用してはいけません」

「・・・・・女心とはまったく関係ない上に、そもそもお前はどこからその知識を得たのだ?」

「ん?この間、康太から没収したH本に書いてあったんだよ」

「・・・・・読んだのか」

「うん、康太はどんなのが好きなのかなあと思って。でも、男の子ってなんでヌードなんか見たがるのかな。

ボクなんか部活で部員みんなの裸見てるけど、別に何とも思わないんだけど」

「・・・・・そこで何か思うと別な問題が生じると思うんだが」

 

黙って少年と少女のやり取りを見ていた兄が口を挟んだ。

「あの~愛ちゃん。そこら辺の話は後で康太とゆっくり話し合ってもらうとして、

女心についてそろそろ解説してくれるかな」

「えっ?女心?・・・・・・・・・うーん」

「(おい、「女心講座」で女心を質問したら、考えこんじゃったぞ)」

「(・・・・・そもそもこいつの場合、自分が女という自覚があるのかさえ怪しいんだが)」

 

しばらく考え込んだ後、大発見をしたという感じで少女が言った。

「あ、女の子はケーキが好きです」

「ケーキ屋に勤めていてケーキが嫌いな女の子は少ないと思うよ、愛ちゃん」

「・・・・・それは女心じゃなくて、ただの食い気だ」

「えー、そっかなぁ・・・・・うーん」

「(また、考え込んじゃってるぞ)」

「(・・・・・こうなるのが予想できたのに、なんで兄貴が真っ直ぐ帰ってきて素直に講義を受けているのかの方が理解できんのだが)」

 

これだとばかりに手を打って胸を張って少女は答えた。

「女の子は、好きな男の子と一緒にいるのが好きですね」

「いや、だからね愛ちゃん。そこにたどり着くにはどうすればいいのかを教えてもらいたいわけで」

「・・・・・兄貴、こいつにそんな高度な質問をしても無駄だ」

「だから彼女に陽太君を好きになってもらえばいいんですよ」

「それを一番悩んでいるんだけど・・・・・」

「そこは努力ですね」

「いや、一番肝心なことを丸投げされても・・・・・」

「・・・・・伊達にタイタニックと呼ばれてないな」

「(おい、康太。いつまでこれに付き合わなけりゃならんのだ)」

「(・・・・・俺には止めきれない。愛子が飽きるまでガマンしてくれ)」

 

不毛な「工藤愛子プレゼンツ女心講座」は、その後2時間続いた。


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